拾捌




黛さんに肩を押されて帰る間際に見えた物部さんは、まるで鬼のような形相だった。次に物部さんに会ったとき、私は殺されるんじゃないだろうか。
そして他の人の、微笑ましいものを見るような目。お前らなにもわかってない。黛さんは私が二次嫁と似てるからやけに絡んでくるのであって、決してそういうことじゃない。その辺りを物部さんにも理解していただきたいけれど、さっきの喧嘩のせいできっともう物部さんの中ではそういうことになっているんだろうなぁ、と。

まあ、色々と考えているのには訳がある。

今更さっきあったことを蒸し返す気はないけれど、この状況は非常に困る。考えても見てほしい。時刻は既に午前0時を過ぎているのだ。繁華街などではないこの辺りは人通りもなく、完全なる二人きりと言う状態なのだ。
さっきの校舎は目的があったし、なにより必死だったからなにかを思う暇もなかったけれど、曲がりなりにも男女が二人で夜道を歩くのはなかなか気まずいもの。


「……」

「……」


そりゃあ無言だ。
それに会ったのは、日付的には昨日だけれどまだ一日も経っていない。お互いがお互いのことをよく知らないのだ。
……さて、どうしたものか。


「名字」

「あ、はい?」

「さっきのアレ」


どうしようものかと思った矢先に黛さんはそうだ、と思い出したかのように話しかけてきた。無言の空間よりずっとましだが、別のことを考えていたため、意図が掴めずにいた。


「アレとは?」

「左腕のこと」

「あ、ああ…」

「一応、感謝はしてる」

「……やっぱり痛めてたんですね。なにがあったんですか、あの時」

「普通に、日地野とやってた時に壁にぶつけられた、みてーな」

「それ……大丈夫、なんですか?」

「さあ?やばそうなら明日病院行く」


しれっと言っているけれど、あの無表情、ポーカーフェイスの黛さんが、表情を歪める程度なんだから相当なダメージだったんだろう。やはりあの時、私は黛さんとヒロちゃんの側を離れるべきじゃなかった。


「…ごめんなさい」

「は?」

「私、あの時お二人から離れなかったら黛さんがそんな怪我をすることなかったと思います…」

「別にあれはあんたが謝ることじゃない。俺がしくっただけだし」

「でも、最初から私が日地野さんを引き付けていれば防げたんじゃないかって思うんです」

「それだとお前あれに捕まってただろ」

「……なんとかなりましたよ。多分」

「多分ってことは絶対じゃないんだろ。つーかもうこの話やめだやめ。もういいだろ」

「でも、」

「他のパンピーは怪我しなかった。俺もお前も死んでない。花宮も喜んでる。それで十分だろ」


平然とそう言い放つ黛さんは、本当に気にしていないという様子だった。
きっとこれ以上は話していても平行線なのだろう。本人がそこまで言うなら今はもうなにも言わないでおく。


「つーかお前、電車で来たのか?」

「はい。家からは微妙に距離ありましたから。…歩いて帰れない距離ではないんで。そういう黛さんこそどこなんですか?もしあれなら今からでも別れていただいても」

「俺さっきのとこまでは電車できたから」

「……遠いんじゃないですか、それ」

「いや、別に。お前とそう変わんねえよ。いつもおんなじ駅のホームで降りてたしな」

「……え?」


予想外の返答に。おそるおそる私がいつも降りるその駅名を尋ねると、確かにそれは私の最寄り駅。
ここでふと、ヒロちゃんに会う前の会話を思い出した。そういえばあの時も、私のことを知っている。……と、言いかけていたような気がする。


「私のこと、知ってたんですか?」

「お前があの大学に通い始めて暫くしてからな。……まあ、案の定影薄い俺は知られていないわけだが」

「それはすいませんね」

「別に。俺が一方的に知ってただけだし」

「そ、そうですか」


大学に入って暫くしてからということは、三年もの間黛さんは私のことを知っていた、ということになるんだろうか。確かに高校時代は、電車通学で同じ線で同じ駅で降りる人のことは案外顔だけは知っていたりするものだ。
ただ黛さんに限っては、此方が見付けられないから、一方的に知られていた。そして大学は制服ではないので目立たない限りは判別なんて出来ない。知らないのも仕方ない。


「そんな前から知られてたって、なんか妙な気分ですね」

「あー……」

「……どうかしました?」

「いや、別に。やっぱりいい」

「なんですかそれ……。っていうか、私に似てるらしいキャラの出るラノベって一体なんなんですか?」

「……さあ?」

「さあってなんですか……」

「なんだっていいだろ」


先程から黛さんがどこかおかしい。いや、元からゲスっぽくておかしいけれど、また違った意味でおかしい。だが私には、その違和感のワケがなんなのかよくわからなかった。


「……もう、なにも聞きませんよ。答えてくれそうにないですし、それならそれでいいです」

「そうしとくのが正解だと思うわ」


そういう黛さんの横顔は微かに口角をあげて笑ってはいるけど、少しだけ寂しそうだった。
だけど、その理由をハッキリと尋ねることができるほど、私はまだ黛さんのことをよく知らない。


(170121)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -