重なる不運
図書館の中に入ると、本独特の臭いがしてきてまた嬉しくなった。
中は外から見た外観からは想像できない程沢山の本が棚に整然と並べられていた。私にとってそこは夢の国のようで感動すら覚えた。
「そこの女」
「えっ」
入り口付近で奥まである本棚を眺めていると、突如声をかけられた。声の聞こえた方を見ると、カウンターに座っている随分と綺麗な男性がいた。
「入るのか入らぬのかはっきりせよ。邪魔だ」
失礼だ、ものすごく失礼な人だこの人。というか、初対面でこんな言い方されたの初めてだ。
だけど、こんな入り口で突っ立っていると他の人の邪魔になるのも確かだ。
「す、すいません…」
「ふん」
司書の方がこんなに高圧的でいいのでしょうか。
けれど、片手に本を持っているので、読書が好きなんだとは思う。読書が好きな人に悪い人はいないと思っているので、司書さんも悪い方ではないと信じたい。
とりあえず司書さんにはっきりしろと言われてしまったので、中に入ってみることにした。
「すごい…!」
今まで、どの図書館でも何ヵ月待ちだった本があったのだ。少し見ていくだけでそんな本が他にも何冊もある。これは、すごい。
…そういえばこの図書館、全く人がいない。平日ということを差し引いても人がいなさすぎる。あの森林公園自体、殆ど人がいなかったから、もしかするとここに来る人もあまりいないのかもしれない。
「…ここに引っ越してきてよかったかも」
…正直、こちらでの生活はあまり楽しいものではない。地元と違って知らない人ばかりで、大学でも友達はいない。唯一の楽しみは小説を読んでいることだけだった。
そんなときに見つけたこの図書館に、私の読んだことのない本がこんなにもある。楽しみが一気に増えたように感じたのだ。
また来よう、そう思った。
瞬間、突如腰と足にとんでもない衝撃が走った。予想だにしなかった痛みに私は思いっきり前方に転けてしまった。
「ぶっ」
転けた拍子に眼鏡が飛んだ上に、額を打った。一体なにが起こった。
額をさすりながら起き上がり、背後を見てみると誰かがいた。眼鏡が吹っ飛んだのでイマイチ顔は見えないが、どうやらそれは男の人のようだ。ただ、その人は車椅子に座っていた。
「ヒヒッ!やれぬし、そのような所で座り込んでどうした」
けたけたと笑いながら、私を車椅子から見る男の人。
うっかりなら仕方ないとも思ったが、この様子から見て、この人わざとぶつかってきた。
「…ちょっと待ってください、私貴方に突撃されて転けた気がするんですが」
「そうだったか?われは知らぬなァ」
「し、知らないわけないでしょう!」
私の細やかな反撃を、この人はやっぱりけたけたと笑って流した。なんなんだこの人。
手探りで見つけた眼鏡をかけ、一体どんな人なんだと思って向き直って顔を見た。
「ヒィィイッ!」
「女、騒がしい」
「い゛っ」
車椅子に座っていた男の人は、全身を包帯で覆っており、しかも怖がらせるかのように、目をカッと開いて笑いながら近付いてきたのだ。
お陰でつい、悲鳴をあげてしまった。すると暴言付きで頭にばんっと痛みが走った。慌てて今度は首だけを後ろに向ければ、さっきの司書さんが仁王立ちプラス冷たい目で私を見下ろしていた。
「また貴様か大谷」
「なに、新入りをちと可愛がっていただけよ」
「黙れ。貴様らのせいで落ち着いて読書も出来ぬ」
「まあそういうな毛利。ぬしもそろそろ日輪を拝む時分であろ?」
「…ふん、今回は見逃してやる」
私の頭上で繰り広げられた会話。そして痛む色んな場所。なんなんだこの図書館は。初対面の人にぶつかられるわ笑われるわ殴られるわ。散々な目に遭った気がする。
「女、早よ立ちやれ。そこでは邪魔であろ」
一言言いたい。元の元凶は貴方だろうと!
(120504)
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