慶次と武田信玄の話は、随分長引いているようで、なかなか出てこない。そして、迷彩服の男もずっと私の様子を観察している。居たたまれない。
こうなったらと思い、私は立っている男に話し掛けてみることにした。
「あのー…」
「なに?」
「なにか、お話ししません?」
「…は?」
変な顔をされた。
「いやだから、その、沈黙が重かったんでなにかお話をと…やっぱりダメですかね?」
「……」
「あ、あのー?」
「ぶっ」
「えっ、な、なんですかっ」
今度は何故か笑いだした。今の会話にそんな笑える要素なんてあっただろうか。いや、ないだろう。
「くく…っ、いや…ついね」
「わ、笑うところなんてありました?」
「いいや、っ…そういうわけじゃないけどね」
「?」
「…ほら、なにか話したいんでしょ。なんの話する?」
「え、ああ…はい」
よくわからない。よくはわからないが、話には付き合ってくれるらしい。
「じゃあ…名前…聞いてもいいですか?」
「俺様の?」
「はい」
「……」
「どうかしました?」
「いいや、…俺様は猿飛佐助」
「猿飛さん、ですか」
猿飛佐助、ちょっと待て、この名前どこかで聞いたことがある。確か図書室でちらっとだけ読んだ、真田十勇士かなにかで。
いや、考えるのは後だ。せっかく名乗ってくれたのだから、此方も名乗らなければ。
「私は…えっと、名前です」
「名前ちゃんね」
「はい、よろしくお願いいたします」
なにをお願いしてるのかは自分で言っててよくわからん。それは猿飛さんも同じなのか笑っていた。
「うん、よろしくね名前ちゃん」
「わ、笑いながら言われましても…」
「あははっ…だってさ、名前ちゃんおかしいから」
「で、でも、どんな相手でも挨拶は大事でしょう!」
「まー、そうなのかもしれないけどさ」
猿飛さんは笑みを浮かべながら、近くの柱にもたれ掛かり、首を回して此方に視線を向けた。
そういえば、さっきまではあんなにも冷たい目をしていたというのに、今は少し穏やかになっている気がする。
「あんたと話してると、さっきまで警戒してたのがバカらしく思えてきちゃうよ、ホント」
「…私なにかしました?」
「してくれた方が俺様としては楽しめたんだけどね。ま、されたらされたで面倒臭かったんだけどさ」
「はあ、そうですか」
その意図はイマイチ掴めないが、初めて会った時の剣幕はなくなったので気にしないことにした。
そんな話が区切れたところで、慶次が部屋の中から顔をだした。
「あ、名前ちゃん!ちょっと入ってきてくんない?おっさんがあんたの顔見てみたいってさ」
「え、でも…」
戸惑いながら、チラリと側にいる猿飛さんを見た。先程入るなと言われたことを気にしていたのだが、猿飛さんはそんな私に行きなよ、と肩を押した。
「大将が言うなら入れるしかないっしょ」
「そうですか…じゃあ、失礼しますね」
私は慶次が開けている襖の奥へと足を踏み入れた。
部屋の中はなかなかの広さがあり、その奥に誰かが座っていた。慶次よりも更に体格が良く、堂々とした佇まい。威厳のある顔つき。それが直ぐに、武田信玄なのだと理解した。
「名前ちゃん、こっちこっち」
慶次は先に奥へと移動し、先程までいたと思われる場所に腰を下ろした。そこの隣をぽんぽんと軽く叩いて私にそこに来るよう促した。言われるがままにそこまで行き、腰を下ろした。
その場所から少し前方に武田信玄。緊張感が漂うなか、会談は始まった。
(120204)