※越境
※捏造もりもり



 今日は最悪な日だ。ぐるぐるとのたうつ胸を抱え、コンクリート塀にもたれかかりなら引きずるようになんとか体を前に進める。

 競馬場で何度か顔をあわせていたオヤジから、今日勝ったから一緒に飲んでくれないかと誘われたのが4時間ほど前のこと。人付き合いは苦手だし、そもそも何度か顔を見たからと言って言葉もかわしたことの無いオッサンとなんで酒を飲まなきゃいけねえんだと最初は拒んでいたのだが、最近離婚したからひとりで飲むのは寂しいんだとかなんとかしつこく言ってくるもんだからどうせ奢りだしと誘いに乗ってしまった。

 やはりそれが間違いだったのだ。オヤジの愚痴をうまくもねぇ肴にただただ酒を飲まされ、もういいと言うとお前も拒むのかと脅しじみた言葉を並べるもんだから無限に注がれるように思われた酒をひたすら胃に流し込んだ。数時間してやっとこさオッサンが潰れたのを見てこれ幸いと逃げてきたのだが、多量の酒のせいで頭は重いし目はかすむし吐き気はひどい。


「もう無理……」


 呟くと何か糸が切れたのか足がガクンと力を失った。コンクリートをこすりながら地面に腰を下ろす。体重を全て塀に預けてしまうと少し楽になった。無様だが、もう少し楽になるまでここに座りこんでいよう。チンピラどもが寄ってくればいつものように左手の傷でも見せるだけだ。まぁ、襲われて取られるものなどないが。


「おい、にいさん、大丈夫か」


 そんなことを考えていたら、頭上から声が降ってきた。来たのは金をむしりにくるチンピラでは無く心配しに来た善人らしい。申し訳ないが、どっちも今の俺には邪魔でしかない。だるい体を動かしてなんとか軍手を外して相手の方に左手を見せる。放っておいてくれ、のサイン。善人や中途半端な悪人にはとてもよく効くのだ、これが。

 だが、再度耳に入った男の声は拍子抜けのものだった。


「はぁ、すげぇ傷だなあ」


 驚いて思わず見上げた男の顔は、俺のそれよりも傷だらけだった。



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