うちの学校には「天使の日」とかいうものがある。
毎週水曜日の昼休みには決まって同じ歌い手の曲が流れるのだ。しかしその歌を誰も知らない。タイトルどころか、歌い手の名前さえ分からない。女のようだけどそれにしては低い声が、軽やかなアコースティクギターの音に妙にあっていた。
その歌は騒がしい学校生活をおくる生徒達の耳に馴染み、いつしかみんなそれを聞くのが楽しみになっていた。そして誰かがささやきだしたのだ。
「あの歌は天使が歌っているんだ」と。

「あ、沖田くん丁度いいところに」

「…何ですかィ」

気だるそうな声に嫌々振り返れば、予想通りに死んだ魚のような目とかち合った。坂田銀八、相変わらず教師とは思えないような奴だ。そいつがこれまた気だるそうにマイクやら何やらが入ったカゴを俺の前につき出した。

「これ、ちょっくら放送室に持ってっといてくんない? 机に置いといてくれればいいからさ」

これ鍵ね、と言われて思わず手を出してしまった自分が恨めしい。俺は手の中に残った鍵とカゴを見た。銀八はとっくに姿を消している。まあいいか、どうせ通り道だし。意外に重いカゴを持ち直して、俺は放送室へ足を向けたのだった。

「あれ、鍵開いてら」

鍵を回してみると手応えがなかった。畜生、鍵返しに行く手間が増えちまった。軽く舌打ちしながらドアを開ける。瞬間、鼓膜を聞き覚えのある声が震わせた。囁くようなアルトの歌声、爽やかなギターの音色。電源の入っていないマイクに向かってギターをかき鳴らす女がいた。無言で机にカゴを置くと、その音で女が振り向いた。見る間にその目が見開かれて焦ったように椅子から立ち上がる。ガタリ、妙に無機質な音で椅子が倒れた。

「あんたが歌ってたのか」

肩まである黒髪が窓から差し込む陽に茶色く透けた。怯えるような威嚇するような顔で睨んでくる女の顔に、俺は見覚えがあった。

「風紀委員の、沖田…」

小さく呟いた声は歌う時より細い。その声を聞いたときに直感的に思った。俺は噂の天使に会っちまったみてえだ。


クソ教師め
なんて重い空気なんでしょう


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テーマ「人外ファンタジー」
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