【何処かに春を置いてきた】の続きです。オリキャラ出てきます。暗いです。
主が政府に出向いてから、3日が経った。いくら呼び出されたからとは言え、こんなに長い間帰って来ないのはおかしい。
「なあ、鳴狐」
「何でしょうか、獅子王殿!」
「咲子が出掛けてから、大分経つよな」
「主殿はきっと政府に用事を申し付けられておられるのでしょう」
「…すぐに、帰ってくる」
主は、何も言わずにいなくなるような人じゃない。そんな無責任なことしない。だから、信じないといけない。
「ん、今何か音がしたか?」
「…見てくる」
確かに聞こえた。外から歩いてくる音が、扉が開く音が。主。主。…咲子。ずっと待ち焦がれていた主が帰って来た。入口に走って行くと、そこには見たことのない少女が立っていた。
「貴女は、どちら様でしょうか…」
供の狐が彼女に話しかける。彼女は背が小さく、腰ほどの高さしかなかった。
「ここは咲子様の本丸で間違いないでしょうか」
「そうでございます!主殿をご存知なのですか?」
「鳴狐ー、咲子帰って来たのか…って、誰?」
主ではない、小さな少女は小さくお辞儀をした。そして、口を開いた。
「本日から私が咲子様の代わりに審神者を務めることになりました。よろしくお願い致します」
その顔に、表情は無く、淡々と事実だけを述べた。彼女が…審神者?では主は。もう、本当に帰って来ないのだろうか。
「どういうことだよ…咲子は、政府に報告に行っただけじゃねーのかよ…なあ!」
「…詳しくは申し上げられません。ただ、1つ言えることは、咲子様はもうお戻りになられないという事だけです」
「何で…だよ」
何も言えなかった。言葉が出て来なかった。確かに、審神者にとっての罪を犯したのかもしれない。禁忌だったのかもしれない。けど、何も知らされずに別れることになるなんて。
「鳴狐…」
狐が、小さく自分の名を呼んだ。自分の、自分の言葉で確かめたい。その少女に向き合って、言葉を出した。
「主は、何処に」
「…申し上げられません」
「主は、何処。場所だけでも教えて欲しい」
その少女の表情が微かに動く。彼女から主への敵意は感じられない。きっと、主に言うなと言われているのだろう。主はそういう人だ。
「お願い。主に、もう一度会いたい」
「…」
少女は俯いた。そして両手をきゅっ、と握ると顔を上げた。その瞳には僅かに涙が浮かんでいた。
「咲子様は、政府に捕らえられております」
「政府に…!?」
「主殿は無事なのでしょうか…?」
獅子王と狐が声を上げた。
「咲子様は、生きておられます。ですが、長くはないでしょう」
「咲子は病気なのか…?」
「…いいえ」
そこで少女は話すのを止めた。その先を知らせることを躊躇しているようだった。
「…咲子様は、審神者の掟において禁忌を犯したため、刑に処されることになっております」
「刑…って、まさか…!」
「ご想像の通りでございます」
「…助ける方法は」
「…残念ながら、ありません」
主が、殺される。主を審神者として使い続けた政府に。その原因が…。
「…じゃあ、主に会うことは出来る?」
「私でしたら、面会することは可能です。しかし…行っても出来る事は…」
「行こう」
「え…!」
少女の手を取り歩き出す。少女も獅子王も狐も驚いていた。でも時間がない。主がいつ殺されてしまうかわからない。
「鳴狐…!行ってどうするんだよ!」
「…主に会いたい。獅子王は…、主のことを皆に説明しておいて」
獅子王にそう告げて、少女と2人で走り出す。主に会いたい。その気持ちだけで、十分動ける。主と、ずっと一緒に…。
政府が存在する場所へと入る。彼女が新しい審神者と言うだけあって、簡単に中に入ることが出来た。彼女に自分を刀へと姿を変えてもらい、地下牢のある場所まで案内してもらった人目につかない場所で、人の形に戻してもらう。
「ここから先は、見回りが一時間に一度来るだけです。時間に気をつけてください」
「…ありがとう」
上手く微笑んでいられただろうか。新しい審神者の彼女にお礼を言って走り出す。一番奥の牢に主はいるらしい。
「…さようなら、咲子様」
小さな審神者がそう呟いた。その声は届かなかった。走って、走って、走った。一つ扉を開くと、重々しい音がする。大きな頑丈な金属の柵。その奥には、懐かしい後ろ姿が見えた。
「主」
「…なき…ぎつね…?」
驚いた表情で振り向いたその顔色は、良くなかった。でも綺麗な髪はそのままの輝きで。
「何してるの…見つかったら、鳴狐まで牢に入れられちゃう…早く、帰って」
主は、冷たくそう言った。こちらに背を向けてしまっても、酷い言葉をかけられても、その肩の震えだけは隠せていない。自分のことよりも他人のことを心配するのは、やはり主らしい。
「…主は、嫌いになった?」
「そんなこと…!…そんなわけ、ないよ。大好きだよ…皆も、鳴狐も」
主はこちらを向かないままそう言った。その言葉だけで十分なはずなのに、この牢が煩わしい。主に、触れたい。
「…でも私は、好きって思ったらいけないの。政府の…あいつらの言う通りに動く駒じゃないといけないの。…だから、もういらないんだって」
主は、やっとこちらを向いてくれた。こんなに悲しい笑顔があるのだろうか。涙を瞳にためて、精一杯笑う主。そんな主を1人に出来るわけもなく、自分の手を伸ばして主を抱きしめた。柵越しでも伝わる、彼女の温もり。
「主はいらなくなんかない。ずっと…そばに居てほしい」
「私も、…鳴狐と一緒がいいよ」
瞳からたくさんの涙が落ちる。こんなに綺麗なのに、何故彼女が…何故命を捧げなければいけないのだろうか。
「…なんて、言ったら困らせちゃうよね」
「そのつもりで、来たんだ」
「どういう、こと…?」
「もう帰らない。主と一緒にいる」
主から離れて、牢から一歩離れた。そして、自分の持っている刀に手をかけた。ずっとずっと、主と一緒。
「何してるの、駄目…鳴狐!」
「主のいない世界なんて、生きる意味がない」
「だからって、…自分の命を無駄にしないで…!私が鳴狐に会えて、どんなに嬉しかったか…わかる…?たくさん一緒に戦って、笑って、ご飯食べて…そんな楽しくて幸せな毎日を、鳴狐が生きて覚えててくれなきゃ…なくなっちゃうんだよ…」
「主…」
からん、と乾いた音がする。自分の手から刀が落ちたようだ。その横に、黒い染みが出来る。…どうやらそれは、主の綺麗な涙と同じもののようで。
「…うん、偉い。私が生きられない明日を、鳴狐が幸せに生きてほしいな」
「でも、主がいないと」
「私だけじゃない。…鳴狐のそばには、皆いるでしょう」
一瞬、主の周りで笑う本丸の皆の姿が見えたような気がした。そうだ、主は…ずっと狐と2人で生きてきた自分に居場所を作ってくれていたんだ。
「…鳴狐、おいで」
「…ん」
主のそばによると、牢の中から手が伸びてきた。
「しゃがんで」
少ししゃがむと、その額に柔らかいものが触れた。主の唇だと気づいたのは、その後。きらきらした笑顔で微笑む主の頬は、少し赤い。
「…鳴狐と私しか知らない秘密、覚えててね」
「…うん」
それが主と交わした言葉の、最期だった。
たったひとりの消失
(きっと今も世界の片隅で)
(誰かが消えているんだろう)
あとがき
書きたかった続きを公開することが出来ました。実は最初に書こうと思っていたお話とタイトルも内容も全く違ったものになってしまいました。次こそ鳴狐くんに幸せを。
読んでいただきありがとうございました。
2015月04月11日 羽月
【2015年11月26日 追記】
名前変換が出来ておりませんでした。申し訳ありません。お気付きの点がありましたらメールや拍手などで教えていただけますと幸いです。
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