その日初めてみょうじを見たのは放送室ではなく我らが3Zの教室だった。
朝のHRが終わった直後、みょうじが息を切らせて駆け込んで来たのだ。

「坂田っ」

ガラリ、突然開かれた扉にクラス全員の視線が集中する。同じようにみょうじの方を向いた銀八の顔を俺は盗み見た。
呼ばれたのが自分の名前であったことに今更気付いたらしく、気の抜けた返事をしながらいつものサンダルの音を鳴らしてみょうじに歩み寄った。
珍しいこともあるもんだ。あの教師がくわえタバコ落としかけやがった。

「どうした?」

銀八の声を合図にクラスが動き出した。HRは終わったのだ。静かに座っている必要はない。
それでも俺は椅子から立ち上がることをせずに、みょうじの前に陣取った白衣の背中を睨みつけていた。僅かな隙間から見えた小さな手が忙しなく握ったり開かれたりしている。
触りたい、と反射的に思った。

「あー、そのことか。場所変えるぞ」

耳が勝手に拾ってしまった銀八の言葉に俺は立ち上がった。椅子の音は周りの声にかき消された。
白衣が廊下に消えた。みょうじの全身が見える。意外とスカートが短いことに俺は気付いた。みょうじは俺に気付いた。

「おきた」

微かな唇の動きだけでも、俺にはみょうじが何て言ったかちゃんと分かった。何度も何度も聞いた音だ。見た動きだ。
あの喉から溢れる声がどんなに心地いいものか俺は知っている。

「みょうじ」

そしてみょうじも知っているはずだった。俺が紡いだ音は何度も何度もその耳に届いていたんだから。
俺たちの声とギターの音が全てのあの部屋での時間は、間違いなく俺たちの間に何かをもたらしている。
こんな騒がしい部屋の中でもお互いの声を感じ取れるぐらいの何かを。

「みょうじっ」

それでもみょうじは俺から目を背けた。きゅっと眉根を寄せて困ったような怒ったような顔で、坂田の後を追って行ってしまった。廊下をこすれる上履きの音が妙に耳についた。
何でどうして。
疑問だけが洪水のように脳内を占める。俺はどうしようもなく腹立たしくなって椅子に勢いよく座った。口を開いたら叫び出しそうだったから歯を食いしばった。
昨日最後に見たみょうじの顔と今見た顔が左右それぞれの目に焼きついている。会いたくなかったのに、と言われた気分だった。
困惑した目が俺の頭の中で訴えかけてくる。

「沖田さん、大丈夫ですか?」

怖い顔してますよ、と山崎が言う。俺はゆっくりと首を横に振ることしか出来なかった。


わかんねえよ
一体何が悪いのでしょう?
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