その日の昼休み、俺は銀八に呼び出された。何の心当たりもなかった俺は面倒だとしか思ってなかった。その話を聞くまでは。

「聞こえなくなったんだと」

「は?」

唐突に切り出された話に俺はぽかんとした。
何だ成績のことじゃねえのか。呼び出される理由もねえけど。
第三者をさしての言葉だったものだから、俺は気楽に話の続きを待った。

「音楽が聞こえなくなったって、みょうじが」

「…は」

今何て言った?
そう思っても俺は聞き返さなかった。もう一度その言葉を求めるのは余りにも怖すぎた。みょうじが、何だって?
銀八が気だるそうに話し出した。くわえタバコが揺れているのを俺はぼんやりと見ていた。

「いつもは作曲が追いつかないぐらいに音楽が頭の中で鳴ってるのに、今朝起きたらぷっつり無くなってたんだと。詩のアイディアも、単純なリズムも、何もかも」

だから、とタバコが震えた。

「歌えないんだと」

歌えない。
その一言を復唱してみた。みょうじが歌えない。音の響きだけがぽとりと床に落ちた。実感が無さ過ぎて笑えてくる。
みょうじが歌えないって? 歌うのを生き甲斐にしてるような奴が?
想像ができなかった。そんなの飛べない蝶とか走れない馬みたいなもんだ。
みょうじから歌を取ったら、あいつは歩けない。

「何でそれを、俺に言うんですか」

「言うべきだと思ったからだよ。沖田くんは知りたくなかった?」

俺は首を横に振った。みょうじが歌えないなんて知りたくなかった。今だって思いたくも無い。でもあいつの歌に関して部外者ではいたくなかった。

「原因は?」

「わかんねえってよ、本人も。その様子じゃ、沖田くんも知らないみたいね」

知ってたら聞いたりしない。話はそんだけ、と軽く言った銀八に会釈して俺は後ろを向いた。
鈍い音が響く。

「…いきなり右ストレートは無いんじゃないの? 当たってたら退学もんだよコレ」

「あんたなら避けると思ってやしたから」

振り下ろした俺の拳が銀八の顔面でその手に吸い込まれている。
気に食わなかった。どうしてそれを最初に言ったのが銀八だったんだ。どうして俺に相談してくれなかったんだ。みょうじに憤りを感じても、やっぱり一番ムカつくのは目の前のこいつだった。
お互いの手を下ろした頃、銀八がぽつりと言った。

「原因がどこにあるかは自覚してんじゃねえの、あいつも」

相変わらず死んだ魚のようだったけれど、俺を射抜いたその視線は全てを見透かしているようだった。 


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