目の前にいるガタイのいいお兄さんは、爽やかな笑みを浮かべながらずっと私がなにかを話始めるのを待っているようだ。周りにはこの人以外に誰もいないし、この人を逃せば私は現状から抜け出せないのは目に見えている。
とりあえず、ここがどこで、一体なんなのかを聞かなければなにも始まらない。
「あの…ここって、どこなんですか?」
「へ?」
「…ば、場所です、場所!この場所は一体どの辺りなんですか?」
「知らずにこんなところにきたのかい?」
「…はあ…まあ」
正確には"いた"だけど。
お兄さんは少し不思議そうな顔をしていたが、直ぐにまたさっきの笑みを浮かべ、快く答えてくれた。
「この辺りはもう甲斐の領地だよ。どちらかというと武蔵側に近いかな」
「…甲斐…?武…蔵…?」
ここは甲斐の領地で、武蔵側で、つまりなんだ。ここは……え?
「…どうかしたかい?」
「あ、あの…妙なことを聞きますけど…今って何年ですか?」
「何年?」
「はい、何年です」
「……永禄3年…かな」
「え…いろく…」
わからん。
だけど、過去に日本史の授業で聞いたことがある気がする。まさかここは、
「過去の…世界…?」
このお兄さんは嘘をついているとは思えない。それにお兄さんは馬で移動をしていた。それによく見れば、派手だがどこか和服の片鱗がある。更に言えば、お兄さんは刀を背負っている。そして甲斐、武蔵。これは昔の日本の地名だ。
そこから導きだされる答えは、過去の世界。それしか見当たらない。
そんな私を、お兄さんは訝しげな目で見ていた。先ほどまでの笑みは顔から消えていた。
「あんた、なんかおかしくないかい」
「ですよ…ね」
「よく見りゃあ不思議な服装だし、妙なもの持ってるし…」
私の服装を上から下まで見て、次にちらりと鞄の方を見た。それはそうだ、ここが遠い昔なのだとしたら、私の今の服装は不可思議に違いない。
「やっぱり私…変ですよね」
「えっ、あー…まあ…俺もよく変わってるとは言われるけど…流石に、うーん…」
私が少し落ち込んでいたように見えたのか、何故かフォローを入れられた。
さっきから自分のことでいっぱいでなにも気付かなかったけどなんかこのお兄さん、いい人だ。私を怪んでいた筈なのに、こんな風に接してくれるなんて。
……信じてもらえないかもしれないけど、私のことを話そう。
「あの、」
「な、なんだい?」
「…私の話、聞いてくれますか?」
お兄さんはまた訝しげな表情をしていたが、私の真剣な表情を暫く見た後、頭を縦に振った。
私はそれを見届け、今まであった出来事と、私のいた世界、私の推測、全てを彼に伝えた。
(120120)