プロローグ


「今日ははろうぃんうぃんですからねぇ〜! お菓子くれないといたずらしちゃうぞー! つって、悪戯できる日なんですよお!」
 呂律の回ってない舌で酒気を帯びた息を吐き出しながらへらへらと笑っているのは佐川。
 ハロウィンである金曜の夜。今日は職場の歓迎会があって、そのあとは佐川に引っ張られて二軒目へ。二次会へ誘ってくれた同僚たちはいなくて、ふたりだけだ。
 というのも先日佐川が意中の相手に振られたばかりでやけ酒に付き合わされていた。
「……いたずらするひじゃないだろ」
 なんだそれ、とイマイチ回らない頭で呟いた。
 そもそもハロウィンっていうのは――と言いたいけど頭がぼうっとしてハロウィンってなんだっけってことに行きつく。
 やばい、かなり酔ってる。
 佐川と同様に酒気を帯びた息が吐き出されてるのはわかるけど匂いなんて麻痺してわかりもしない。
 ああ飲み過ぎた眠いしもう帰りたい。
 グラスにわずかに残っていた水割りを飲みほす。
「……佐川……俺もう帰……」
 横を見ると佐川はスマホをとりだして電話し始めた。
「とりっくおあとりーとおおおおお!!!」
 そして絶叫。次の瞬間スマホ越しに「うっせぇ、ボケ!!」という聞き覚えのある声がしてきた。
 この泥酔状態でなんで浅木さんにかけてるんだ。絶対説教コースになるのに。
 呆れと、やっぱり睡魔がひどくて俺はのろのろと立ち上がった。
 財布からお金をとりだして佐川の手元に置く。
「だから〜とりっくおあとりいいいいいとおおおおおおおおおお!」
 性懲りも無くまた叫んでる佐川に呆れのため息をつきながら、先帰るから、と告げ佐川が聞いているのかの確認もしないままふらふらと店を出た。
 夜も深まってきて寒さが増してたけど酒のせいで熱くなった身体には心地いいくらいだった。
 ふわふわした感覚にタクシー捕まえようとだけ考えて、
「トリックオアトリートー!」
 という声に周りを見た。
 気付かなかったけどハロウィンの仮装をしている人がかなり多い。
 佐川だけじゃなくてみんなハロウィンを楽しんでるなだな、ってぼんやりしながらタクシーを止めて乗り込んだ。
「どちらまで」
 運転手の声に口を開きかけ、酔いのまわりすぎた頭にトリックオアトリートが浮かんだ。
 そういえばいつお菓子はあげる側だった気がする。
 俺がトリックオアトリートって言ったらびっくりするかな。
 なんてことが過って、俺は自宅ではないところの住所を運転手に告げていた。
 走りだすタクシー。眠気を誘う振動に目を閉じながら口元が緩んだのだった。


*プロローグ終わり

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