綺麗な桜の下には死体が埋まっていると言う。血を吸って美しく咲くらしい桜は、血を抜かれた平山幸雄の上でも艶やかな薄紅色に染まるのだろうか。そこまで考えて、もうあの場所には平山の遺体は埋まってないのだと思いだした。腕の中で花を包んだ新聞紙ががさりと音を立てる。これから平山の墓参りに行くところだと言うのに、参りに行く先に体が埋まっていないなどと考えていたのは笑えもしない話だ。ここ数日色々とあったから疲れているのだろう。
車の扉を閉める音が晴れ渡った空にバタンと響いた。どうも、俺しかいないらしい。
墓地に敷き詰めてある砂利を踏みしめる音があたりの静寂をより引き立てているようで、俺はなるべくのそのそと歩くことにした。多少、足の下で響く音が小さくなった。遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。
結構な時間をかけて平山幸雄の墓の前まで来ると、とりあえず抱えた花をその場に下ろした。
何もそなえられていない、綺麗な墓石は周囲から浮いているように見える。最近建てられたのだから供え物が無いのもしょうがないのかもしれないが、そもそも身寄りのないチンピラである平山幸雄を参る奴など無いのかもしれない。半ばそれを知っていて、それでも墓を建てたのだ。俺が。
「……お前もよ、不運なやつだよ」
小さな声もここではよく響く。一息ついて煙草に火をつけると、白い煙が空中に散った。
「……頭のいい奴だと思ってたんだが」
そういうところを買って、俺は平山幸雄とコンビを組んだのだ。聡明で、冷静で、慎重。そんな男がまさか、いくら誘われたからと言っても狂った怪物と麻雀を打とうとするなどと考えてもみなかった。先に何が待ち受けているか、気がつかなかった間抜けでもあるまい。
「……意地か」
『赤木しげる』というネームバリューも、俺と言うコネクションも、自信も無くしてしまったお前がたどり着いたのが怪物鷲巣巌との勝負だったのだろうか。
……まあ、今更そんなことを考えたところであの男が戻ってくるわけでもないんだが。小さく息を吐いて、煙草をくわえたまま花立てに水を入れ抱えてきた花を挿す。慣れていないせいか随分と不格好になってしまったが仕方がない。
白を基調とした花の群に目の覚めるような極彩色の花が散りばめられた墓花に容赦なく生前の平山幸雄の姿を思い起こさせられて、花屋も随分な花の選択をしたものだと小さく舌打ちをしたくなった。
最後にあいつを見たのはいつだったろうか。浦部戦のあと、少したった頃だった気がする。夜だったことだけは覚えている。
浦部に負けた、と言ってもまだいくつか転がっていた儲け話を拾った後、いつものようにいくつか言葉を交わして、それきりだ。どちらから別れを切り出した、というわけではなかった。ただ、ああこいつはこれきり俺と会うことはないだろうな、というのは去っていく平山の背中からなんとなくわかった。
その時俺が何か気の利いた一言でも残してやればこんなことにならなかったのだろうか。
そこまで考えて、金儲けのためだけの関係であった相棒にそれ以上の感情を抱いていることに気がついて俺は舌打ちをした。くわえていた煙草が揺れて、灰が地面に落ちた。……まあ、ご丁寧にこんな墓をこさえてやっている時点でそんなのはわかりきったことだったか。今思うとここまで自分らしくないことをするのも珍しい。
「……平山」
お前は俺のことをどう思っていたのだろうか。恨まれても仕方ねえことだとは思うが、あまり憎悪とかそういう感情を抱く奴では無かった。別れた時も、俺に対する怒りは無いように見えた。その時は随分な甘ちゃんだと思ったもんだが。
煙草に火をつけたマッチを懐からもう一度取りだして、線香に火を付けた。細い煙が上がる。線香独特の匂いが煙草の臭いと混じって胃がむかむかした。
「……本当に死んだんだな、平山」
平山の死体を本人だと確認したのは他ならぬ俺だったはずだが、その時は現実味がなかった。形を変えて石の下に埋まってしまってからじわじわと「死」という現実が鮮明になってきて、皮肉なもんだな、と煙草の煙を吐いた。
「なあ平山」
お前は俺のことをどう思っていたのだろうか。
「……俺はお前が嫌いじゃなかったぜ」
線香の煙が目に染みたのか、目の前の小綺麗な墓石が滲んで見えた。