天が客用の布団から身体を起こすと、原田は既に起きだして煙草を吸っているところだった。普段はかっちりオールバックにしている前髪は額に落ち、トレードマークともいえるサングラスは灰皿近くに置いてある。こうみるとただのチンピラの兄ちゃんだなあ、と自分の風貌を棚に上げて天はそんなことを思った。

「おはよう、原田」
「もうおはようなんて時間ちゃうわ、ボケ」
「昨日終わるの遅くなっちゃったし、眠かったんだよ」

 そう言いながら時計を見るとまだ10時で、なんだまだ十分おはようの時間じゃねえかよ、と天は小さく呟いた。普段なら深夜に仕事が終われば昼過ぎまで寝ているところだが、部屋の主が起きてんじゃしょうがねえな、と布団から抜け出して大きく伸びをする。さっきまであった布のぬくもりが消えたからか、途端に冷気が肌を攻撃してきた。季節は晩秋。曇天の午前は冬を思わせる寒さだ。

「さっむ」
「上半身裸で寝るからやろ。はよ服着ろや、見苦しい」
「もっと優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃないの」
「はよ着ろ」

 原田が煙を吐き出しながら催促すると、天はハイハイと言って部屋の隅に畳んである服を拾いにいった。

 今日泊りに行っていい、と天から原田の携帯に電話があったのが昨日の夜10時。聞けば大阪で代打ちの仕事を引き受けたものの宿のことは考えていなかったという。もうすっかり定番になった言い訳に、原田はため息をついて了承したのだった。来たのはいつだかわからない。相鍵を渡してあるから、適当に入ってきて適当に布団を敷き適当に寝たのだろう。大阪に仕事があるたびに天が原田の家に転がり込んでくるようになって結構な月日がたっていた。

 寒い寒いと言いながら服を着終わった天が、原田の傍へ寄ってきて煙草に火をつける。二人分の煙で室内の空気は白く濁った。

「寒いならなんで服脱ぐねん」
「雀荘行ってきてそのままの服で寝たら、煙草の臭いとか付くと思って」

 一応、俺、客だしね、といいながら天は煙をリング状にして吐き出す。そんなら寝まき持ってくりゃいいだろ、という言葉は言っても無駄だろうと原田は黙って煙を吸い込んだ。

「なんで毎度毎度泊りにくんねん」
「泊めてくれるから」
「そんな小学生の言葉遊びみたいな答え欲しいんとちゃうわ」
「そっちこそ、なんで泊めてくれんの?」
「おどれが泊りに来るからやろ」
「似たり寄ったりな答え返しやがって」

 天はそう言ってくっくと笑った。だいぶこもってきた煙を逃がす為に原田が窓を開ける。天がさむぅいと文句を言うのを無視して、煙草の煙を新鮮な空気の中に吐いた。遠くで笑い声が聞こえる。わりとその筋のものが多く住む地域ではあるが、一般人も確かにいるのだ。

 あの傷じゃあどうしてもカタギには見えんやろな、と原田は後ろでうまそうに煙草を吸う快男児を思う。性格こそ明るく陽気な奴ではあるが、黙って歩いていればただの「怖い人」でしかあるまい。天もそこら辺を遠慮して、ホテルや旅館には泊まらんのかもしれんな、とそんな事を思っていると、天が「原田」と声をあげた。

「さっきの答えだけどさ、やっぱり、俺の見た目が怖いから普通のとこには泊まれない、ってのもあるよ」

 考えを見透かしたような言葉に原田は内心少々ギクリとしつつ、平静を装っておうと答えた。

「でも泊ろうと思えば、俺を雇った組に旅館紹介してもらうことだってできるし、もっといえばその組の事務所にでも泊る度胸はあんだ、俺は」
「また、なぞなぞみたいなこと言いよって」
「でもそこに泊っちゃったら原田の顔見られないしね」

 何でもないように天は言う。ぽぽぽ、と再びいくつかリング状の煙を吐き出して、見て、原田これ、と笑った。

「せっかく原田に会うために大阪での仕事増やしてんのにさ」
「……まどろっこしいねん、おどれは」
「もっとストレートな言葉がお好みだったかね」
「少なくとも、さっきの言葉遊びみたいなんは面倒でかなわん」

 手の中で長くくすぶっていた灰が窓の下に落ちた。それに気がついて、原田は煙草をくわえて深く煙を吸った。

「会いに来たいなら変に口実なんぞ作らんと来たらええやろ」
「一応組長様だからさ」
「その組長様の家に堂々と泊りに来るボケが他にどこにおんねん」

 原田が煙まじりのため息を吐くのと、天が立ち上がって窓のカーテンを閉めたのはほぼ同時だった。額にかかる髪を手で持ち上げて、そこに唇を落とす。

「急になんやねん、アホ」
「いや、克美ちゃんが可愛いからさ」
「次その呼び方で呼んだら殺すで」
「原田が言うとシャレになんねえなあ」
「言葉遊びは嫌いやねん」

 ふたりが離れると、天は再びカーテンを開けた。一瞬暗くなったからか妙に日差しが眩しく感じられて、原田は机の上のサングラスを手に取った。中途半端に持ちあがってしまった前髪を片手で軽く整えて、短くなった煙草をガラスの灰皿に押しつける。

「また来てもいい?」
「……事前に連絡せえよ」

 天も煙草を消しながら、はいはいと笑った。



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