愛されたくても愛されなかった子のお話。
































「清光、ありがとね」


そんな風に認めてもらえることが嬉しくて。


「綺麗だね、それ」


小さな変化にも気づいてくれる心遣いが大好きで。


「無理しないで」


優しくて温かいその手に触れたくて。


「……ごめんね、清光」


褒めて、気づいて、心配して…愛して。ただそれしか求めなかったのに。愛してくれさえいればよかったのに。


「咲子は…残酷だね」



























「咲子、起きて」

「うう…眩しい…」


襖をすぱんと開けて、潜り込んでいる布団を剥ぐ。毎朝毎朝、朝が苦手な我が主を起こす。これが1日で1番最初の俺が任された仕事。寝起きが悪い主を起こすのは結構大変。起こす前に自分の身だしなみも整えないといけないしね。


「ほら、今日は新しい刀が来るんでしょ」

「でも…もうちょっと寝れる…」

「そんなぼさぼさの汚い格好で迎えるつもり?ほら、起きて!」


主は俺達が着てる内番のジャージを寝間着代わりに使っている。寝癖はつき放題、着崩れたジャージ、そしてそこから覗く肌。…みっともない。


「いい加減にしてよ。遅いって怒られるの俺なんだから…」

「どうせ怒られるならさ、一緒に寝ちゃおうよ?」


そう言って主は布団を少し持ち上げた。俺が入れるように空いている場所。…そんなこと言われたら、俺だって。


「ちょっとだけだからね」

「わーい!清光確保!」


布団に潜り込むと咲子が後ろからぎゅーぎゅー抱きしめてくる。苦しいけど嫌いじゃない。さて、遅くなった言い訳をどうしようかなんて考えていると、再び襖が開かれた。


「2人とも何してるの?もうご飯出来たんだけど…って清光!何主を1人占めしてんの!?」

「げ。安定かよ」

「おはよー、安定」

「主おはよう!…そうじゃなくて!」


爽やかな笑顔を向けた安定だったけど、我に帰ったようだ。安定に怒られて、俺も主ものそのそと起き上がる。そしてうっかり寝間着のまま主をご飯に行かせてしまい、燭台切にも怒られた。散々だ。


「はー、お腹いっぱい」

「審神者衣装、ちゃんと着れるの?」

「失礼な!大丈夫大丈夫」


咲子の部屋に戻り、審神者のいつもの衣装へと着替える準備をする。そしてその着替えを手伝ってあげるんだけど…。


「…清光、今日は外で待ってて」

「何で?」

「いいから!待ってて」

「…わかった。あんなに食べたらお腹出てるの気になるしね」

「う、うるさい!」


咲子は俺のことを追い出すように部屋から出した。咲子にも女の子らしいところがあったんだなとしみじみ思う。そしてようやく部屋から出て来た咲子と共に、鍛刀部屋へと向かう。久しぶりの新入りだ。咲子が職人さんにお礼を言って、その部屋を開ける。そこには、空みたいな綺麗な色をした髪に、それに負けないくらい端正な顔立ちをした男が立っていた。


「一期一振…?」


隣に立っている主が、震える声でそう言った。そうか、前にずっと待っているって言っていたような気がする。


「はい。主殿、末長くよろしくお願い致します」


深々とお辞儀をした。そして顔を上げると、今度は俺の方を向いた。


「主殿、こちらの方は…」

「今の近侍の、加州清光。清光、色々教えてあげてね」

「よろしく」

「よろしくお願い致します」


手を差し出して握手を交わした。それから、主と一期一振と3人で本丸内を歩き回った。どうやら一期一振は兄弟が多いようで、どこに行っても大歓迎だった。


「案内していただき、ありがとうございました」

「何かわからないことがあったら、私でも清光でも、聞いてね。清光とは1番最初に出会ったんだ」

「そうなのですね。では頼りにさせていただきます」

「程々にしてよね」


そして一期一振を部屋に送り届けてから、咲子の部屋へと行く。縁側を歩いていると、日が落ちるのがよくわかる。赤く照らされた主の後ろ姿。…なんとなく、ここから主を見るのは最後なような気がした。


「清光、ありがとね」

「新入りが来たら案内するのは俺の役目でしょ。ずっとやってるじゃん」

「そうだったね。じゃあ、また明日から出陣するから、よろしくね」


主は微笑んだ。俺はひらひらと手を振って、主が部屋に入ってから自分の部屋へと戻った。きっと明日から暫くは一期一振の鍛錬で懐かしい場所を回ることになるだろう。忙しくなるから早めに休もう。


次の日、俺はいつも通りに目を覚まして身支度をする。鏡を確認して部屋を出る。そしてぐうぐう寝ている主を起こす。


「咲子ー、入るよ」

「うん」

「…え」


慌てて襖を開ける。すると部屋には既に綺麗に畳まれた布団と鏡に向かっている咲子がいた。起きてる。


「咲子が…俺が来る前に起きてるなんて」

「そんなに驚かなくても。今日から色々頑張らないといけないからね」


咲子は嬉しそうに笑って立ち上がる。


「張り切るのもいいけど、無茶だけはしないでね」

「わかってるよ。それじゃあ清光はご飯の準備手伝ってきて」

「はいはい。咲子はどこ行くの」

「ん?一期一振の部屋。迎えに行こうと思って」


どうして。そう言いかけた口を閉じた。今までだって新しい刀剣はこの本丸にたくさんやって来た。でも、咲子から迎えに行ったやつなんていなかった。でもここで何か言っても咲子を困らせるだけだ。


「そっか。いってらっしゃい」

「うん。またあとで」


主は俺を通り越してぱたぱたと小走りで廊下を走って行った。ふわりと香る優しい香り。その残り香だけが虚しく残っていた。


それからその日は近場の戦場へ出陣した。隊長は俺、一期一振と他は普段は2軍で遠征に行ってる奴らだった。敵もそんなに強くないし、適度な疲労感を伴って帰還した。


「皆今日はお疲れ様!ゆっくり休んでね」

「お疲れー」

「清光、隊長やってくれてありがとうね」


咲子は俺の頭を撫でた。突然のことに驚いて固まってしまった。鶴丸がこちらを見てにやにやしているのがわかる。


「…別に。いつものことじゃん」

「明日もよろしくね!」


咲子のこの笑顔が見られれば、どんな戦いだって頑張れる。だから、どうか目を離さないで。















次の日も、少し憂鬱な気分を持ちながら起き上がった。起きて、身だしなみを整えて、着飾って、部屋から出る。綺麗にしてれば大丈夫。そして咲子の部屋の前に来ると、襖が少しだけ開いていた。嫌な予感がして、襖を開けながら部屋に入る。そこには、やっぱり綺麗に折り畳まれた布団しかなかった。そこで立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。


「主なら一期一振の部屋に向かったよ」

「鶴丸国永…」

「ついにお気に入りが来ちまったからなあ。ま、そんなに気に病むなよ」


俺の肩を叩いて立ち去る鶴丸。なんだ、また呼びに行ったのか。呼びに行っただけか。最初は慣れないからね。咲子は…優しいから。


「大丈夫、大丈夫」


自分に言い聞かせて、信じ込んだ。目を閉じて深呼吸をすれば、落ち着ける。いつも通り、しっかりやらないと。俺はいつものように朝ごはんの準備に向かった。

丁度準備が終わった頃に咲子は一期一振と現れた。2人で肩を並べて、楽しそうに話している。すると、咲子と目があった。


「おはよう、清光」

「おはよう。今日も早かったんだね」

「最近よく目が覚めるんだ。清光が毎日起こしてくれたからかな」

「よかったよ。咲子の寝起きは悪すぎて大変だったから」


そんなの嘘だ。


「ごめんごめん。もう起こしてもらわなくても大丈夫かも!ありがとね」

「それならよかった」


嫌だ。2人の大切な時間だったのに。


「あ」

「何?」

「綺麗だね、それ」


咲子は俺の指を見てそう言った。昨日塗り直した、爪。色も少しだけ濃い赤にして。


「…なんですぐ気づくかな」

「清光のことなら何でもわかるよ。さ、ご飯ご飯」


咲子はさらりと、俺に嬉しい言葉をくれる。必死に頬を引き締めて、ご飯を食べ始めた。

ご飯を終えたら今日も出陣。歴史修正主義者達は俺達に休む暇を与えてはくれない。そして、今日の隊列を見て驚いた。


「副…隊長…」

「何でも、今日は一期一振くんが隊長らしいよ。これから任せて行きたいんだって」


燭台切がそう教えてくれた。


「…そう。俺がしっかり鍛えてやらないとね」


笑顔を、貼り付けて。心の中の汚いものを見せないように。綺麗に、魅せて。


「よろしくお願い致します」


爽やかに笑う彼に、俺はただ笑顔を返すしか出来なかった。


そして、出陣。今日はいつも巡回している時代。いつも通り順調に進んで来たが、突然何かに囲まれた。それは検非違使だった。最近、歴史修正主義者達も刀剣達も討伐するために動いているという組織。もちろん応戦するが、こちらと向こうのレベルが違いすぎた。1軍はともかく、新しく入った一期一振と、彼を庇う俺は無傷では済まなかった。何とか戦いを終えて、本丸へと戻る。


「おかえりー…って、どうしたの…!?」


石切丸に抱えられた一期一振を見て咲子は目を見開いた。咲子はたまたま報告書を書くとかで、一緒に出陣はしていなかった。他の皆も装備が壊れたり、軽傷とまではいかない怪我をしていた。


「最近噂になっている検非違使と遭遇してしまってね。加州くんが頑張ってくれたのだが…」

「もう…ここまで来てたんだ…。私が把握してなかったから…。ごめんね、一期一振」


石切丸が咲子に説明をしてくれている。本当なら隊長…いや、隊長が怪我をしているから俺の役目なのに。咲子は話を聞きながら一期一振の様子を見ている。


「とりあえず、一期一振と石切丸は手入れ部屋に。他の皆は私の部屋に」


石切丸は一期一振を運んで行く。燭台切も、鶴丸も安定も咲子の部屋へと向かう。…でも俺は。


「…清光」

「…何」

「無理しないで」

「……どうして」


咲子の顔を見たら素直に言葉が出て来なくて。本当は一期一振のことを自分で手当てしたいはずなのに。他の刀剣達なんて、かすり傷なのに。


「どうして…って、心配だから。皆が怪我するような戦いなら、して欲しくない」

「皆、じゃないでしょ」

「どういう、こと」

「…本当は一期一振のことが心配でしょうがないくせに」


咲子の表情が変わる。ほら、ね。


「そっち行きなよ。中傷の俺より重傷の一期一振、でしょ」

「…清光は、わかってない。何もわかってない」


咲子が声を荒げた。怒っているようにも、泣いているようにも見える。


「私は…誰が一番とか、そんな順位なんてない。皆…大切な人だよ」

「…じゃあ、俺がわざと検非違使がいるところに誘った…って言ったら?」

「…っ…!」

「最初から咲子の近侍としてずっと一緒に出陣して来た俺と、昨日今日仲間になった一期一振がいる部隊と検非違使が衝突したら…どうなると思う?」

「そんなの…嘘、でしょ。こんな時に冗談なんて、やめて。早く…怪我を治さないと…!」


咲子が俺の腕を取り、引っ張る。弱々しい力で必死に連れて行こうとしてくれている。


「…もう、いいよ」

「なに…なんで、笑ってるの…?」

「さよなら、咲子」

「清光…っ…待って…!」


俺は咲子の腕を振り払って走った。どこへ、なんてわからない。もうなにもわからない。つまづいて、転んで、倒れて。それでも走った。見えないくらい遠くに行きたかった。どのくらい走ったかわからなくなった頃、見覚えのある場所へと辿り着いた。ふらふらになりながら、そこを歩く。たくさんの花が咲いていて、綺麗な蝶が飛んでいる。ここは…咲子と一緒によく来た場所だった。力が出なくて、膝から倒れるようにその場に座り込む。上を見上げると木の隙間から日が差し込んでいて、とても暖かかった。


「懐かしい…な…」


あの頃は咲子も新米審神者で、俺も人の姿になったばかりで。何もわからないまま、ただ敵を倒して行く日々だった。…でも2人ともそんな生活に耐えきれなくなってきて、心が壊れそうな時にここを見つけたんだ。


「こんなに、咲くんだ」


あの頃よりも花がたくさん咲いていて、最期にはぴったりの場所だった。花を見て下を向くと、ぐしゃぐしゃになった髪とぼろぼろの服と、真っ赤な血が見えた。


「…ぐっ…」


先ほどの戦闘でやられた傷。走っていたせいでふさがりかけていた傷は開いてきたようだ。服がどんどん赤黒く染まっていく。


「時間の問題、かな」


でもここで、大人しく待つわけにはいかなかった。…きっと、探しに来てくれるだろうから。そんな淡い期待を抱いてしまう自分が嫌で。もう、そんな自分とも別れよう。今まで主のためにと敵を倒して来た刀を、今度は自分に向けた。きらりと光る刃はとても綺麗で。


「清光…っ!」


悲鳴にも近い、声が聞こえた。どうして来ちゃうの。どうして…わかったの。最期はもっと綺麗な姿で会いたかったよ、咲子。自分に向けた刃をそのまま突き刺す。そして、抜く。綺麗な花が染まっていく、俺が大好きな赤に。





















今日も明日もわりにしよう

(君が隣にいない未来なんて)
(もういらない)




























あとがき

加州くんには切ないのが似合うなあと思います。中編5話くらいで書きたいくらい長くなってしまいました。中々書ききれない部分もあって展開が急でしたね…。
読んでいただきありがとうございました。

2015年03月21日 羽月



back