僕が康一君に友情を超えた感情を覚え始めたのがいつからだったかは覚えていない。というより、そもそもこれといって決まった瞬間などなかったのだと思う。「恋慕」という感情にじわりじわりと浸食されて、気がつけばまるで太陽のように笑う彼を見るたびに胸をしめつけられるような、そんな女々しい男になっていた。

 ただそれに気がつくには幾分遅かったらしい。己のねじまがった性格をなんとか乗り越えて、自分が年下の少年に恋をしているのだということに気がついた時には彼は既に愛しい恋人を持っていた。

 わざわざ彼と彼女の仲を引き裂いて横から奪い去ろうなどという無粋なことを考えているわけではない。そりゃあ少しは、彼がベタ惚れらしい恋人と不仲になればいいのにと思った瞬間があったことも否定はしないけれども、基本的に僕は康一君が幸せならばそれでいいのだ。我ながら随分と丸い性格になったものだと思う。


「康一君」


 なにやら作業机の上を熱心にのぞきこむ康一君に声をかけると、彼はびくりと体を一瞬強張らせてから苦笑を浮かべた顔をこちらにむけた。またこっそり完成したての原稿でも読んでいたのだろう。見て見ぬふりをして淹れてやったコーヒーのマグカップを近くのテーブルに置くと、康一君はパタパタと近寄って来た。


「すみません、また原稿勝手に読んじゃって」
「フン、言わなきゃわからなかったかもしれないぞ」
「いやぁ、ハハ」


 露伴先生に嘘はつけませんから、と彼は肩をすくめる。うっすら湯気をたてている赤いマグカップを手に取ると、わざわざすみませんと言ってから口をつけた。そのマグカップが、一応君のために買ったものだと知っているのだろうか。知るはずもないか。気持ち悪がられることが目に見えているから、言うつもりも無い。


「露伴先生の家のコーヒーって、美味しいですよね」
「僕が淹れてやってんだからな」
「ううん、でもそれもあるのかもなあ」


 そう言って康一君はズズズと音を立てて砂糖もミルクも入っていないコーヒーをすする。彼が言いたいのは僕が淹れたから美味しい、ということではなくて僕の淹れ方が上手い、ということなんだろうと思う。それでもその物言いに喜びを感じるのは彼に惚れている故か。黒が彼の口に吸い込まれるのを見ながら、自分もコーヒーを口に含んだ。


「なんていうか、この時間、僕好きです。振りまわされなきゃあ、ですけど」


 半分ほどに減ったコーヒーを眺めながら康一君は言う。好きです、か。


「僕も好きだ」
「露伴先生が素直にそういうこと言うのって珍しいですね」


 康一君が笑う。そりゃそうだろう。こういう時ぐらいしか想いなど伝えられないのだから。それから黙ってコーヒーをすすりながらふと部屋にかかっている時計に目をやった康一君は、一度カップから口をはなしてゴクリと口に残るコーヒーを嚥下した。


「あ、そろそろ行かなきゃ、由花子さんに叱られる」
「もうそんな時間か。君も忙しいな」
「誘ってくれてありがとうございました」
「ま、取材させてくれるならいつでも歓迎さ」
「コーヒー、美味しかったです」


 薄く底に残ったコーヒーを一気に飲みこむ。ソファの横に申し訳なさそうに置いてあった学生鞄を抱えて、一礼すると金色の髪を揺らして彼は玄関へと走って行った。見送ることはしない。いつもそうだ。ありがとうございました!という大きな声のあと、玄関が開いて、閉まる音がした。閉め切られたこの部屋からでは、康一君が恋人のもとへと明るい気持ちでかけていく足音も聞こえない。

 彼が先程まで手にしていたマグカップを見る。綺麗に飲み干されていた。彼はいつも出されたものはしっかりと全て食べていく。ひどく実直な性格だということがよくわかる。恐らく、そういうところも好きなんだろうと思う。

 この想いを伝える気はない。僕は康一君が幸せであればいいのだ。けれども、だからこそ、彼にとって最高の友人でありたいと願ったって罰は当たるまい。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -