ここにいる



放課後の、夕陽が差し込む図書室のカウンターで小説を読み進めていた。この時間になると、生徒達は図書室にいることなどテスト期間でない限りほとんどないので、私にとっては静かに本を読むことができる時間だった。



「あの、」



そんな自分以外に誰もいない空間だと思っていた場所で、突然声を掛けられた。顔を上げると、そこにいたのは黒子くんだった。



「すみません、読書の邪魔をしてしまって」

「あ、私の方こそごめんなさい。本に集中してて…」



いつの間に図書室に来ていたのかさっぱりわからなかった。なにかに集中すると周りが見えなくなってしまうのは自分でも悪い癖だと思う。

私は一先ず、読んでいたページに指を挟んで本を膝の上に置いて黒子くんに向き直った。



「本、借りに来たんですか?」

「いえ」



普段から彼は、部活動がない日は図書室に来る。元々同じ図書委員だったということもあり、それなりに面識はあった。彼は委員会の仕事の時がある日以外でも何らかの本を借りていくので今回もそうなんだと思っていたけれど、どうも違うらしい。



「…どうかしたんですか?」

「……」

「黒子くん…?」



夕陽に照らされる姿はどこか悲しげで、今にも消えてしまいそうな雰囲気だった。

彼とは違うクラスで、クラス内での彼はよくわからない。だけど初めて会った時から儚げで、まるで空気と触れているような感覚になったのは覚えていた。それについては本人曰く、影が薄いかららしい。
だけど、黒子くんとはクラスが違うため、会うのはこの図書室ぐらい。そして私はいつも本に集中しているため、声をかけられるまで気が付かない。

つまり、私にはそれがどういうことなのかわからなかった。



「名字さん、少しだけ僕の話を聞いてくれませんか?」

「話?」

「…少しだけでいいんです」

「大丈夫、ですけど…」



私がそう返答すると、少しだけ悲しげな表情が和らいだ気がした。不思議に思いながらも指を挟んでいたページに栞を挟み、本をカウンターの上に置いた。その間に黒子くんはカウンターの椅子に座り、そして向かい側にある本棚を見つめながらポツリと呟いた。



「僕は、いつか消えてしまうんでしょうか…」

「え…?」

「…前にも言ったと思いますけど、僕は人より影が薄いです」



そう言ってどこか遠くを見つめながら淡々と話す黒子くんは何故か少し怖かった。



「…時々、思うんです。僕は本当にここに存在しているのかって」

「……」

「バスケをしているときは、これは武器で、皆さんも僕のことを忘れないでいてくれます。だけど、ふとしたときに、…世界から切り離された気分になります」

「…黒子くん」

「こんなこと、火神くんや先輩達には言えません」



そう言って俯いた黒子くんの表情は、前髪に隠れてよく見えない。けれど、彼が泣きそうになっていることだけは理解した。



「…すみません、いきなりこんなこといってしまって」

「黒子くん、」

「はい」

「なら、私が見付けますから」

「…名字さん?」

「バスケ以外は私が見付けますから…だから、そんな悲しいこと言わないでください」



伏せられていた顔を黒子くんはこちらに向けて、微かに目を見開いて驚いたような顔をした。

彼とは図書室でしか会ったことはない。だけど彼は、私なんかと話をしてくれた。それだけで私は彼に救われたのだ。



「ちゃんと、見付けますから…っ」



黒子くんはしばらく呆然としたあと、微かに口元が弧を描いたのを確かに見た。
その夕日の赤に染まった綺麗な笑みに、ふわりと揺れる髪に、そして、私の手を優しく握るその手は確かに彼がここに存在していることを実感させてくれた。



「ありがとうございます」



その一言で、大きく胸が跳ねたことに、まだ私は気が付かない。




繋いだ手の先に
(握りしめた手に、あなたの存在を感じて)




*****
友達あんまりいない図書委員の女の子と、影が薄くて消えちゃうんじゃないかって怖くなるちょいネガティブな黒子のお話。
(120731)



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