35 新婚的な☆


「おかえりー」

土曜の夜11時。夾の部屋。
そこで夾を出迎える新妻気分の俺。
付き合いだして初めての週末にひとりなんてさびしいだろ。
ファミレスのバイトは週三で、日曜ははいったりはいらなかったりだ。
夾は居酒屋のキッチンに週五も入ってる。でも日曜は休みだから今日はゆっくりしなきゃもったいない。

「ただいま」

疲労を感じさせない夾は表情動かすことなく靴を脱いで出迎えた俺を素通りしかけるから、俺はひろげていた手をさらに大きく広げる。

「なんだよ」
「おかえりのハグ&キス」

あ?、と片眉を上げながら夾はその場でキャメルのダウンを脱ぐと俺に押し付けた。
下はシャツだけのラフさ。筋肉質な身体が見て取れてうまそうだなーなんてにやけてたら首根っこ捕まえられて力強く引き寄せられたと思ったら熱く唇が重なる。
夾とのキスに触れるだけのものなんて存在しないだろうな。
噛みつくように触れた傍から舌が舐め咥内に入りこんでこようとしてそれに俺も舌を絡める。
食って食われて、みたいなキス。
本能そのままだけどキスが下手なわけじゃない。煽られて煽って。

「……このままここでヤる?」

離れていく舌を眼で追いながら腰を押し付けたら、

「腹減ったからあとだ。シャワー浴びてくる。飯、用意してろ」

あっさり肩を押し返された。

「俺も入る」
「狭いから来るな」

その言葉聞くの二度目。
でも今回は大人しく「はーい」と離れた。
バイトで疲れて腹も減ってるだろうし?
我ながら味噌汁だの肉じゃがだの揚げ物だののいい匂いが充満してる室内で空腹を我慢させるのも可哀想だし?
餌付けって腹膨らませて元気なってからイチャイチャすればいーし?
ってことで、ばいばーいと手を振る俺を胡散臭そうなものでも見るように眺めてそのままバスルームへと向かう。
狭いアパートのバスルームには脱衣所なんてものはなくてダウンジャケット抱えたままばさばさとシャツにデニムにと脱ぎ捨てていく夾を見ていたら「視姦すんな」ってボクサーパンツ投げつけられた。
って、これは誘われてるのか、ご褒美なのか。

「やっぱ俺も入るー」

って、身を乗り出したら、

「絶対来るな」

って、バスルームの薄いドアが閉められた。
ケチめ。しかしやっぱいい身体してるなー。と俺よりも筋肉がついた肢体を脳内に思い出しながらダウンジャケットをハンガーにかけてやって、キッチンへ。
平日ならまかない食べたりもするらしいけどさすがに土曜日は忙しいしそのまま帰ってくるってことで夕食の準備は完璧だ。
帰ってくるときにメールをもらっていたから料理は温まっている。
みそ汁だけもうちょい温めてからよそって、小さな折りたたみテーブルに料理を運んでいく。
準備が終わったときちょうど夾が上がってきた。
パン一にタオルで髪を乱雑に拭きながらテーブルの前に座る夾。

「ちゃんと温まった? ほら上着ろよ。湯冷めするよ」

湯も張ってたけど予想通り上がるの早かったな。ファンヒーターつけてはいるけどこのアパート隙間風多いし。
チェストから適当に長袖のシャツを取り出して渡すと「キモイ」って言われた。

「そこは甲斐甲斐しく世話してくれてなんていい嫁だじゃないのかなぁ」
「飯食ったあと俺を食う気満々のヤツのどこが嫁だ」
「お嫁さんもいたわってあげないとね」
「意味わかんねー」

悪態つきながらも、いただきます、と夾は箸を手にして食べだした。
俺はもう食べていたから夾の向かいに座って視姦―――じゃなくて、優しい眼差しで食事を見守ってあげる。

「飯食ってる時まで視姦すんな」
「いやー夾が性的で」

シャツは来たものの下半身はパン一で逞しい太股が眩しくって食いつきたいよねーなんてことは言葉にしなくても伝わったみたいで、「テレビでも見てろ」と言われて仕方なくテレビをつけた。

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