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月の船

暗い夜道には気を付けたほうがいいよ。レイは夜に外を出歩く女の子に言った。多分家出少女かなにかなのだろうが、電燈が壊れている道なんて、危なくって仕方ないだろう。特に路地裏はやめておいてねと言うと、「はあ? なに、あんた」と言われてしまった。最近の子供は礼儀がなっていないと思う。レイがまったく、お馬鹿さんだねぇと言うと、女の子はいよいよ相手にしないで暗い道を歩いて行ってしまった。礼儀知らずでお馬鹿な子。本当に、殺されたって知らないよ。

「7匹目〜」と暢気な声が聞こえてきた。それと同時に、きらりと闇の中を光が走る。ざしゅっと、何かが斬れるような音がした。悲鳴を上げる隙も無い、なんともまあ完璧な。

「ベル、駄目だってば。これおそうじなんだから」

レイが咎めるように言って、女の子を拾い上げた。顔が綺麗にぱっくりと割れてしまっている。可哀想に、血がだらだらと流れて痛そうだ。ハンカチで顔を拭ってやりながらベルフェゴールを見ると、なんでもないように笑っていた。

「いいんだよ、世の餓鬼に知らしめてんの。夜に外に出ると碌な事ねーって」
「そっか。なら仕方ないね」

呆気なくレイは死体になった女の子をぽいっと捨てた。「お前は忠告してやったろ? なのに帰んねー奴のほうが悪い」「まったくだ。ベルはやっぱり賢いね」とレイは殺人を犯した男のほうを褒めた。死体が血だまりに落ちて、ばちゅんっと血がはじけ飛んだ。

「ベル。でも今日はまだ5匹しか駆除できてないよ」
「そうだなー。場所変えるか?」
「ここらに沢山でるって聞いたんだけど」

おそうじ、と彼らが形容しているのは殺し屋殺しのことだった。元々はレイが一人でやっていたものを、面白いのでベルフェゴールも着いて来るようになった。今では彼の方が率先してこれをやっており、レイのほうがくっついてきている形になっていた。

「あ、おい。見ろ、あれルーパのマークだ」
「人のシマはまずいんじゃないの?」
「バレなきゃいいだろ」
「ベルは本当に賢いなぁ」

レイは頭が足りなかった。ベルフェゴールを賢いと認識している彼女は、大概のことは「ベルは賢いなぁ」と言ってなんでも首を縦に振った。だからいたずらだって殺しだって、なんだって一緒に着いて来る。ベルがやるなら、きっといい事なんだろうなぁと今日も馬鹿は思っているに違いない。

ベルフェゴールにとって、彼女は同僚というより友人や妹に近かった。齢は彼よりも年上だが、頭が悪いので年下のように扱っている。最近ではようやく身長も彼女を越したので、いよいよベルフェゴールは彼女の兄になった気になっていた。

「汚いなぁ」

そう言って男を刺す彼女の脳みそは、だいぶ頭のネジが飛んでいた。XANXUSという自分たちのボスの言う事が絶対の彼女は、ボスがいなくなってからこうしておそうじという行動をするようになった。主人がいないことへのストレスからなのか、彼女がよく刺されているからなのかはよくわからない。

ルーパのファミリーに恨みがある者の犯行ということにするため、重点的に刺青の入ったところを刺した。男を雑に路地裏に捨てながら「そういやさぁ」とさもこれが当たり前の行動のように雑談を始めた。

「お前、こないだから変態に付け狙われてるだろ」
「変態? ああ、フォーのことか」

フォー・ブランケットというボンゴレの研究者がいる。そいつはレイの研究の担当をしていた。レイの体は少し特殊だから、ヴァリアー存続のときに交換材料としてレイの研究をすることが認められたのだ。つまりは、人質だ。

「別に、彼は私を刺したいだけだよ」

レイは、人より少しだけ死ににくい体をしていた。晴れの炎と雲の炎が、同じ血管を流れて混ざってしまっているのだ。その影響か、体の再生速度が人の10倍はある。ただ、当時はあまり炎の知識は出回っていなくて、レイは完全にバケモノの烙印を押されていた。

アンデッドボディなんて、きちんと名前の付いている症状ならよかった。ただ、そういった例は初めてのことらしく、フォーという研究者は酷く彼女に固執している。それが行き過ぎて、最近彼女に婚約を迫って来た。まだ子供だけど、多分、研究する時間をもっと多くとるために。

「うぜぇなら殺すか?」
「あれでもボンゴレを担う脳みそだから、駄目だよ」

「脳みそだけにすればいいじゃん」と当たり前のようにベルフェゴールが言った。レイは「ベル……」と彼の顔を見ながら訝し気に眉を寄せた。

「天才じゃん」
「だろ」
「同じことして殺そう。私、週に2回刺されてるから、えっと、全部で何回だ?」

ノリノリじゃねぇか。ベルフェゴールはレイのこういうところが気に入っていた。自分の殺しの流儀に全く反対してこないどころか、こうして「天才じゃん」と褒めてくる。非常に一緒にいて過ごしやすい相手だった。

「ベルは、賢いね」

ほとんど口癖のようになっていたそれは、ベルフェゴールの好きな言葉だった。








「お前、なにしてんの?」

ベルフェゴールが聞くと、ナイフを片手にレイが振り返った。

「おそうじ」

簡潔にそう言うと、またザクッと相手の息の根を止めるためにナイフを突き刺した。ベルフェゴールは「ふぅん」と言って少し首を傾げた。さらりと、彼の長い前髪が揺れた。

「おもしれぇの?」
「わりと」
「ふぅん……」

人の惨殺はしたことがある。自分の家である城を出る時、使用人ともども滅多刺しにした。だから、殺しが面白いと言う事はわかっていた。だけどこの女は、まるで笑うことなく人を殺していた。楽しくないのかと思ったが、わりと楽しんでいるらしい。

「お前さ、ボスの妹かなんか?」
「ちがうよ」
「じゃあ、なんでここにいんの?」

前々から、こいつの素性がよくわからなかった。ヴァリアーにスカウトされた時点である程度殺し屋の知識を持っていたベルフェゴールは、まるで知識のなかった一番同年代の女に興味を持っていた。そいつがまたも興味のある殺しをしているのだから、話しかけたくなるのは当然だった。

「XANXUSがいるから」

またもベルフェゴールは「ふぅん」と言った。レヴィみたいな変態野郎なのかな、と少しだけ期待外れだった。レイが振り返って、ベルフェゴールを見た。

「やる?」

こてん、と首を傾げられた。新しい得物を見つけたのか、暗い道を歩いている怪しい女を指差しながら。その仕草が、自分よりも子供みたいだと思った。背も高いけど、話し方も気が抜けてるし、こいつバカだな。そう判断したベルフェゴールは「やるけど、お前バカそうだから俺が先にやる」と偉そうに言った。その言葉に、レイは「うん」と言った。







レイはすごくバカだった。数学じゃなくて算数しかできないし、言葉だって3か国語しか話せなかった。適当に本を与えてみても、論文も書けやしない。とんでもないバカがヴァリアーに入隊していたもんだと幼いベルフェゴールは思った。

「お前、バカだから俺の言う事だけ聞いてろよ」
「ボスのは?」

ボスのはいいけど、他は駄目だ。そう説明すると、レイは素直にわかったと言った。生まれてこのかた下の兄弟の出来たことのなかったベルフェゴールは、でかい妹ができたみたいで気分が良かった。糞兄貴も、俺の弟になったら殺さないでやったのに。

レイにはたくさんの事を教えてやった。ワイヤーの貼り方やピッキングの仕方。口の中が溶けるほど辛い香辛料の調合。爆弾落とし穴接着剤、悪戯という悪戯を仕込んでやった。その度にそいつは言うのだ、「ベルは賢いね」と。

「つきのふね?」

ある時ベルフェゴールが教えてやったそれに、レイが食いついた。ベルフェゴールは「なんだ、お前そんなのも知らねぇの」と馬鹿にしながら説明してやった。

「満月の夜に欲しいもん頼むと、三日月になった晩に月の船でそれを持ってきてくれんだよ」
「誰が?」
「確か、月の精とかだったと思うけど」

月の船。自分の国では割と有名な話で、でも国違いのレイには珍しい話だったらしい。まあ、くだらねぇ昔話だけど。ベルフェゴールが付け足したというのに、そいつは目をキラキラとさせたままだった。

「それって、高いとこのほうがいいのかな?」
「さあ、知らね」

雑に返事をすると、レイはまたこう言った。ベルは賢いね。そう言われるたびに、ベルフェゴールはシシッと口元に笑みを作る。バカで可愛い俺の妹は今日もバカ丸出しで俺を褒めてくる。それが愉快で仕方なかった。だから、きっとあの時バカなこいつがどんなバカなことをするのか予想できなかった。天才で賢い彼でも、気付かなかったのだ。








レイが屋根から落ちた。当然そんなことであいつが死ぬことはないけれど、ヴァリアー邸の城は普通の建物よりよっぽど高く、衝撃も大きかった。体はぐちゃぐちゃで血が飛び散っていた。骨だって10本は折れていたと思う。目玉も飛び出ていた。ただ、そんな状態になっても体力と炎さえ残っていれば生きているそいつを、ベルフェゴールは初めて「気持ち悪い」と思った。

「お前、なんで屋根上ったわけ?」

手当てを施されたレイは病室から自室に戻って来た。治癒能力が高いとはいえ、戻ってくるまでに1ヵ月かかった。1ヵ月で治る怪我でもなかったけれど。

「……願い事してた」
「バカだろ、お前」
「バカだよ」

あっさりそいつは馬鹿であることを認めた。ヴァリアーにしては、レイは一番頭が悪いできそこないだった。俺が教えてやったというのに、まだ6か国語しか話せない。バカで頭の足りないまぬけ。ついでに、屋根から落ちたからドジも付け加えておく。

「なに頼んだんだよ」

ベルフェゴールが聞く。なんとなく、予想はついていた。だけど、確認しておきたかった。

「ボスを返してって言った」

案の定、そいつは予想と同じことを言っていた。クーデター以降、どこかにいなくなった自分たちのボス。多分、どこかに幽閉でもされているんだろう。スクアーロが一番最後まで一緒にいたはずだけど、「知らねぇ」と言われればそれ以上聞き出すことは出来なかった。

「月の精、来るかな」

まだそんなことを言うそいつの腕をナイフで刺した。レイは小さく悲鳴を上げて、「痛いよ」と言った。

「痛いよ。ベル」
「それ、あの変態にも言ったのかよ」
「変態? ああ、フォーか。なんか、やけに私に構ってくるよねあの人」
「ちゃんと痛いって言ったか」
「言ったよ。でも、やめてくれない」

ナイフをそいつの腕に突き刺したまま会話を続ける。バカだから痛みにも鈍いのかと思ったが、存外きちんと痛覚は仕事をしているらしい。腕を血が伝って、ベルフェゴールの足に落ちた。子供のくせに高くいい物を履いているベルフェゴールの靴が血に滲んだ。

「痛いのに、落ちたのかよ」

ベルフェゴールの言葉に、レイは「そういや、落ちてからはあまり痛くなかったかも。なんでだろ」と言って首を傾げていた。そりゃ麻痺したんだろ。苛つきを吐き出すように言うと、レイはああ!と顔を明るくさせた。

「なるほど。ベルは賢いなぁ」

言われ慣れた言葉を、初めて鬱陶しく感じた。こいつの体を気持ち悪いと思ったからかもしれないし、自分の発言のせいでこうなったと自覚していたからかもしれない。生まれて初めて出来た妹を、生まれて初めて心配したからかもしれない。

やっぱりこいつの頭はおかしい。バカなだけじゃなくて脳みその半分がボスのことで埋まっている。もしかしたら半分どころじゃなくて、全部。バカで小さいこいつの脳みそには兄である自分の容量など、初めからなかったのかもしれない。そう思うと、酷く腹立たしかった。

「お前、バカだから俺の後ろ離れんなよ。死なねぇからだで死ぬとか、すげぇバカだから」

相変わらずバカバカ言うベルフェゴールの言葉に、レイは「そうだね」と言ってバカみたいに笑っていた。それから、「ベルは賢いから、多分死なないね」とも言った。ナイフを抜いてやると、ぷくりと血が盛り上がって、耐え切れなかった血がとろりと落ちていく。少し経つと、塞がり始めて血が止まった。それを見ていたレイの顔は、ベルフェゴールが見たことのある子供の中で一番死んだ顔をしていた。








暗殺者の朝は遅い。日によっては早く起きる時もあるが、彼らは仕事時間がもっぱら夜のことの方が多く、午後11時にベルフェゴールはまだ夢の中にいた。職業柄眠りの浅い彼は、部屋の扉を開ける音にだって目を覚ます。開いた上にこちらに近付いて来る足音なんて、起きないわけが無かった。

「お目覚めの時間ですよ王子」

聞きなれた女の声に身じろぎする。寝ている時だって鉄壁の金髪の前髪からバカの姿を見た。任務のときだけは遅刻をしないこいつは、毎回自分とペアのときにはこうして起こしに来ていた。

「王子、今日は任務ですよ。一緒にマフィア殺しにいこ」
「…………うるさ……お前一人で行って来いよ……」

一度起きたから眠れはしないけれど、ベッドから出たくは無かった。だけどそれも慣れ切っているそいつからしたらいつものことみたいで、「王子ー任務いこー」とぐいぐいベルフェゴールを手を引いてきた。やっぱ、こいつ子供みたい。

「お前が足引っ張んねぇなら行ってやるよ」
「頑張るよー」
「頑張ったところで落ちこぼれだろうがバーカ」

ベッドから起き上がって頭をげし、と蹴る。レイは蹴られても「ベルって足臭くないね。さすが王子だ」と暢気な感想を言っていた。臭くてたまるか、バカか。

「今日ってどこだよ」
「ルーパで厄介事があったから、始末してこいってさ」

ルーパ? と少し思い出す。先ほど見ていた夢に、出てきたような気がする。あんな弱っちいのが組員だから、ボンゴレとしても潰して問題ないんだろうな。あんな死んだ雑魚まで覚えてやってる俺って、マジ優しい。

「お前、もう落ちんなよ。きもいんだからなあれ」
「何か知らないけど、いきなりきもいは無いんじゃないの?」

夢で見たことを思い出して言えば、何の話?とレイがこてんと首を傾げた。その姿が初めて話したときと被って見えて、なんだか懐かしかった。「お前縮んだなぁ」と言いながら雑に頭を撫でてやると、「ベルが大きくなったんだよ」とまぬけな妹が言っていた。

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