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▼ 恋の病と名付けましょう

三輪が名前を発見する。そして顔をしかめているところを名前に発見され、「三輪くんなにしてるのかね」とにやにやと声をかけられる。

この流れはもはや数年に渡り行われている様式美というやつであり、三輪が後輩でありながらも名前に対して敬語でないのも塩対応であることも、もはや誰一人として疑問に思わない。名前自身が何も言わないので、周りも特に注意することはなかった。

そして例に違わず、今回も三輪は学校にて名前を見つけて顔をしかめた。学年で教室の階数は違うが、移動教室の時は別である。隣にいた米屋も彼女を見つけたのか「あ、先輩だ」と小さく呟いた。名前が友人と話しながら、ふとこちらを見る。

「……お?」

しかし、今回は。なぜだかこちらを見たように見えた名前は三輪に構って来ることはなかった。少し離れていたというのもあったかもしれないが、大体彼女は三輪を見つけると絡みに来る。珍しいな、と米屋はちゅーっと紙パックに入ったジュースを飲んだ。





珍しいことがあってから翌日。土日ということもあり隊員たちは昼間から本部にいる者が多かった。三輪も模擬訓練を行いたかったので、早めから本部に来ていた。

作戦室に向かっていた三輪は、うわ、とまた顔をしかめた。前方から、また奴が向かってきているではないか。回り道をするのはなんだか負けた気がするのでしたくはないが、これでは確実に捕まってしまう。

声をかけられたら1分でまこうと決めながら近付いて来る彼女を見る。ゆらりゆらりと歩く姿に、なんだ?ふざけているのか?と疑問を思いながら待ち構える。ゆっくり近づいてきた名前をきっ!と睨む。だがしかし、あろうことか、彼女はそのまま自分の目の前をゆらりゆらりと通り過ぎていくではないか。

な、んだと。何故だか自分が彼女から話しかけられるのを待っていたように感じてとても恥ずかしくなった。そして何故か敗北感まである。悔しい。

そういえば昨日も、彼女は声をかけてこなかったなと思い出し、少し不審に感じる。今まで忙しくなければほとんどと言っていいくらい絡んできたというのになぜ……そこまで考えが至って、三輪ははっとした。

「おい、待て」声をかけると、名前は「……あ、あれ、三輪くん?」と驚いた表情を浮かべた。

まさかと思い近付いてみる。そう考えれば先ほどの変な千鳥足も納得がいく。名前は「三輪くんどうしたのー?」と話しかけられたので嬉しそうだ。

「……あんた、体調悪いだろ」

三輪の一言に名前は首を傾げてから、はっとした表情を浮かべた。

「よくわかったねぇ三輪くん。さっき作戦室行ったら私のお菓子が食べられてて心に多大な傷を負ったのよ」
「茶化すな。昨日からの話だ」

昨日、こいつは自分に話しかけてこなかったんじゃない。気付かなかったのだ。具合が悪かったのなら、それも頷けた。

「まさか。私ここ5年くらい風邪なんて引いたことないんだから」
「風邪なんだな」
「あ。……いやいや違うってば」
「今“あ”って言っただろ。部屋に戻れ」
「だーいじょぶだって」

「おい!」逃げるように走り出した名前を三輪が追いかける。普段ならすぐに振り切られてしまうところだった、が、現在の名前は病人。すぐにへなへなと廊下に座り込んでしまった。

「え……あれ?」
「……ほら見ろ」

呆れて見降ろす。よく見れば顔も赤いし声だっていつもより出ていない。こんな状態で、よく外を出回ろうと思ったものだ。

「とりあえず部屋に戻れ。そんな状態じゃ周りの迷惑だ」

ようやく観念したのか、不満げではあるが名前が頷いた。それから進行方向を部屋へと変えて立ち上がる。だが数歩歩いたところで、がくんっと膝が曲がった。「っ……おい、」「あ、ごめん」慌てて腕を掴む。おかしいなーと誤魔化すように名前が笑うが、腕を掴んでみてようやくそれがおかしくないことに気付いた。彼女の腕が、とても熱を持っていた。

「……もういい」と三輪が静かに言い、名前がへらりと「ごめんって」と謝った。

「部屋ちゃんと戻るからそんな睨まないでよ」
「俺が運ぶからもういい。歩くな」

言われた意味がわからなかったのか、名前がきょとんとして三輪を見る。「三輪くんが、運ぶ?私のために? はっ……なるほど夢か」などとぶつぶつ呟いているのを無視して、三輪が名前を抱えた。一気に視界がぐるっとしたので、名前は「うへいっ!?」と変な声をあげてしまった。

「……なんか宙を浮いてるなぁ。やっぱ夢かな」
「黙ってろ」

背中に背負うには運ばれる側の協力が必要なため、名前に有無を言わさない体制で運ぶ。足元と背中を支える体制で運ぶという、傍から見ればいわゆる「あれ」である。

「どうしよう三輪くん……動機がすごいし体が燃えるように熱い、これはまさか……恋?」
「間違いなく風邪だ薬飲んでさっさと寝ろ」

ぼーっとした顔でふざけだした名前には一切目もくれずスタスタと三輪は作戦室付近にある名前の部屋を目指した。歩きながら、人通りの少ない時間帯でよかったと三輪は心から思った。名前に手を貸してるなど、人に記憶されたくない。

「おい着いたぞ、開けろ」
「はい? あれこれ私の部屋……」

到着したので名前を降ろし部屋を開けさせる。部屋に入りながら、まだ夢だとでも思っているのか「いつの間に帰って来たんだろ?」と名前が首を傾げていた。

「悪いねぇ夢の中の三輪くんに運んでもらっちゃって」
「……まあ、もうそれでいい。それよりあんた、朝なにか食べたのか」

玄関前に立ったまま聞く。ふらふらしていたのは熱のせいかもしれないが、気分が優れず食事をしなかった可能性もある。そう考えていると、予想通りに「朝? 朝……朝なあ…ヨーグルト食べたかな……?」と名前が言った。

「うどん、食べれるな?」
「うどん? 好きだけど別にお腹空いてない……」

名前が言い終わる前に三輪がさっさとその場を後にした。名前は急にいなくなった三輪に驚いて一瞬固まったが、「夢の中の三輪くんったらせっかちさん」と納得して扉を閉めた。

3分くらい経って。インターホン代わりに設置しているベルが鳴り、名前は「はぁい」と気の抜けた返事をしながら扉を開けた。するとそこには、先ほどいなくなった三輪が立っており、これまた驚いた。

「え、あれ三輪くん……さっきも……ああ、現実の方の三輪くんかな?」

先ほどが夢でこれが現実なら問題ない、と名前が一人頷いているのに「なんでもいい」と三輪が面倒臭そうに言う。それから、ずかずかと部屋に押し入った。

「ゼリー類なら食べられるな。アイスは数種入れてるから好きなの食べろ。あと水分補給はちゃんとしろ」
「はあ」
「医務室に予約しておいたから後から連絡が来る。連絡が来たら診てもらえ」

がさがさ袋の中身を冷蔵庫に突っ込みながら言う三輪に、ああこれは夢の方の三輪くんだなと納得する。「なにからなにまで悪いね」と謝ると「別にいい」と言われた。冷たくされないなんて、100%夢の三輪くんだ。

「これは今食堂でもらってきた。食べろ」

ビニール袋から出されたのは、温かいうどん。割りばしとお茶のペットボトル付き。言いたいことを終えると、三輪は壁にもたれかかって腕を組んだ。

えっこれいま食べる感じ……?と名前は言われるままにうどんの前に座った状態で三輪とうどんを交互に見た。

「……あの、三輪くん」
「なんだ」
「そんな見られると食べづらいのですが」
「食べ終わるまで見張っているだけだ。さっさと食え」

ええー……。戸惑ったように少し渋ったあと、観念したのか名前がもそもそとうどんを食べ始めた。

ゆっくりとした食事に会話はない。くだらない冗談を言ってこないということは、やはりだいぶ具合が悪いのだろう。名前は食べながら、ちらりと壁に背を預けたままの三輪を見た。

「……今日の三輪くん優しいんだか怖いんだかわかんないなぁ…」
「あんたなら部屋を抜け出しかねないからな」
「そんなことしないよ」
「どうだろうな。トリオン体になれば体の不調は関係ないと模擬戦くらいしてそうだ」
「………………そんなことないよ」

何故だか返答までに時間のかかった名前に「今の間はなんだ」と三輪はそれみたことかと顔を顰めた。

「だいたい、立てなくなるまで体調を崩すくらいなら学校なんて行くな。周りにも迷惑だ」

三輪の正論に、「行きたかったんだもーん」と名前が口を突き出した。行きたかったって、別にそんな真面目な奴でもないだろうに。単に友人に会いたかっただけで体調を崩すなんて、そんなばかなことはない。三輪の表情から言いたいことがわかったのか、「これからは気を付けるよ」と名前がはははと笑った。

「……三輪くんに心配してもらえるなら、風邪もひいてみるもんだね」

独り言のように名前が言った。三輪は別に心配をしているわけでなく、たまたま自分しか世話を焼ける人間がいなかったからやっているだけだ。それを言うと、「三輪くんは優しいねぇ」と名前は嬉しそうにへへへと笑っていた。

普段もだいぶ子供っぽいが、このときは特に、三輪は年下を相手にしているような気分になった。名前が食事を終えたのを見届けると、自分の仕事は終わったと名前の部屋を後にした。

……病人に優しいもなにもないだろ。帰り道、心の中で思った。





週明けの月曜日。学校で、三輪は名前の姿を見つけた。まあ、さすがにもう元気そうだな。そう思っていると、向こうもこちらに気付いたのか「あー!」と笑顔で呼び止めてきた。げ、と三輪が後ずさるが、米屋は「お、先輩」と立ち止まった。

名前はにたーっと笑って三輪に「こないだはどうもありがとぉ」と鬱陶しい礼を言ってきた。

「こないだ?」
「そうなのー聞いて米屋くん。夢かと思ってたらさぁ、どうやら三輪くんにお世話されてたらしくてさぁ」

あの後、医務室で診察を受けたあと寝て起きた名前は、自分の部屋にうどんの容器やら数種類のアイスがあることから三輪が本当にいたことに気付いた。てっきり自分の夢かと思っていた出来事が本当だとわかり、名前は「えっ……うっそお!?」とひとり部屋で叫んだ。

「……巻き込まれただけだ。誰だってああする」
「うんうんそうだねぇ。三輪くんは優しいからねぇ」

そっけない三輪の態度を気にすることなく名前が笑う。米屋は「へー」と意外そうにした。確かに真面目な三輪なら病人を放っておくということはしないだろうが、相手は毛嫌いしている名前である。米屋はあらためて真面目な奴は大変だなぁと思った。

「あ、そうだ。しかもその日ね、なんと三輪くんにお姫」
「あれは……っ」

名前の言葉を、三輪が食い気味に遮った。「あんたが自力で歩けなかったからだろうが」変な言い方するな、と付け加えると、名前はぱちくりとまばたきをしていることに気付いた。

「……さま抱っこされる夢を見たんだよ、って、話だったんだけど……」

え?名前の発言に三輪も驚く。夢、だと?驚いている三輪を見て、名前は「……えっ」と小さく言った。

「え、え!? もしかしてあれも夢じゃないの!?」

そう言った名前に、三輪は自分が完全に墓穴を掘ったことに気付いた。夢ということに、しておけばよかった……。名前が驚いた顔をしているのを見て、三輪が全力で後悔する。状況がよくわからなかった米屋が「うーん?」と一人つぶやいた。

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