拾 今度こそ二階まで上がろうと、じんじんと痛むこめかみを押さえながら階段の一段目に足を置いている黛さんの方へ近寄る。すると、黛さんは突然懐中電灯をこちらに渡してきたのだ。よくわからないままそれを右手で受け取ると、今度は自分の右手を差し出してきたのだ。 「ほら、手」 「あの、なんですこれ」 「転けられても困る」 「なんですかそのイケメン対応…怖…」 「うっせえな。だったらそのままもう一回足滑らせて今度こそ頭打って死ね」 「辛辣!」 非常に理不尽だけどこれ自体は心配してくれての行動だ。なんだかんだ言いつつも優しいんだと思う。少し照れるけど、ここは大人しく優しさに甘えておこう。 ここが暗くて良かったと思いつつ、伸ばされた手を握ると、待ってましたと言わんばかりに階段を登り始めたので慌てて私も登ったのだった。 「まったく…こんなこと安易にしたら私惚れますよ」 「こんなんで惚れるとかチョロすぎだろ」 そのまま階段を登りきったところでもう一度周囲を確認したが、日地野さんの姿はなさそうだ。 懐中電灯は返却してから慎重にズルズル痕が残る道を歩いていくことにした。 ちなみに手は、離すタイミングを見失い繋いだままだ。割と照れる。 仕方がないので気を紛らわすために雑談でもしてみることにした。 「そういや物部さんには既に惚れられてるみたいですけど、なにかしたんですか?」 「は?するわけねぇだろ。勝手に好かれただけだ」 「はは、誰かに好かれてるなら良いじゃないですか。なんなら付き合ってあげたらどうです」 「は?俺だって人は選ぶ。あれはナイ」 「え〜?物部さんいい人じゃないですか〜」 「悪意のこもった発言をどうも」 まあ私が男だとしても物部さんはない。全体的に女捨ててる感がすごいのだ。恋の相手の黛さんがサークルにいるというのにスッピンで服装が酷い。近所のコンビニに寝起きで来たのかというレベルだ。本当に好きなら可愛いと思われるようにもう少し努力をするべきだろう。それともなにか、素のままの自分を愛してほしいとでも思っているのだろうか。 …どうしてそんな考えになったのかがミステリーだ。 「…そういうアンタは結構可愛い顔してんだから、それなりにモテてんじゃねぇの?」 「え?あ、…まあ、そりゃたまーにありますけど、私の性格をちゃんと知らない人はお断りですね」 「ふーん…」 「自分から聞いたくせにこの反応!」 「興味がないってわけでもない。お前のことは前から知っ……」 そこで黛さんは口をつぐんだ。理由はたまたま横にあった教室の真ん中で呆然と立ち尽くす、なにかがいたからだ。 懐中電灯の光に反応したのか、その影はフラリと此方にやって来たと思ったら叫び出した。 「や、やっぱりだ…まゆゆ〜!」 「げ、佐良井…」 「ああ、あのチャラ男」 「それに名前ちゃん…!」 「おいこっち寄んなチャラ男菌が移る」 「ぐえっ」 立っていたのは花宮と一緒に行った佐良井とか言うチャラ男。予想外の人物に、思わず顔をしかめてしまった。こういうタイプのやつは好きじゃない。 まゆゆと呼ばれた黛さんはと言うと、チャラ男の額に容赦なく手刀を繰り出していた。 「ま、まゆゆ相変わらずきっついなぁ〜。っていうか、まゆゆちゃっかり名前ちゃんと手繋いでるし!」 「え、ああ、これは私がさっき滑って謎の口説……紳士な黛さんの計らいでお手を拝借してるのです」 「まゆゆが…?」 「お前は例え転んでも死なないから、俺から十メートル離れてくれるか」 「まゆゆ俺の心配しよう?俺一人ではぐれてんだぜ?」 「…名字。こいつ置いてとっとと探すぞ」 「了解です」 「待って待って!俺をこんなところに置いていかないでぇ〜!」 チャラ男が仲間になった。 某BGMと共にそんな謎テロップが脳内に流れてきたけど、あまり嬉しくない参戦だ。 背後に半泣きのチャラ男がいるようだけど、今回ばかりは黛さんに賛成なので手を引かれるままとっとと歩き出したのであった。 この辺りから黛さんにチャラ男が引っ付き出したので、懐中電灯はチャラ男を殴る武器へと変わった。 あれからしばらく歩いたが、此方側の廊下にはチャラ男以外特には見付からなかった。だが、私も黛さんも彼を発見したことにより、色々と疑問が出てきていた。 まずはその疑問を解決するべく、近くの教室に入って休憩がてらに話を聞くことにした。 どうやらここは美術室として使われていたらしく、あちこちに壊れた石膏やキャンバスなどが置かれている。そのうちの使えそうな椅子や机に腰かけ、ようやく事情を聞くことになった。 扉のところには盛り塩しておいたので、少しの間なら持つだろう。 「ふざけるのはこれくらいにして、真面目な話するか」 多分ここまでで一番ふざけてたのは黛さんだというツッコミはしない。 (160224) |