夢の途中 5
「ね……智紀さん?」
「俺さ」
「う、うん?」
「なんかもう面倒臭くなっちゃった」
「……え?」
「俺、面倒臭いのキライなんだ」
「……智紀さん?」
どうしよう、やっぱ優斗さんに電話?
いや、松原?
「仕事でなんかあった? それとも、恋人?」
「……恋人なんていないよ?」
「は?」
「一か月前に別れてるし」
「……」
え、全然知らなかったんだけど。
「別にどうでもいいんだよ」
「……あの、智紀さん」
どうしたんだよ、って言いそうになった。
だってさ、だって、どうしたんだよ。
だってさ、智紀さんはもっと、もっと―――。
「疲れた」
「……」
「から、慰めて」
「とも、」
離れようとした。
だけど、目が合って、その目があんまりにも暗く濁ってて、驚いて。
気づいたらまた俺の視界は反転していて、智紀さんに見下ろされていた。
「どうしたんだよ」
「面倒くさくなった」
「だから、なにがっ」
「捺くん」
俺に馬乗りになっている智紀さんが薄く笑う。
感情の見えない笑みに背筋に冷たいものが伝った。
「ね……」
逃げないといけないけれどマウントをとられていて脚は動かせない。
「捺くんさ」
俺の頬に触れてくる指。
逃げないといけないのに。
「智紀さん……」
その指が震えてて、胸が苦しくなる。
なんで、なにが。
ゆっくりと智紀さんの身体が傾いて、折り重なるようにして俺の―――肩に、顔をうめた。
濡れたスーツから水分が俺の服にも染みてくる。
退けなきゃいけないのに、できない。
気のせいじゃなく、微かに智紀さんの身体が震えてて、どうすればいいのかわからなくなる。
「智紀さん……」
「捺くん」
「……」
顔が動く気配がして、掠れた吐息が耳に吹きかかった。
そして、囁きが頭ん中に響いてくる。
―――優斗のこと好きなままでいいから、俺と一緒にいてよ。
って、言葉が、聞こえた。
―――何言ってん、の。
って、うろたえる俺の声が遠くで聞こえて。
―――俺、やっぱり捺くんがいい。
って、泣きそうな声が聞こえて。
夢なんじゃねーのかって、思ってしまう。
あまりにも現実感がなくって、信じられなくって。
だけど不意に腕がきつく押さえつけられて我に返った。
「っ、智紀さん待って、ちょ……」
だけど押さえつけられたまま、また唇が塞がれてどれだけ逃げても執拗に舌が追って、絡められて。
目の前が暗くなった。
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