また、ここで 3


「捺くん、本当にいいの?」

本当なら優斗さんも帰宅するはずだったのが、記憶障害がでたから今日だけ一日入院になった。
階段を落ちて頭を打ったせいで短期の記憶障害だろうって医師の話。
はっきりとした日数はわからないにしてもそう長くなく記憶は戻るだろうってことを実優ちゃんから伝え聞いた。

「うん。いーのいーの」
「でも」

松原に送ってもらってもうマンションの前。
実優ちゃんは車の中から眉を寄せて、外に立つ俺を見上げてる。

「いいんだって、実優ちゃん。だってさ、俺が恋人だって優斗さんに伝えたら絶対優斗さん思い出さなきゃって焦るだろうし、きっとすごく俺に気使っちゃうよ。いましんどいのは優斗さんなんだからあんまり無理させたくないんだ。それにお医者さんも一時的なものだって言ってたんだし、大丈夫」

医師との話を終えた実優ちゃんたちが病室に戻ってきたとき、実優ちゃんが俺のことを優斗さんに言おうとしたけど、俺はそれを止めた。
理由はいま言ったとおり、無理はさせたくない。

「でも……」
「実優。向井がいいって言ってるんだ、様子を見よう」

松原が諭すように実優ちゃんの頭を撫でた。

「ごめんね。心配してくれてありがとう、実優ちゃん。俺は大丈夫だからさ。ただひとつだけお願いがあるんだけど、いい?」

明日優斗さんが退院したあとは松原のマンションで過ごすことになってる。
優斗さんの記憶は大学生のものだし、仕事は行けないからとりあえず今週は有休をとるっていうことになった。

「なに?」
「あのね、明後日なんだけど―――」

無理はさせたくない、なーんて言うけど、だからって会わないでいるなんていうことはできそうにねーし。
お願い、と実優ちゃんに笑いかけると、実優ちゃんは「もちろんだよっ!」って涙目になりながら約束してくれた。

で―――翌々日、6月26日。


昨日は昨日で松原の家にお邪魔して四人で夕食をとった。
実優ちゃんの親友って説明はしたけど、連日会うこととなった俺に優斗さんは「本当に実優と仲良しなんだね」なんて言ってきて。
さりげなく実優ちゃんを介して俺も優斗さんと仲良くなったんだよ、って言えば、嬉しそうに笑ってくれたからホッとした。

「捺くん」

俺の大学の講義が終わってから家に車を取りに戻って優斗さんを迎えにきた。
向けられる笑顔はやっぱりどこか雰囲気が幼い。

「お待たせ。今日は付き合せてごめんね」

助手席に乗り込んでくる優斗さんに視線を向ければ優斗さんは緩く首を振って屈託なく笑う。

「いや。俺も誘ってもらって嬉しいよ。捺くんと出かけるの楽しそうだし」

―――優斗さんって前から思ってたけど天然タラシっぽいところあるよなぁ。
そう言ってもらえるのは嬉しいけど、他のやつに言っちゃだめだからねー。
なんて、心の中でこっそり呟きながら車を発進させた。

「どこへ行くの?」

優斗さんセレクトの洋楽をかける。
記憶をなくしていても、好みなんてそんなに変わらないだろうし大丈夫かな。

「うーん。遊園地行きたいんだけど、いい?」
「遊園地?」
「招待券持ってるんだ」

実は記憶をなくす前に、優斗さんが職場のひとから招待券をもらってきて、一緒に行こうって話してた。

「へぇ。でも俺でいいの?」
「うん?」
「彼女とか……」
「彼女なんていないよー」

彼氏ならいるけどね。ってのも心の中でこっそり呟いた。

「着くのは遅いしあんまり遊べないかもしれないけど行ってみよ。きっと楽しいよ」

こんなときに、かもしれない。
でも、家にいたからってどうなるってわけでもねーし。
記憶がなくなっていたって俺にとっては優斗さんにかわらないし。
だから、ね――って笑いかけると、優斗さんは嬉しそうに頷いてくれた。
それにホッとして俺たちは遊園地へと向かったのだった。


***

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