4月1日。
4月1日新年度。
雑踏の中、足を止める。
赤になった信号。
横断歩道の向こう側に立ち止まったひとりの男に視線を留める。
先月高校を卒業していった俺の教え子・葉山悠介。
向こうも俺に気づいたのか遠目にも目を見開いているのがわかった。
やがて信号は青になり、互いに足は動き出す。
一直線に進んでいき、俺と葉山の距離は近づく。
すれ違う前にまた足は止まった。
「――……先生」
「久しぶりだな。元気か?」
「はい。先生は……?」
「変わらずだよ」
葉山は俺を食い入るように見つめ、視線を揺らした。
信号はあっというまに点滅を始める。
それを見て、
「―――じゃあな」
と歩き出す。
背中に視線を感じながら歩き続け横断歩道を渡りきったところで腕が掴まれた。
「先生!」
視線を向ければ葉山が切羽詰まった表情をしている。
「どうした?」
「あの、俺っ」
その目が揺らめく。
いつもその目が俺を熱く切なく見ていたことは知っていた。
ずっと、ずっと前から。
「あの、俺……先生のことが―――好き、なんです」
ぎゅっと俺の腕を掴み振りしぼるようにして葉山は告げた。
だけどすぐにその目は不安に彩られる。
それはそうだろう男が男に告白したのだから。
「……っ、あ」
無言の俺におびえるように葉山は、
「いまのは―――」
と否定でもするかのように口火を切る。
だからそれに被せるように、告げた。
「俺は、嫌いだよ」
言った瞬間、葉山の目が絶望に染まって手から力が抜け落ちた。
その様子に笑みを浮かべてしまう。
「―――嘘だ」
「……は?」
「今日エイプリルフールだろ」
「え……。あ……。あの、先生、俺はっ」
まるで自分の気持ちさえも"嘘"だと思われたのではないか。
そんな風に焦った様子でもう一度葉山は俺の手を掴んだ。
「俺も好き」
何か言う前に、告げる。
「―――え?」
「これ、本当」
嘘じゃないぞ、と言って、人目もあるから一瞬だけ触れるキスを落とした。
ぽかんと口を開き驚愕に目を見開く葉山。
その顔につい吹きだした。
4月1日―――。
完全にこいつが高校生じゃなくなった日。
連絡する前にこんな偶然があるなんて―――幸先いいんじゃないか?
新しい日々のはじまりを知らせるように春風が吹き抜けた。
【おわり】
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