※人が死んでしまう暗いお話です。


































「ねーねー咲子」


自室で政府に提出する書類を書いていると、清光が爪をいじりながら話しかけてきた。お前は女子か。


「なあに、清光」

「ちょっといい?」

「今忙しいんだけど…」


この書類の提出は明日。1ヶ月ごとの成果が知りたいとか。この書類のせいで私はもちろん、刀剣たちも月末は本丸に引きこもることが定着しつつある。だが清光はそんなのお構いなしに私の部屋にずかずかと入ってくる。


「ちょっと清光…!」

「これ、さすがにぼろぼろすぎない?」


清光は私の背後に来て髪を触り始めた。何かと思えば私の髪にさしている簪(かんざし)が気になるようだった。さすがうちの女子力。


「これはいいの。ばば様にもらった大事なものなんだから」


これは、私が審神者として任命された時にばば様にいただいたもの。ばば様は審神者になる前に色々と教えてくれて、私を育ててくれた人だ。


「じゃあ新しいの買いに行こ」

「なんでそうなるの…」

「だって昨日も今日もずっと外出てないんだもん!飽きた!」


清光はそうして駄々をこねはじめた。めんどくさい。…でもまあ確かに昨日も遠征組だけ見送って、1部隊は本丸に残ってたからなあ。しょうがない。


「清光」

「なんだよー…」

「出かけるよ」

「え!?ほんとに!?」


機嫌が悪くなりかけてた清光の表情がぱっと明るくなる。この表情が見たくてこの子のわがままは聞いてしまうことがよくある。反省しよう。


「じゃあ咲子の髪の毛整えたげる」


そうして清光は勝手に私の髪をいじり始めた。もちろんばば様にもらった簪を使った髪型。こんなに女の子らしいことをしたのは初めてで少し嬉しくなったけど、それはとりあえず清光には黙っておいた。




















本丸の近くにある商店街へやって来た。ここには色々なものが揃っているし、私のような特別な力を持った人々も多い。本来、刀剣の姿は一般の人々には見えないが、こうして買い物に出かけたりする時には見えるように力を施している。


「まずは簪からね」

「なんで清光が仕切るの」

「咲子は買い物下手そう」

「なんだと!」


清光は慣れているのか、すいすいと歩いて行ってお店を見て回る。かわいい簪があるお店を見ては私に合わせて、似合わないと言って次のお店に行く。


「私に選択肢はないの」

「ない」


ばっさりと言われた。もうなんでもいいや。清光が簪を物色してる間に、かわいい小物入れを見つけた。…たまにはいいか。私はそれを1つ買ってお会計を済ませる。


「あ、何買ったの」

「秘密」

「何でだよ!」

「いいからいいから。それより簪選んでよ」


私がお店を出ると清光もそれに着いてくる。相変わらず見せてとか教えてとかうるさいけど。そのまま歩いていると商店街の終わりに着いてしまった。まだ見てないお店があるかもしれないから戻ろうか…、そう言いかけけど。


「清光、待って」

「何?…なるほど」


引き返そうとした瞬間、真っ黒な装束を着た人達に囲まれていた。顔は、見えない。


「何かご用ですか」


返事はない。周りには6人。逃げようと思えば逃げ切れるけど、他にも仲間がいるかもしれない。それに…もし戦闘になったら関係のない人々を巻き込んでしまうかもしれない。


「…お前達は審神者とその近侍だな」

「そーだけど。主に用があるなら俺を通してよね」


清光が答える。こういう時に名前を言わないからこの子は賢い。審神者って知ってるってことは政府関係者…?


「清光、下がって」

「でも、」

「いいから」

「…」


清光は大人しく私の後ろに下がる。話をして、なんとかこの場を収めよう。


「用があるならここではなく、別の場所で話しましょう」

「私たちの主が呼んでいる。来てもらおうか」


私の言うことは取り合ってもらえないようで、腕を思い切り掴まれる。力が強い。


「咲子!」

「大丈夫、だから」

「お前も一緒に来い」


どす、と鈍い音が聞こえた。背後で人が崩れ落ちる。私たちの背後にいた人が、清光を気絶させたようだ。


「清光っ…!何をする気なの」


私の腕を掴んでいる人物を睨みつける。表情を見ることは出来ないけれど、感じ取れるのは明らかな憎悪。この人たちは私を、私と刀剣たちを快く思っていないのは確かだった。


「大人しくしててもらおう」

「くっ…」


どうやら私も清光と同じで、身動きが取れなくさせたかったようで。意識が遠のいていく。…清光だけは、守らなきゃ。

























「…う…ん…」


頭がずきりと痛む。きっと気絶させられる時にやられたんだろう。私はひやりと冷たい床に寝かされていた。起き上がると、薄暗い牢屋のような場所にいることがわかった。人の気配はない。


「…清光…?」


清光は同じ牢の中にいたけれど、まだ起きていないようだった。手荒な方法で連れて来て、更に牢の中に入れられた…ということはこの先も扱いは同じはず。ここから逃げ出す方法を考えなきゃいけないけど、牢は厳重に閉められているし、窓なんてない。ましてこの建物の構造も知らないのに脱出なんて…不可能に近かった。


「そうだ…簪…!」


私はばば様にもらった簪のことを思い出した。自分の身に危険があった時は球飾りの中に入っている書を読め…ってばば様に言われていた。自分の髪から簪を抜き取る。清光に整えてもらった髪が崩れていく。


「…ごめん」


まだ眠っている清光に小さく謝る。簪の球飾りを取り、それを開ける。中には小さく折りたたまれた紙が入っていた。紙を広げて文書を読む。


「己の身に危険が生じ審神者の力を悪用される可能性があり、尚且つ脱出も不可能な場合、近侍の刀剣を以って自刃せよ……」


自刃…って、そんな…。私はその場に座り込んで、書を握りしめた。審神者の力は特別だ。物に宿っている思いを蘇らせ、実体化させ、戦うことも出来る。その力が…本来の目的でないことに利用されれば、世界の秩序が乱れることは明白だ。


「そっか…だから、どこかへ行く時は必ず近侍を連れて行け…って言ってたんだ」


眠っている清光の隣へ移動する。肌が真っ白で、綺麗な顔立ちで、整えられた身なり。この子に、また重い役目を負わせてしまうんだ。きっとあの人たちは、目が覚めた頃にここへ来て、私と清光を離れ離れにさせる気だろう。その前に…終わらせないと。


「清光、起きて」

「うっ……咲子……?」


清光は少し表情を歪める。どこか痛むのだろうか。


「起き上がれる…?怪我とか、してない?」

「まあ、大丈夫だよ。それより咲子は、大丈夫?怪我は、痛むところは?」

「ふふ…大丈夫だよ」

「なんで笑うんだよ」

「だってこんなに焦る清光見たことないんだもん」

「…うるさいなー」


清光は少し拗ねてしまったようだ。いつも通りの清光で安心した。私たちには…時間がない。目を閉じて、心を落ち着かせる。そして、清光の方を見る。


「咲子?これから…どうするの?」

「あのね、聞いて欲しいの」

「うん、なに?」

「私は…ここで死ぬ」


清光は目を見開いて、少し怒ったように返事をした。


「なに…言ってんの。冗談はやめてよ」

「冗談なんかじゃないの。ちゃんと…理由があるの」

「なんでだよ…死ぬ理由なんかないだろ!こんなの脱出して、家に帰ればいいだけじゃん!」


清光は自分の刀を地面に叩きつけた。私の両肩をつかんで、必死に訴えてくるその姿は…見ているのも辛くて。


「脱出は…無理だと思う。ここは牢屋だから、どこよりも厳重に作られているはず。それに私たち2人じゃ…仮に牢屋から出られたとしても突破出来ないと思う。さっき囲まれた時も…あの人たちが相当強い人だって、清光もわかったでしょう?」

「だからって…なんでここで死ななきゃいけないんだよ…なんでだよ、咲子」


私の目を見て、しっかり聞いてくれる清光。


「もしも…私が囚われて、この能力を悪用されてしまったら…世界が戦で満ちてしまうかもしれない。それに、清光はもちろん…他の皆にも迷惑がかかっちゃう。…だから、悪用される前に…」

「咲子は咲子しかいない…咲子がいなくなったら俺たちはどうなるんだよ…!」

「…また、新しい審神者が来るよ」


清光は黙ってしまった。でも、この決意は変えられないから…私は言葉を続ける。


「聞いて、清光。そのうち見張りがここに来るはず。それまでに全部終わらせて…清光の姿をしばらく見えなくするから。騒ぎに乗じて…逃げて。本丸に帰ったら、私の机の一番上に入ってる白い粉を飲めば、姿が見えるようになる。そしたら…皆に話して欲しい、新しい審神者が来ることを。出来るよね?」

「…出来ない」

「清光…お願い」

「全て終わらせたら………って、それを終わらせるのも…俺の役目なんでしょ…?」

「……うん」

「主を…咲子を斬るなんて出来るわけないじゃん…!」

「清光に、そう思ってもらえてるなんて嬉しいよ。…最期になるから、これ渡しとくね」


私は懐にしまっていた物を出す。先ほどのお店で買った小物入れ。買い物に付き合ってくれたお礼に渡そうと思ってたけど…。


「小物入れ…」

「好きそうだなーと思って。でも片付けは苦手みたいだから、これで整理しなよ」

「…馬鹿咲子」


清光は小物入れをぎゅっと握りしめて、下を向いた。体が震えているのは…見逃しとくよ。…だから、今の私の顔も見ないでほしいな。こんなにぐしゃぐしゃで、主失格かもしれない。


「…もう1個、お願いがあるの」

「……なん、だよ」


お互いの声が震えている。最期まで、ちゃんとした主でいたいから、ちゃんと言葉を伝える。


「…落ち着いたら、簪…買って欲しいの」

「わかった」

「桃色の簪がいいな」

「咲子に桃色は似合わないと思うけど」


お互いに、顔を見合わせて笑った。涙とか鼻水でぐしゃぐしゃで、とても可愛いなんて言える顔じゃなかったけど。それでもその約束が嬉しくて。……そして、少し外が騒がしくなったような気がした。もう、お別れだ。


「じゃあ…清光」

「………うん」


清光が刀を構える。ああ…また帰りたかったな。


「今までありがとう。清光、……大好き」

「俺も…大好きだよ…咲子」


最期は綺麗に笑えていたかな。清光は…ちゃんと生きていけるかな。私がいなくても…仲良しでやれるかな。皆が…清光が笑って生きててくれるなら…それが、私の幸せ。




















たぶん僕は明日の世界をせない
(最後に笑ったのは)
(いつだっただろうか)































あとがき

話題のテーマで書かせていただきました。審神者が囚われたら近侍の刀で自刃…という内容です。もし興味がございましたら「審神者 近侍 自刃」で検索してみることをお勧め致します。

2015年02月14日 羽月



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