拾陸 「く、くるみちゃん!」 やっとの思いで一階まで戻ってくると、半泣きのヒロちゃんが真っ先に私に駆け寄ってきた。正確に言うと、私に背負われている日地野さんにだ。 「おい佐良井。てめえ、なにこの女野放しにしてんだよ。お陰で手間取っただろうが」 「あ、まこちゃん!無事でよかったぜェ…」 「アホに心配される筋合いはねぇよバァカ」 「話すのはいいんですけど、流石に私がつらいんで日地野さん背負うの変わってもらっていいですか」 「えっ、あ、名前ちゃんごめんな!」 いくら日地野さんが軽いとはいえ、付加がかかっているのだ。階段を降りきった辺りから、流石に私も限界だった。ので、日地野さんをヒロちゃんに託して、ようやく私も一息をついた。 「あ、ヒロちゃん。そういえば黛さんは?」 「ん?あー、まゆゆなら先に出入り口の方行ったぜ!」 「そっか…。ありがとう」 「ったく、あの人いつもフラフラしてやがるな…。おら、行くぞ」 肩が軽くなったことにより、先程よりも軽快に花宮の後を追う。この校舎自体もどこかスッキリしていて、気分も悪くない。 「そういえば花宮、私と会うまで何処いたんです?」 「あ?」 「さっき、日地野さんに向かってよくもあんなところにぶち込みやがってーみたいなこと言ってたんで、気になったんです」 「…そんなこと覚えてたのかよ」 「まあ、はい」 溜め息をつきながら眉間にシワを寄せる花宮。どうでもいいけど、花宮とちゃんと話すのってさっきの日地野さんの話が初めてだ。 「理科室、三階にあったんだよ」 「はあ」 「俺がこの校舎で一番最初に片付けようと思ってたのは、理科室にいたやつら」 「理科室にいたやつ…ら?複数系?」 「…一階、二階はヘドロ野郎とあの女がいたが、三階はそいつらに引き摺られて来た質の悪いやつらがいたんだよ。特に理科室に。時系列順に言うと、俺らが階段上がって暫くしたら例の2体が動き出した。だからそのタイミングでまずは他の邪魔なやつらを外に弾き飛ばした。で、その頃くらいに一階にはお前らが始末したヘドロ野郎がいただろ」 「その辺りはわからないけど、多分そう」 「……女はヘドロとはあまり相性はよくねえみたいだった。だとしたら狙われるのはヘドロのいる一階じゃない、こっち。でも俺は先に三階に行きてえ。だから、日地野と佐良井をあの女じゃ破れねえ結界置いて囮にしてた。その隙に俺が三階のやつらをぶっ殺しに行ってたんだよ」 「私が知らない間にそんなことが」 ヒロちゃんの話と合わせると、やっぱりあの教室には結界が張られていた。だからジョドランは二人に気付くことなく私たちの気配だけを追っていたのだ。 そしてそのあとに、日地野さんが教室から出ていってしまい、今に至る。 「あれ?でもそのあと美術室の音とか聞こえませんでした?」 「聞こえてた。でも日地野は美術室に行く前にこっち来やがったんだよ。丁度三階全てと理科室のを始末し終わったところにやっめ来て、見事に扉歪められた。で、それぶっ壊すのに時間かかってた」 「花宮が案外大変そうなことしてた」 「当たり前だろバァカ」 相変わらず口は悪いけど、本当に大変だったのは、あの助けてくれたときの額の汗でわかっていた。 この人も性格に難はあるけれど、悪いやつではないんだと少しだけ思えた瞬間であった。 ちなみに、ここまで空気なヒロちゃんは日地野さんを背負っているのが嬉しいのか至福の表情で私と花宮の後を追ってきている。最早犬だ。 とまあ、ミス研の人達のことが少しだけわかってきたけれど、あくまで私はミス研には入っていないのだ。花宮はまだしも、その他の面子は会うことなどまずない。 つまり、これが終わったら今度こそ私は自由の身!もうこんな怖い思いもしなくて済むのだ。そう考えるとますます気分が乗ってきた。ようやく、この人達とおさらばなのだ。 けれどまだひとつだけ心配なことが残っている。とにかく今は、その心配を潰すべく、昇降口へ向かおう。 昇降口まで行くと、相変わらずの無表情で欠伸をしながら黛さんが声をかけてきた。すぐ近くにいたのに、何処にいるかわからなかった辺り、本当に黛さんは影が薄いんだなと思ったり。 ここでは特になんの話もせず、とにかく私達はとっとと校舎の外へと出た。草むらをかき分けて、破壊した校門を抜けて、ようやく最初に私達が集まった広場まで戻ってきた。 そこには、不安そうにしている飛ばされた人達の姿。そう、物部さんや澤木くん達だ。 「!み、みんな!」 「ぶ、ぶぶぶ、ぶじっ、だ、ったんです、ねっ!」 「よ、よかったでござる…っ!」 「皆さんが無事で本当によかったです…心配しました…」 私達の姿を見付けるや否や、ミス研の人達は一斉に此方にやってきて安堵の声を漏らした。とはいっても、殆どが日地野さん達の方へ向かったし、物部さんは花宮と話していた黛さんに特攻をかけていたが。 「(わー、すごい疎外感)」 日地野さんと、日地野さんを背負っているヒロちゃんは他の男に囲まれているし、黛さんは物部さんに絡まれている。唯一フリーの花宮は何処かに電話をかけ始めて、元々ここの人間とは無関係な私はこの通り誰からも心配されないのである。 ……別に寂しいわけではないが、それはそれで少し腹立たしい。 溜め息を付きながら腕時計とミス研の人間を見比べて、少し考えてみる。時間はここに集まったときから三時間ほど経っており、既に日を跨いでいた。終電は既に逃しているが、歩けない距離ではない。なんにせよ、もう今日は疲れた。早く帰って寝てしまいたい。 「(でも、)」 帰ってもいいけれど、全員を見渡してからそれはまだやめておくことにした。その前に、もう一度話しておきたかったから。 ただこのタイミングで入るのは、明らかに喧嘩を売っているし、少しばかり勇気がいる。けど、私の最後の心配事を潰すためだ。 (160703) |