「寒い」


 帰宅の挨拶を軽く交わしたあと、先刻まで外に出ていたアカギはぼそりとそう呟いた。暦上の春に入って暫くたつが、自然というのはそう簡単では無いらしくまだまだ肌寒い日が続いている。夜ともなれば肌を刺す寒気は未だ冬を思わせた。


「うわ、つめて」
「カイジさんの手は暖かいというか……熱い」


 アカギの言葉に反応して半分ほど燃え尽きた煙草をくわえたままのカイジがその手を取ると、予想以上の冷たさがその皮膚を伝って思わず眉をしかめた。アカギもアカギで逆の現象に薄く笑う。

 夜の屋外から帰宅してすぐ、というのもあろうが、アカギが元々体温が高いほうではないことをカイジは知っていた。その分寒さは常人より体に堪えるらしい。なんか簡単なもんでも作るか、それとも銭湯にでも行くか、とカイジが尋ねるとアカギは首を横に小さく振った。


「けどそんな体でいたら風邪ひくだろ」
「じゃあカイジさんがあっためてよ」
「ハァ?」


 唐突な申し入れにカイジはすっとんきょうな声を上げた。気付けば随分と燃えてしまった煙草を急いでススまみれの灰皿に押し付けると、ゆっくりとアカギの手を離してその代わりに目線をアカギへとやる。アカギはクククと喉で笑っていて、冗談かどうかはよくわからなかった。


「いや、たまにはこういうのもあってもいいかと思っただけ」


 そう言ってアカギはポケットに突っ込んでいた煙草を引きずり出す。同棲をし始めて長いが、数少ない性交以外でのスキンシップはお互いあまり多いほうでは無かった。先程のように手を取ることも珍しい。カイジがそういうことを得意としていないからであり、アカギがそういうことを求めないからでもあった。

 考え込むカイジを見てアカギは冗談だから、とライターに火を灯した。顔ごと口に咥えた煙草を火に近付ける。


「……ちょっと待ってくれ、煙草も!」


 あと少しで火が移る、というところでカイジはアカギから少し上へ視線を反らしながら大きな声を出した。アカギは若干の驚きを顔に滲ませたあと再び口角をあげて火を消す。煙草を口から外して箱に戻すと、目を見まいと必死なカイジに無理やり視線をからませた。


「……アカギってあんまりこういうこと言わないからさ、こう、たまにはさ……」
「ふうん」


 まさかそんなことを言うとは思わなかったな、と目の前で身構える男にアカギは視線を落とす。本当にからかうだけのつもりだったのだが、何か変なスイッチを押してしまったようだ。


「俺の喫煙を止めてまでそんなことを言うんだから、もちろんカイジさんから抱きついてくれるんでしょう」
「まあ、そういうことだ」


 先程まで赤く染まっていたのがなんだか覚悟を決めた武士のような顔つきになっていて、恋人とのスキンシップにそんな顔をするやつがどこにいるんだとアカギは心中でまた笑う。そろりそろりと距離を縮めてくるカイジに、この人も人との関わりが薄かったのだろうかとアカギは思う。


「…………」
「あらら、ここまで来て」


 距離が最初の4分の1まで縮まったところでカイジは動きをピタリと止めた。あとは手を伸ばして背中に回せばそれで終わりだというのに。

 そのままの体勢でどれくらいの時間がたったか、見かねたアカギは自らも少し前に出ると腕をのばしてカイジの背中に手をやった。武士のまま固まっていたカイジは再び顔を赤く染めると、もう下がることもできず恐る恐るアカギの背中に手を回す。


「命賭けてるわけじゃないんだから」
「……悪い」


 むしろそのほうがこの人にとっちゃ思い切れるのかもしれない。どうも人のことが絡むと急に臆病だ、と手を取った時よりも格段にあがっているカイジの体温を全身に受けながらぼうっとアカギは思った。


「あつ」
「畜生……」
「恋人抱きながら呟くセリフじゃないから」
「……すまん」
「まあ、少しずつなれていけばいいでしょ」


 数分間そのまま言葉を交わして、段々カイジの口調が回復してきたのをみてアカギから体を離すと、解放されたカイジの顔はさらに赤みを増していた。倒れやしないだろうな、とアカギは自らの首の後ろに手をやる。


「いつかあんたから抱きついてくれる日を待ってますよ」
「……任せろ」


 カイジは小さく呟いた。

 とにもかくにも、お互い体は暖まった。照れを隠すようにカイジは立ち上がると、やっぱ何か作るわ、と小さな台所へと向かう。幸せやらなにやらで頭がふわふわとしている。細く見えるアカギでも案外柔らかいんだな、とそんなことを考えながら深く息を吐く。アカギとなら、自然にスキンシップをとれる日も遠くないかもしれない。

 そうなれば幸せに違いない、とカイジは思った。しかし今はこの野菜炒めを作るのに集中するべきだ、とも思う。情けない、とカイジはふかくため息を吐いた。今日は幸せや服越しの温もりもひっくるめても足りないくらい、今日はただただ、情けないばかりだった。






ツイッターにて「アカカイ/【ただただ、情けないばかりだった。】を文章の末に」とお題を頂いて書かせて頂きました。
無理矢理やで……スミマセン……しかも多分続きます……スミマセン……。



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