『放送室』と書かれたネームプレートが手のひらの中で揺れている。今回は敢えて鍵を挿してみることはしなかった。予想通りドアはすんなり開いて、俺は現在目を真ん丸くさせたみょうじと対面している。閉じたままのギターケースにかけられた手が、意外に小さいことに気付いた。
「何でいるの」
顔に書かれたままのことをみょうじが言った。余程驚いているのか声に感情が無い。そういえば何で俺は来たんだっけ。とっさに思いついたことを口にしていた。
「今日歌ってたやつ、何て言うんですかィ?」
「は?」
「曲名、でさァ」
唇がやけに渇いた。人の反応を恐れる自分が珍しすぎて気色悪い。みょうじの丸い目がふいに細められた。
「変なやつ」
ふふふっ、と笑い声が空気を震わせる。俺は自分の肩から強張りが溶けていくのを感じた。つられて笑い出した俺の顔はどんなに情けないものになっているだろう。みょうじの指がギターケースの蓋を押し上げた。
「『くらげ』。ちなみに昨日あんたがリクエストしたのは『星の唄』」
『くらげ』『星の唄』。頭の中で繰り返しながら俺は取り出されたギターに見惚れていた。昼下がりの光をあびる木の板が海に見えた。ぽっかり白いくらげが浮いている。
「もういい?」
みょうじの声でハッと我に返った。聞かれたことがとっさに理解できなくて、苦し紛れの呻きがこぼれる。やっとの思いで肯いた俺にみょうじはまた少し笑った。
「ドア、閉めてね」
夏らしい半袖のセーラー服が背中を向ける。自分で閉めかけたドアを引き止めて、俺は声をかけた。
「放課後は、いつもいんのか?」
ちょっと不思議そうな顔でみょうじが振り返る。ギターを抱えたまま、黒い髪を揺らしてひとつ肯いた。
「うん、いる」
そっか。俺は呟くように言って今度こそドアを閉めた。あ、やべ、鍵返し忘れた。今更戻るのも気が引けてもう一度ポケットに突っ込む。まあいいや。また今度で。歩き出した足は妙に弾んでいた。
気持ち悪ィ
浮かれているかも知れません。