しゃっくりと君。


ひっくひっく、と後ろから聞こえてきて視線を向ければ同じクラスの笠井がいた。
一年のときも同じクラスで、二年になったこの春も同じクラスになった笠井。
挨拶はする、雑談もたまにはするクラスメイト。
学校からの帰り道で一人歩いていた俺はなんとなく笠井の止まらないしゃっくりが気になって歩く速度を緩めた。
自然としばらくすれば笠井と肩を並べることになる。
笠井はずっとしゃっくりが止まらないのかやや疲れた顔をして口元に手をあてていた。
少し顔を伏せ歩いている笠井は俺に気づかずにそのまま俺を追い越す。
1メートルほど距離があいたところで俺は笠井を呼びとめた。

「―――おい」

だけど自分に声がかかったってことに気づいてもいない笠井はそのままひっくひっくとしゃっくりを繰り返しながら歩いている。

「笠井」

だからその背にもう一度声をかけた。

「笠井燐」

そこでようやく笠井は立ち止まって振り返った。

「あれ、……っ、柳瀬、ど……したの?」

喋っている間も何度もしゃっくりをしている。
辛そうだから本人にとってはきついんだろうけど、その姿は可愛かった。
男に可愛いなんて言ったら怒られそうだから言わないけど。

「あのさ、笠井」
「うん?」

きょとんとして俺をみる笠井。
その目前に立つ。

「俺、お前のこと好き」

そう告げた。
数秒の間を置いて、笠井が大きく目を見開いて慌てだす。

「え、え? え?! なに!? ス、好きっ? お、俺、男なんだけどっ」
「そう。男だってわかってる。でも笠井のことが好きなんだ。ずっと前から」
「……」

固まった笠井はぽかんとしたまま俺を見つづける。

「お前、俺のことどう思う?」
「……え!? え」
「気持ち悪いか? 男なのに好きだなんて?」
「え? え……、っと……」

わからない、と小声でつぶやく笠井はパニックに溢れていた。
だけどそこにはっきりとした嫌悪感は見当たらなくてホッとする。

「いまはまだ付き合ってくれとはいわない。だけど―――……考えてくれないか」
「……は」

ようやく笠井の目がせわしなく動き出す。
パニックになりながらも笠井はいろんなことを考えているのか表情をくるくると変え、何度も口を開きかけては閉じてを繰り返していた。
男の俺に告白されたのに一蹴せずに焦りながらも本当にちゃんと考えてくれている様子の笠井に笑みが浮かぶ。

「しゃっくり、止まったな」
「…………え?」
「しゃっくりには驚かせるのが一番だろ?」

また笠井は目を見開いて戸惑ったように俺を見つめた。

「……うん。えっと……さっきの告白ってじゃあ……驚かせるための冗談?」
「あれ?」
「う、うん」

俺は笑って歩き出す。

「―――本気」

笠井の横を通り過ぎながら、「難しいだろうけど、考えておいて」と告げて岐路についた。



***



ひっく、ひっく、といつかの夕方、学校の帰り道と同じようなしゃっくりが出ている。
そのしゃっくりは俺の後ろからじゃなく隣から。
俺は隣を歩く燐を見て、口元を緩めその耳元に口を寄せた。

「燐、好き」

言ってふっと空気を白く変える熱い息を吹きかければ燐はびくんと身体を震わせ、口にあてていた手を耳にもってきて押さえた。

「うっ、周!」
「しゃっくり止まった?」
「とま……っ、てない」

頬を赤らめた燐は途中でしゃっくりをしながら口を尖らせた。

「こんなところで……急に言うのやめろよ。びっくりするだろ」
「たまに言ってるだろ」
「……いま下校中!」
「告白したときも下校中だった」
「そ、そうだけど」

耳を押さえている手を掴む。
冷たい風と空気に冷えた指先を温めるように強く握りしめる。
燐はぎょっとしたように繋いだ手を見て、そしてあたりを見回す。
その様子につい吹きだしてしまう。

「焦りすぎ」

笑いながら手を離せば、周りを気にしたのに寂しげに視線を寄越す燐がいて心が和んだ。

「べ、別に……イヤじゃないんだからな?」
「知ってるよ。いまは外だしな。かわりに燐のしゃっくりが止まるまで好きって言い続ける」
「え!? い、いいよ! 恥ずかしい」

目を泳がせて俺から視線を逸らす燐にまた大きく吹きだしながら俺は囁きつづけた。
あの告白した日から半年。
移り変わった季節を感じながら。


―――好きだよ、と。

呆れるくらいにずっと繰り返しづつける俺に、

―――もうしゃっくり止まった、と。

困ったように燐が笑って。


「俺も好き」


と俺に笑顔をくれた。



【おわり】
 
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