ばったり、と言うのがふさわしい状況だった。
職員室に入ろうとした俺と出てきたみょうじ。なんてタイミングだと思っていると、向こうから声をかけてきた。
「今日、紅茶にしてね」
何がと言いかけて気付いた。ああ、今日の飲み物当番俺か。
一つ頷くとみょうじは更にこう言った。
「沖田のもね」
いや、そりゃ俺のも買うだろ。あ、俺のも紅茶にしろってことか。
頭の中の整理をするのにそう時間はかからなかったと思う。それでももう一度見えたみょうじは後姿だった。
そういえば、あいつに放課後以外で会うのって初めてだ。
みょうじの謎の言動の意味は放課後明らかになった。
俺がいつものように肩でドアを押して放送室に入ると(両手は飲み物で塞がっていて使えない)、机の上には手作りらしきクッキーの包みが広げられていたのだ。それを前にしてじっと椅子に座っているみょうじの様子になんとなく噴き出しそうになる。まるでお預けを食らわされた子犬みたいだ。
「それ、どうしたんでィ」
珍しくギターを抱えていないみょうじの前に紅茶の紙パックを置いてやる。ああ、なんかほんとに餌付けしてるみたいだな。クッキー持ってきたのはみょうじなんだけど。
俺が尋ねると、みょうじはちょっと気まずそうに口を開いた。
「今日、家庭科で調理実習あったから。作った」
ああ、通りで授業中に甘い匂いがすると思った。
俺は妙に授業中そわそわしていた銀八を思い出した。あのくそ教師、授業ぐらいまともにしろってんだ。
紙パックの片端を開いてストローをさす。みょうじの視線が俺の手を追っていることに気付いて、クッキーの方に手を伸ばした。
「食っていいか?」
「うん」
ちょっと慌てたようにみょうじもストローをさした。そのまま自分を落ち着かせるように紅茶を飲み始めた姿はいつもよりも小動物っぽい。俺はみょうじの反応を伺いながらクッキーを一つ取った。丸ごと口に放り込むとほのかな甘味が広がった。噛むとさくりとした食感がある。
「うまい」
「…そっか」
みょうじの小さな手がクッキーをつまんだ。俺も二個目に手を伸ばす。ぱくり、さくさく。無言で食べるみょうじの頬がほんの少し赤い気がした。
ああ、こいつ照れてんのかな。
「よ、元気か二人とも」
ちょっと苛めてやろうとしたら、銀八が丁度来たので機会を逃してしまった。
こいつ、絶対クッキー狙いで来たろ。
気付けよ
なんとなく嬉しくなりました