みょうじが歌えなくなってから4日が経った。

土日を挟んだにも関わらず状況は改善されない。いつ放送室に来てもみょうじはいないし、元々教室が反対方向にある俺たちは廊下ですれ違うことすらなかった。
会いに行こうにも俺が風紀委員をやっているせいもあって目立ちすぎてしまう。

何も出来ずに1人で放送室に入り浸る日が続いた。

「やっぱいたか」

ノックも無しにドアが開く。
みょうじかと思いきやそこに居たのは俺の担任だった。待ち人ではなかったことに舌打ちして椅子に座りなおす。
いつの間に腰を浮かしてたんだ。
そんな俺の様子を見て、銀八が口の端だけで笑った。

「そうあからさまに嫌そうな顔しないでくれる? 傷つくわー」

「何の用ですかィ」

ぶっきらぼうに答えると銀八はポケットに突っ込んでいた右手を出した。眼鏡の横でカセットテープがひらひら揺れている。

「今日、『天使の日』だろ?」

そう言うと、銀八は機械の方へ歩み寄った。慣れた手つきでテープをセットするのを見て、そういえば放送委員会担当だったなと思い出す。銀八の指がいくつかボタンを押すと、放送室内についたスピーカーからみょうじの歌声が流れ出した。
いつだか聞いたことのある曲だ。みょうじの声が久々すぎて耳がくすぐったいような気がする。

「あいつが一番最初に放送した曲だよ。録音しといたのが役に立ったな」

あいつは怒るだろうけど。
銀八の声を俺はぼんやり聞いていた。みょうじの歌は聞こえてくるのにみょうじがいない。
風でカーテンが舞い上がった。影にあったギターケースが見え隠れする。うっすらと埃が積もっていた。

「あいつって、ピーターパンみたいだよな」

ぽつりと銀八が言った。曲は既に2番に入っている。

「しっかりしてると思ったら、ふわふわ空を飛んで。いつの間にかこっちも飛ばされてる」

歌って魔法でな、と銀八は笑った。
吐き出された煙がゆっくりと天井へ昇っていく。光に透けてキラキラする様が妖精の粉のようだった。

「俺は、ウェンディだと思いやす」

俺はぼんやりと有害な妖精の粉を見ながら言葉を探した。

「ピーターパンの存在を信じてるくせに、大人になることを選ぶ。現実を恐れて夢を見きれないあいつにそっくりでさァ」

「…なるほどな」

ギターの音が消えた。銀八がゆったりとした動作でカセットを取り出す。その背中を見ていたら、自分でも気付かないうちに言葉が飛び出していた。

「あいつ、もう歌えねえのかな」

ボタンを押していた銀八の手が止まった。カセットをポケットに突っ込んでこちらを振り向く。

「荒療治に、なるかもな」


何だっていい
これで終わるより余程ましです
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