『結論を言います』





それは望むべくして、
そして、
在るべき形として、





「じゃあ、行ってきます」
「行ってくるね」
「気をつけるのよー」
「あんまり遅くなるんじゃないわよ」
「分かってるーっ」
「すみません、それじゃ」
「はいはい、行ってらっしゃい」

玄関先から聞こえてきた声に佳主馬は何となく興味を引かれて足先をいつもの納戸からそちらに向けた。

「何、二人、出かけたの?」

玄関先にいたのは理香と直美の二人。そして玄関先の更に前方には、健二と夏希の二人が歩いて行くところだった。

「あら、佳主馬。珍しいわね、アンタがこんな時間にここにいるなんて」
「喉、乾いたから」

言って手元のグラスを軽く振って見せると、理香が振り返って言った。

「二時間くらい前に冷蔵庫に麦茶入れておいたわよ」
「ん、貰う。ありがと」
「どういたしまして」

会話が途切れてまた何となく三人は元の位置に視線を戻した。先程まで見えていた健二と夏希の二人の背中は今はもう見えなくなっている。

「…何処に行ったの?二人」
「え?ああ、栄おばあちゃんのお墓参りだって」
「健二君も夏希も明日東京に帰るでしょう?だからその前にご挨拶だって」
「ああ、それで」

予定していた当初の日程よりも大幅にずれ込んで健二は陣内家に厄介になっていた。事件の後の後始末が大半であった様に思えるが、それ以上に陣内家の皆が健二を帰したがらなかったのも理由に挙げられるだろう。

「あっという間の様な気がするのにね、結構時間、経ってるのよね」
「健二君、宿題とか大丈夫なの?」

直美の何となくの質問に対して佳主馬が口を開いた。

「大丈夫みたいだよ。健二さん、ここに来る前に課題とか終わらせてきたって言ってたから」
「は!?マジ?」
「嫌なんだって。宿題とか後回しにするの」
「それは、まあ分かるけど、でもココに来たのって…」

指で計算していた理香の様子を見るともなしに眺めて佳主馬は言った。

「おかげで、僕も夏の宿題見てもらえたけどね」
「健二君の数学は凄いものね」
「教え方はちょっと独創的だったけど」

意味としては理解出来るも、健二の教え方は学校の教師が教える様なやり方は全く違ったのだ。単純な計算問題も、健二の手にかかれば全然違うものに見えた。

「数学が、本当に好きなんだ、ってよく分かった」

ぼんやりと感想を述べた佳主馬の科白に直美が面白そうに笑った。

「アンタにとっても良かったわね」
「そこは否定しないよ」

珍しく笑った佳主馬の顔に、直美とそれを目撃した理香が顔を見合わせ、それからつられた様に笑った。







「…おばあちゃん、私たち、明日帰るね」

夏希が墓前にしゃがみ込んで栄に話しかけている所を横で健二は見ていた。夏希の視線は真っ直ぐで外れない。その強さに今はいない彼の人を思い出して健二は瞼を伏せた。それから夏希の隣に屈んで健二は手を合わせる。

(…おばあちゃん、僕は、)

口には出さず、胸の中で栄に話しかける。言葉は返って来なくとも、健二は伝わっていると信じていた。

どれだけそうしていたか、ふと隣の夏希が立ち上がった気配を感じて健二が視線を上に向けると、自分に笑いかける夏希の笑顔がそこにあった。

「そろそろ、戻ろうか」

一つ頷いて健二も立ち上がる。最後に一礼して健二はその場から離れた。


二人並んで歩く家までの帰り道。会話は無く、ただ黙々と歩く。日差しが傾いて影が随分長い。蜩の鳴く声が聞こえて夏希は立ち止った。風が頬を撫ぜて髪を揺らしていく。

「夏も、もうすぐ終わるね」

季節は移り変わる。夏希は自分の生まれた夏という季節が好きだ。だからか、こうして移りゆく、特に夏の終わりの時期を感じると無性に寂しい、と思ってしまう。まるで自分一人が置いて行かれてしまう様で焦燥感だけが胸に残るのだ。隣にいる健二は何も言わない。別に返事を期待していた訳ではないのでそのまままた歩き出そうとした夏希を引きとめるものがあった。

「…健二君?」

それは夏希の右手を掴んだ健二の手だった。名を呼んだが健二の返事は無い。ただその顔が、夕陽に照らされただけではない色に染まっているのを見て夏希の胸が跳ねた。

「また、」

健二の口がゆっくりと開く。そうしてそこから紡がれる言葉を夏希は聞き逃さない様に耳をすました。

「また、夏は来ます。来年も、再来年も、ずっと」

だから、と健二の口が動くのを見る前に夏希は動いていた。健二の肩に自分の額を寄せたのだ。手は繋いだまま、相手の呼吸の音が聞こえるくらい近くに。自分の行動の大胆さに内心で夏希は驚いていた。健二が息を飲む気配が分かる。触れた所からじんわり熱が広がって身体中が熱くなった。

「……来て、くれるの?」

圧倒的に語彙の足りない言葉を、それでも健二はしっかりと受け止めてくれた。

「はい」

直ぐに返された返事が脳に伝達されると、夏希の頬に熱が集まる。
ぐるぐると感情の波が押し寄せて夏希は繋がっていない方の手のひらをぎゅうと握りしめた。

嬉しい、
照れくさい、
恥ずかしい、

何より、


(――違うわ、これは、)

愛おしい、だ


そっと顔を上げて健二を見る。すると健二の視線と直ぐにぶつかって夏希は慌てた。反射的に逃げようとする身体の動きを健二の空いた右手が引きとめる。

「…っあ、」

思わず引き寄せてしまった、という事が表情から分かって夏希は緩む口元をそのままに健二を呼んだ。


「健二君、あのね、」


夏希の口が動いて、それに健二が頷く。
その時二人の交わした約束を聞いていたのは、去りゆく夏を惜しむ様に頭垂れる向日葵の群れだけだった。







………………
100829

…P様リクエスト、夏健、『Yellow』の後日談にあたるお話でした。
『Yellow』は以前から書きたかった話で、それの後を見たいと言って下さった事がとても嬉しかったです。
リクエスト、有難うございました!






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