カラリと軽い窓を開けると、涼しい風が部屋に吹き込んで来た。ここ数日で連日の日差しの厳しさも嘘のようにすっかりやわらいで、気に入っている茶色のジャケットを箪笥から引っ張り出すのももうすぐだろうと天は目を細めた。まだ緑に染まっている近所の銀杏もじきに黄色く姿を変えるだろう。暑さ寒さも彼岸までなんてよく言ったもんだ、と外の空気を吸い込むようにして天は大きなあくびをひとつした。


「天さん、戻りました」


 背後で戸が軋む音。聞き知った声に振り向けば、ひろゆきが錆びた蝶番を気にしながら玄関の戸を閉めているところだった。徹麻帰りのひろゆきは脱いだ靴を几帳面にそろえてから勝手知ったらしい天の家へとあがりこんだ。自分の家ででもあるかのように鞄を部屋の隅へ放り投げ、自らは畳に腰を下ろす。ひろゆきが麻雀の世界に戻って数年、すっかり見慣れた光景となったその様子に小さく笑いをこぼし、家主の快男児は半同居人にねぎらいの言葉をかけた。


「お疲れさん、随分早かったな。昼ごろまでかかるもんだと思ってた」
「そりゃもう、大急ぎでしたもん」
「目に浮かぶ」


 とりあえず勝ちましたよ、とひろゆきは頭をかきながら笑った。


「しっかし、いい天気だなあ」
「毎年こんな感じですよね」
「あの人の強運かね、これも」


 開け放した窓をそのままに、天は窓際から離れてひろの隣にどっかりと腰を下ろした。もたれかかった壁はひんやりと冷たい。


「今年も早く行くんですか?」
「そうだな。またごたごたしてやがるだろうから、少しでも片付けとかねえと」


 以前墓参りに行ったときに見た墓石の姿を思い浮かべ、天は苦笑しながら息を吐いた。大量の煙草や酒、その他種類豊かな供え物は年がたっても減る様子はなく、いつ行っても寝るには幾分騒がしそうで。それらを片づけることはできなくとも、散っている落ち葉をのけておくとか、まあその程度だけでもやっておこうと天たちは毎年「彼ら」より先に墓の前に行く。

 誰かが集まろうと言ったわけでもないのに、あの天才と通夜の夜に言葉を交わした者は命日になると皆同じような時間に毎年集まった。東北の僧も、西の大将も、この日ばかりは仕事よりも優先だとばかりに墓に参るのをかかさない。

 墓を眺めながら供え物に苦笑いしてみたり、生前の姿をあげて褒めてみたり、憎まれ口をたたいてみたり、口々に好きなことを言い合って帰っていく。毎年毎年律儀に集まる悪鬼どもを思い描いて、つくづく愛されてんなあと天は心の中で笑った。


「天さん」
「ん?」


 いつの間にか、隣でひろゆきが煙草に火をつけていた。窓から流れてくる風に白い煙が薄く揺れている。前から思ってたことなんですけどと言ってから、ひろゆきは口に煙をためて、ゆっくりと吐いた。


「こうやって毎年集まる俺達を、あの人は笑ってますかね」
「そりゃ笑ってるだろ。あの人、ああやってわらわら集まられる事、あんま好きじゃなさそうだしな」
「やっぱり、そう思います?」


 天があっけらかんと答えると、ひろゆきは寂しそうに小さく肩をすくめた。


「俺、勝利報告とか、よくしに行くんですけど」
「知ってる」
「そういうの、やっぱ嫌がられてんのかなあ、って」
「さあ、どうだろうなあ」


 畳に目を落とすひろゆきに、天はやはりけろりとして言った。ひろゆきにならって自分も少しひしゃげた煙草をポケットから取り出しながら、天は横目でひろゆきを見る。


「まああの人が気持ち悪がろうがよ、俺達は慕ってんだから、死んだあとくらい愛させてもらおうぜ」
「……いいのかなあ」
「そらいいだろ。文句は言わせねえさ、誰の魅力のせいでこうなってると思ってんだ」
「その言い方は、確かにちょっと気持ち悪いなあ」


 口から煙草を離して笑うひろゆきにええ、と抗議の声を上げながら、天は自分も煙草に火を付けた。二つの白い筋が空中に昇る。


「それこそ、そんなことぐちぐち言ってんのばれたら笑われるぜ。あの人、性格悪いんだから」
「あ、それ、墓行ったら天さんが言ってたって伝えときますね」
「うわ、やめろよ」


 その後今日の麻雀の結果やら電車の時間やらについて話していると、再び玄関の戸が開いた。入ってきたのは夕飯の買い物から戻ってきた天の嫁ふたりで、中で煙草をふかしている二人に目を止めると、そろそろ行かなくていいの、と言いながら鍋の材料がたっぷりと入った袋を玄関先に置いた。

 その言葉にせかされて煙草の火を消し、ふたりは立ちあがってのびをしたり服の皺を気にしたりしてから玄関へと向かう。


「今年もまた鍋か」
「ちゃんとフグも買っといたかんね」
「お前らも律儀なんだから」


 愛されてんなあ、と天はまた心の中で呟いた。ひろゆきは隣でそろえて置いていた皮靴に足を入れている。

 花を買う金と電車賃が入った財布をポケットに押し込んで、天は玄関の戸を開けた。幾分古くなった扉はキィとうなる。外は太陽のせいか家の中よりも少し暖かく、いい墓参り日和だと言えそうだった。


「いい気候だ」
「ほんとうに。よく晴れてるし」


 今年もこりもせずあいつらも来るのだろう、と天は思った。毎年一人も欠けず集まるのも、もしかしたら彼の強運なのかもしれない。


「いい季節に逝っちまったなあ、赤木しげる」


 天の言葉に答えるように、涼やかな風がふたりの髪をゆらした。



 

 



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