クッキーとにー。


「ただいまー」
日付がかわる30分ほど前に家に帰りついた。
今日は金曜で給料日でってことでちょっとの残業のあと同僚と飲みに行ってまぁまぁ酔っての帰宅。
「にゃあ」
俺を出迎えてくれる鳴き声―――と、今日は人間の姿のにー。
いつ人間になってもいいように、とさすがににーを拾って一カ月俺のシャツを着せ続けるのもなってことでにーに洋服を買ってあげていた。
人間になれるくせに(耳や尻尾はあるけど)、外見だけ美少年って以外は猫と変わらず。
知能も同じらしくて、洋服を着せるっていうのを教え込むのに相当の時間がかかった。
結局シャツを自分で着れるようになるが精一杯で、パンツもろもろは無理。
で、にーにジャストサイズのシャツだと下半身が中途半端に見えてなんとも微妙。
それでせっかく買ったシャツもタンスにしまって今日もにーは俺のシャツを着てダボダボ状態だ。
「にゃーにゃー」
抱きついてくるにーを抱きとめて頭を撫でながらソファに座りこむ。
今日は仲のいい同僚だけで飲んでたから気分がいい。
鼻歌まじりににーのサラサラの髪に触れていたら、匂いを嗅ぐようににーが鼻を近づけてくる。
にゃあにゃあ言いながら首筋だの胸元だのくんくんくんくん。
―――いつもならにーの妙な色気にヤメロー!と悶々とするところだが今日の俺は違う!
酒が入ってるせいで気が大きくなったのか、にーにくんくんされようが、どんとこい! 嗅ぎたいならどんどん嗅げってくらいの勢いで手を広げてオープンっつーか眠い。
「にゃーにゃー」
ふーと意識が遠のきかけたところで俺の上半身に抱きつくようにしていたにーが足の上に寝転び、ガサゴソとなにかを漁るような音がしてきた。
重い瞼を上げてちらり見ればにーが俺の上品な控えめブルーグレーな紙袋からラッピングされた箱を取り出して小さな手で引っ掻くようにしている。
「なにしてんの、にー。これはこーやって開けるんだよ」
目を擦りながら手を伸ばしてにーが悪戦苦闘していたラッピングのリボンをほどき、包装をとく。
箱を開ければいろんな種類のクッキーの詰め合わせだった。
それを見て、そういや今日ホワイトデーだったなーと思いだす。
ちょっとお高そうなクッキーの詰め合わせは俺が渡しそびれた……とかじゃなく、何故か課長からもらったものだ。
……なんでもらったんだっけ?
食べ物の出現に目を輝かせるにーに袋を開けてクッキーを渡してやる。
俺の脚の上に跨るように座ったにーはぼろぼろとこぼしながらクッキーを頬張る。
美味しいのかあっというまに次へと手を伸ばすにーにクッキーをあげながら、やっぱりこれは課長が数間違えて買ったあまりなのかなーって気がした。
俺の上司である課長様はすっげー仕事できるけどクールですっげー怖くて。
エリート街道まっしぐらなんだけど、半年前に課長に昇進する前は同じチームで仕事してて……。
あー思い出すと酔いがさめかけそうで首振って忘れる。
とりあえずエリート上司さまは顔もかなりなイケメンで女子社員から人気のまとでバレンタインはたくさんもらって、ホワイトデーもたくさんで。だからきっとカウントミスしてしまったんだろう。
一つあまってたまたま目についた俺にくれたに違いない。
「にゃにゃぁ」
「……お前よく食うな?」
ぼりぼりとあっという間ににーはクッキーを食べていく。
腹減ってたのかな?
一応餌は用意していたけど、クッキーはもうすでに半分近く食い荒らされていた。
「にゃあにゃあ」
美味しい、とでも言っているのか無邪気な笑顔でぴょんぴょんと俺の脚の上で跳ねながら食べカスぼろぼろこぼしながらのにー。
「ほんとお前はかわいなぁ」
いつもならトイレに駆け込む俺も、やっぱり今日は大丈夫そうだ。
先手を打ってどんどんクッキーの袋を開けてやって俺は大きなあくびをした。
あー眠い。
でもまだスーツのままだしこのままソファで寝ると皺になるよな。
でも眠い。
睡魔に勝てずうとうととしていた俺は―――どれくらいの時間がたったのか、おそらくほんの数分だと思うんだけど―――大きく跳ねた。
「ッ、うわぁ!?」
こ、股間が熱いっ。
妙に濡れてる感覚と布越しに伝わってくる刺激と、俺の半身が反応している感覚。
な、なんだ?!
と、目を向ければ俺の足元に座りこんだにーがぺろぺろと俺の股間を(もちろんズボン越しにだけど!)舐めている。
「に、にー!? お前なにしてっ、っう」
俺の股間はにーの唾液でシミができている。
どうやらにーはクッキーを全部食べ終えて、さらには俺の脚の上に落ちた食べカスも食べようとしていたらしい。
「ちょ、ちょ、にーやめろっ、ぁ、うっ」
や、やばい!!!!!!
にーは無心にぺろぺろしている。
「にー! にー!!! おい、にー!!!」
何度か叫んで、ようやくにーはきょとんとして俺を見上げた。
二重の大きな目がくるんと俺を見つめて、可愛らしい顔が首を傾げる。
「お前、舐めるな―――ア、っ!?」
思わず変な声が出た。
俺が喋っている途中で今度はにーが手で食べカスを掴もうとしたらしく、ガチガチに硬くなった俺の半身をぎゅっと握って(もちろんズボン越しだけど)きたのだ。
「っ、あああああ、ストーップ!!!」
俺は必死ににーを振りほどき、
「ウワアアアア」
今夜もまたトイレに駆け込んだのだった。
「にゃぁー」
ドアの向こうで聞こえてくるにーの物欲しげな鳴き声を聞きながら、俺は親友である右手くんで自分を慰め、酔いと抜いた疲れと、そのたもろもろの疲労感で結局スーツのまま眠りに落ちることとなった。


***おわり*

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