※どうして空は蒼いのか のネタバレあり







ザシュッーーー


最後に現れた魔物にとどめを刺す。先日まで起きていた災厄の影響か、近くの村を襲って食料を奪っていた魔物達。ただでさえ物資が足りていない状況の中、困り果てていた村民からの依頼。シェロからその依頼を聞いた時、真っ先に駆けつけなくてはと思った。


「アイリスさんお疲れ様。怪我とかなかった?」


後ろから声をかけられて振り返る。一緒に依頼に来てもらったティナさん。こうしていつも周りに声をかけて、得意とする回復術で手当てをしてくれている。


「ありがとう、ティナさん。私は大丈夫」

「そっか、よかった。魔物も片付いたし、早めに戻ろうか?村の人たちにも知らせてあげたいしね」

「そうだね。私報告してくるから、ティナさんは皆と先にグランサイファーに戻ってて」


わかったと頷くティナさん。小走りで一緒に来ていた仲間達に声をかけて戻っていく。私も剣についていた血を振り払って、村の方へと足を進める。

村に戻って村長さんの家を訪ねる。ドアをノックすると勢いよく扉が開いて、思わず後ずさりをしてしまう。


「騎空士さん!」

「あ…村長さん」

「魔物の方は…!」

「はい、無事に討伐出来ました」


そう言うと焦りから安堵の表情に変わる。普段なら魔物に襲われることもなく、平穏に過ごしていた村だ。不安にもなるだろう。


「本当にありがとうございました」

「騎空士さんかっこいいー!」


村長さんが頭を下げている後ろから小さな男の子が出てくる。10にも満たないような小さな子。こらこらと顔を緩めながら嗜める様を見ると、お孫さんだろうか。


「可愛いですね」

「騒がしくてすみません」

「ねえ、騎空士さん!僕と握手して!僕も騎空士さんみたいに強い騎空士になりたいんだ!」


きらきらとした笑顔で手を伸ばしてくる男の子。私はそっと手を伸ばして軽く握る。男の子の手は思ったよりも強くて、ああ、こんなに小さくてもしっかり男の子なんだなと実感した。男の子は満足したのか、ありがとうと言って家の奥へと走って行った。


「本当にありがとうございました」

「また何かありましたらいつでも呼んでください」


小さくお辞儀をして村長さんの家を出る。グランサイファーに戻りながら、握られた手をもう片方の手で握る。何日経っても消えない、彼から握られた感触。背中を汗が伝うのがわかった。きっと久しぶりの依頼で疲れているんだろうと嫌なことを考えないように顔を横に振る。戻ったらまずは熱いお湯でシャワーでも浴びよう。

グランサイファーに戻ると、1番に飛び出して来たのはルリアだった。ルリアも前線で戦えるようになったとはいえ、今日は依頼には連れて行かなかった。


「アイリス!」

「ルリア、ただいま」

「大丈夫ですか!怪我はありませんか?」

「ティナさんが一緒だったから大丈夫だよ」

「そうですか…よかったあ…」


ほっとしたような顔を見せるルリア。頭を撫でると嬉しそうに笑う。すると後ろからルリアを呼ぶ声が聞こえる。どうやらカタリナと談笑しているところを飛び出して来たらしい。シャワーを浴びることを伝えると、その後に必ず部屋に来るようにと念を押して、ルリアはカタリナの元へ戻って行った。


「…心配、かけちゃったかな」


そんな独り言を呟いて、自室へと戻る。団長、という身分なだけあり、個室のシャワールームが付いている部屋を使わせてもらっている。タオルや着替えをシャワールームの前に用意し、その中へ入る。目を閉じて熱いお湯を頭から浴びれば、少しすっきりしたような気がする。ただ、目を開けて鏡を見れば自分の肩にはまだ治りきっていない黒い痣。その痣をなぞると少し痛む。向けられた明確な敵意。それを忘れろというには肉体的にも精神的にもまだ時間が必要だった。

シャワールームから出て、水が滴り落ちないようにタオルで拭く。部屋を汚すとまたドロシーに掃除してもらわないといけなくなる。体を締め付けないゆるりとした部屋着を着てベッドに横になる。

なんだか、ひどく疲れた。今までたくさんの島を訪れ、様々な危機にも立ち向かってきた。鍛えて、強くなって、星の島を目指すことに何の揺らぎも感じていなかった。それがあの日、明確な敵意を向けられ、岬から突き落とされたあの日。前に進むことが、仲間と離れることが、死を感じることが、怖いと思ってしまった。あの小さな少年から差し出された手も、緑が豊かな地も、肩に残った痣も、全てあの日のことを思い出してしまう。彼の言葉が脳裏に浮かんできて、思い出したくなくて頭を抱えたその時。


コンコン


部屋に響くノックの音。ルリアが待ちきれなくて来てしまったのかと思ったが、外から聞こえてきた声はルリアのものより低いもので。入るぞ、と声をかけられて扉が動く。ああ、鍵をかけ忘れてしまっていたかと思った時にはもう遅くて。


「帰ってきてたのか」

「…はい」


目を合わせられなくて、目線を足元にやる。部屋に入ってきたパーシヴァルさんは、そう言って私に近づいてきた。なんだか痣が痛むような気がして、肩にそっと触れる。


「単刀直入に聞くが、今日の依頼に俺を連れて行かなかったのは何故だ」


声を聞いた時から、嫌な予感はしていた。今日は緑豊かな村の周りの魔物の討伐。もちろん有利な属性は、炎。炎帝と呼ばれるパーシヴァルさんを連れて行かない理由はない。ましていつも炎を有利とする依頼の時にはいつも同行してもらってたのに、だ。


「…パーシヴァルさんも、お疲れかと思って」

「災厄の影響で魔物が凶暴化していたと聞いた」

「そう、ですね」

「それにも関わらず敢えて俺を抜いた5人で依頼に向かったのは何故だと聞いている」


少し怒りを含んだ声。わかってる。パーシヴァルさんは自分が行けなくて怒っているんじゃない。危険な状況なのに、一番戦力になり得るだろう人を置いていき、団員を危険な目に合わせる可能性を増やす選択をした、私のことを怒っている。


「…すみませんでした、以後気をつけます」

「それでは答えになっていない」


ため息をつく音が聞こえる。部屋に入ってから、パーシヴァルさんと目を合わせられていない。その理由は、いくつかあって。このまま話していても話が進まないだろうと思い、ルリアの部屋に行くことを伝えようかと思った時。顎を持ち上げられ、至近距離でパーシヴァルさんと見つめ合う形になる。思わず、息を呑んだ。


「…っ……」

「顔色が悪いが、どこか痛めたか」


顔に熱が集まるのを感じると同時に、背筋にぞくりと寒気を感じ、パーシヴァルさんの手首を掴んで離す。


「…いまは、1人にしてください」


そうじゃないと、傷付けてしまうかもしれない。貴方が、パーシヴァルさんが悪いわけではないのに、あの日の記憶が邪魔をして、パーシヴァルさんにその影を重ねてしまう。


「…生憎、言われたことを素直に受け止められる性格ではなくてな」

「な…っ…」


もう見放してくれるかな、そう思ったのに。パーシヴァルさんは私のことをそっと抱きしめた。思考が上手く働かない。どうして、私はパーシヴァルさんの腕の中にいるんだろう。どうして、私はこの腕をふりほどけないんだろう。どうして、パーシヴァルさんの鼓動は、こんなに早いの。


「今にも泣きそうなアイリスを放っていけるわけないだろう」

「…泣かない、ですよ」

「……そうか」


それから、パーシヴァルさんは一言も発しなかった。私の背中に回した腕は優しくて。自然と涙が溢れてきて、止まらなくて。必死に声を抑える。でもどうしても喉や肩は震えてしまって。恐らくパーシヴァルさんは気づいていただろう。

あの日、サンダルフォンに突き落とされてから、差し出される手と、男性が少しだけ怖くなってしまって。無意識に避けながら生活していた時に舞い込んできた依頼。パーシヴァルさんをパーティーから外すことが、私の小さな抵抗だった。


「…っ…パーシヴァル、さん」

「……何だ」


耳元で囁かれる声は、あの日のあの彼のものとは大きく違って、とても優しい声で。


「パーシヴァルさんは…私のこと、信じてくれたんですね」

「……大事な家臣、だからな」


その言葉がパーシヴァルさんらしくて、思わずくすりと笑ってしまう。離れようとするパーシヴァルさんの背中に、そっと手を回して目を閉じる。もう少しだけ、このままで。心の中でルリアに謝りながら、この温もりをずっと感じていたいと思った。







2017/03/07 羽月

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