これからどうしたものか、というのが最初に思ったことだった。意外に俺は冷静だったらしい。
とにかくこのずぶ濡れの体をどうにかしないとと考えて、俺は自分の家に行くことを提案した。みょうじの家は電車じゃないと行けないが、俺の家はここから徒歩5分だ。

歩くたびに、靴の中に水分が溜まってジャボジャボ言う音がする。俺は最早濡れるのもお構い無しにみょうじと俺の分の鞄を担ぎ直した。本当はギターの方を持ってやろうとしたのだけれど、みょうじは頑としてそれを許さなかったのだ。
そんな訳で、みょうじはギターケースを抱えて俺の後ろからとことこ付いて来ている。

「なあ、みょうじ」

俺は沈黙を破るようにして呼びかけた。
別に気詰まりだった訳じゃなくて、たんにみょうじの声を聞きたかっただけだ。
なに、と幽かに返事が返ってくる。

「あんた、結構足速いな。何かやってたんですかィ?」

「球技とかはダメだけど、体使うのは得意。柔道とか、ダンスとか」

「……ああ、体育でやるやつか」

全く系統の違う二つに一瞬戸惑った。
体育祭はリレーとか出るのかと聞くと、嫌、と簡潔な答えが返ってきた。
勝つ自信はあるけど出たくないと言うことだろうか。

「リレーは、放送の方で実況したいから。沖田は?」

聞き返されて妙に動揺してしまった。久々に名前を呼ばれた気がする。いや、呼ばれたのは名字なのだけれど。
さあねィ、と返事を濁して足を思い切り前に蹴り出す。僅かに水滴が飛んでいった。

「この間の放送、どうしたの?」

「え」

「あたしの歌、流れてた」

「ああ…」

呟くと同時に、よかった、と思った。
あの放送が聞こえていたなら、歌っていた自分を気に留めてくれたなら。
何より、それに怒ってくれたなら。

「銀八が持ってきたんでさァ。こっそり録音してたらしいぜ」

「そう」

やっぱりか、という調子でみょうじが言った。何となく機嫌が悪いのが嫌でも分かる。
その理由は二つに一つだ。俺は、賭けに出た。

「みょうじ。お前、歌いたいんだろ?」

振り返って見たみょうじは、盾にするようにしてギターを抱えていた。俺はその場で立ち止まる。みょうじも、歩いていた時と同じ間隔を空けて立ち止まった。

「自分の歌が聞こえてるのに、それを歌ってるのが自分じゃなくて嫌だったんだろ。本当は今すぐにでも歌いたくて仕方ねえんだ」

そうだろ? 俺はまくし立てるようにそう言った。
半ば祈るような気持ちだった。みょうじがうん、とさえ言ってくれればそれでよかった。
それなのに、返ってきたのは泣きそうな声だった。

「だって、仕方ないじゃん」

みょうじの喉が、ヒュッと音を立てた。

「前はこうやって歩いてるだけでも、足音とか、風の音とか、全部音楽に聞こえたんだよ。風景だって、一つ一つが歌詞のフレーズになるの。あたしは、あたしが見たり聞いたりするもの全てを取り込んで歌にしてた。でも、今は何も入ってこないんだもん」

ギターにすがるようにしてみょうじは叫んだ。
小さな手が必死にギターケースを抱えている。

「息は吸わなきゃ、吐けないよ」

「……悪ィ」

行こうぜ、と俺は言った。
うん、とみょうじが言った。

俺の声は、震えないでくれただろうか。


ダメじゃねえか
先生、僕はどうしたらいいですか?
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