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暗躍のキッシュ

◆◆◆◆


「少しお時間よろしいですか」初めて話す男に、レイドは廊下でそう呼び止められた。服装が使用人ではない。ジェルマの科学班か。「はい、もちろん」人の良い笑みを浮かべて、男に促されるままに部屋に通された。

城の中の一室なので、当然のように豪華な部屋だ。その部屋にある豪華な椅子に座ったレイドに、茶が出される。飲まなければ失礼になるので、一口いただいた。

「クロックさんのことはうかがっております。非常に優秀な方だと」
「そんな。周りに恵まれているだけですよ」

のんびりとした態度で続けられる世間話。こんなことが目的でない事くらい、レイドだってわかっている。使用人ならともかく、科学班がわざわざ呼び出すとなれば科学関係のこと___つまりはサンジに関する話だというくらい、当然。

「……ところで、クロックさんに一つお尋ねしたいことがあるのですが」

ほら見ろ。心の中で嫌そうに吐き捨てる自分を押さえつつ、「なんでしょうか」とあくまで微笑んで応対した。まあ、私個人が気になる程度なので嫌ならお答えなさらずとも結構なのですが。そんな前置きをして、男が質問をした。

「サンジ様に関して、あなたが感じることを教えてほしいのです」
「感じること、ですか」
「なんでもよろしいのです。何が得意、不得意だとか、なんでも。たとえばそう、」

____感情を感じる、とか。研究者の言葉の意味を読み取ったレイドが気付いた。勘づいている、この男は。一番身近なレイドに聞いて、確かめようとしている。サンジが、本当は感情があるのではないかということに。

「なにか、おかしいと感じることを教えてください」
「何もございません」

にっこりと笑った。サンジ様は優秀で、賢く、強い方です。レイドの言葉に、男がしばらくレイドをじっと見て、「……そうですか」と小さく言った。「何にも気付けず申し訳ありません」と謝ると、「いやいや、」と研究者が笑った。

「クロックさんがそうおっしゃるのなら、こちらの勘違いかもしれません。お手数おかけし、こちらこそ申し訳ありませんでした」

仕事がありますので、と部屋を退室する。豪華な部屋の分厚い扉が重く閉まる音を聞いてから、歩き出した。それから、先ほどの男の言葉を思い出す。

おかしい≠ニ言ったか、あいつ。はん、とこの城内でのクロック・レイドに似合わない笑い方をしてしまった。感情があるのが、おかしい≠ゥ。鼻で笑って、サンジの部屋へと向かった。






部屋に戻ると、すでにサンジが部屋にいた。「遅れて申し訳ありません」と言うと、「ううん」とソファに座ったまま返事が返される。その声がどうにも暗く、おや、とレイドが近付いた。

「体調でも悪いのですか?」
「……ううん。大丈夫」

どうも大丈夫に見えないその態度に、失礼ながら無許可でレイドが隣に腰かける。「なにかありましたか」レイドの言葉に、サンジは答えない。先ほどの科目はなんだったか。ええと、確か……ああ、体力測定。それで。頭の中でレイドが納得する。

体力測定は、サンジが最も好きじゃないカリキュラムの一つだった。他の好きじゃないのは、6つから始まった大人も交えた模擬戦闘訓練。優しい彼にはどうも戦うこと自体が苦手なようだ。ではなぜ戦わない体力測定が嫌いなのかといえば、兄弟たちの中で、どの競技でも毎回最下位を取ってしまうらしい。

今のところ彼だけが能力の伸びがよくないらしく、周りもどういうことだろうかと首を捻っていた。だが、研究者は強化した体ゆえ、彼らは一足早く第二次成長期に突入しているのだと言った。だから成長にばらつきがあっても、そこまで疑問視しなくてよいというのが研究者たちの意見だ。先ほどの奴のように、個人的に気になると言い出す者もいるが。

レイドからすれば、そんなに測定の成績を気にしなければならないのだろうかとも思う。苦手な者は、戦闘から外してあげてもいいんじゃないか。そうは思っても、そこは力に固執する国民性。彼らには自国の筆頭である王族たちが戦わないということは考えにも浮かばないらしい。そもそも好きじゃない訓練に参加しているだけいいほうだと思う事はできないのだろうか。

「……僕って、どこかおかしいのかなぁ」

ぽつりとサンジが言ったそれに、レイドはすぐに「そんなわけないじゃないですか」と笑った。本当?と聞かれ、ええ、と頷く。不安そうなその顔は、何か言われたんだろうということが容易に想像がついた。できる兄弟たちからすれば、できないサンジはおかしく見えたのだろう。

「サンジ様がおかしいなんてこと、絶対ないですよ」

なにがあったって、貴方がおかしいなんてそんなこと。レイドの言葉に、サンジは疑問気な、それでもさっきよりは落ち着いた顔で、「うん」と頷いた。


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