それはいつの事だったか、
もう思い出せないような遠い過去だったかもしれないし、つい昨日の事であったかもしれない。
確かに自分の中で息づいていたあの感情に名をつける事を何故かしようとは思わなかったし、その時はそれでよかったと考えていたのだ。
ひらひらと侘助の手の中で踊るその何枚かの色褪せた紙を見て、ケンジは侘助に質問を投げた。
「…手紙、ですか?」
『なんで、そう思うんだ?』
何故か、とそう問われて、ケンジは一瞬だけ躊躇した。
「言ってもいいのか、ボクが判断してもいいのでしょうか」
『構わない』
一呼吸だけ間を開けたケンジは、ディスプレイ越しの侘助の顔を見てそっと口を開けた。
「…ただのレポートだったり、報告書だったら、アナタはそんな顔をしないから、」
だから、
「親しい方からの手紙なのかと、そう思ったんです」
『惜しいな、』
無視されるか、と考えていたケンジの耳に侘助の声が聞こえた。
「何が、惜しいんですか?」
『これを書いたのは、俺だよ』
「侘助さんが?」
『似合わないなんて思うなよ』
そう言って何処か苦く笑った侘助の横顔にそれ以上ケンジは何も言えなくなった。
『ただ、一度だけ、』
書いた、それだけだ
『投函することは、出来なかった』
渡す機会はあったはずだった
『自分から溝に捨てちまった』
それを後悔したことも、
『こんなものに頼らなくても、よかったのかもな』
忘れた事にして、
「…こんな事をボクが言うのは、おこがましいかもしれませんが、」
ケンジがぽつりと零した声に侘助は目を開いた。
「相手の方は、きっと、幸せだったと思います」
『お前、これの内容分かるのか?』
「分かりませんよ、」
でも、
「侘助さんがそんな顔をして話す方なんですから、内容は推して量れます」
『…お前は、人の事には聡いな』
「そうでも、ないんですよ」
そのままくるりと椅子を回して背中を向けた侘助の耳の後ろが赤くなっているのを見付けて、ケンジはそっと笑った。
「結構、純情なんですね」
『…五月蠅い』
艶書
100118
……………………
…侘助とケンジ君。
手紙のあて先は、 あの方です。