「ああ、もうこんな時間だ」
健二は自分の携帯の時刻を確認して、椅子の上でゆっくりと背伸びをした。
今夜は根をつめて数式に向かっていたので、肩の骨が嫌な音を立てる。
「…痛てて、…運動不足、だなあ」
自分の科白を反芻した健二の脳裏に過ぎるのは、程良く日焼けした利発な少年だった。
「『こまめに運動しないと、本当にモヤシになるよ』、だっけ。佳主馬君、本当にそのまんまの事言うんだから…」
苦笑と共に健二は席を立ち、大きく欠伸をした。
「ああ、早く風呂に入ってこないとだなあ…」
面倒だな、と少し思ったが仕方ないと諦めて健二は風呂場に向かおうをした。
その時、机の上に置いてあった携帯が静かに震えて健二に着信を知らせた。
「…こんな時間に、…佐久間?」
友人の名前を呟きながら健二が携帯のディスプレイを確認すると、そこに表示された名前に健二は思わず息をとめた。
「…っな、夏希先輩…!?」
慌てて通話ボタンを押した健二は逸る気持ちを抑えて電話に出た。
「…っも、もしもし…夏希先輩?」
どもりながら夏希の名を呼ぶと、電話の向こう側で夏希が小さく笑った声が聞こえた。
『健二君?ごめんね、笑ったりして』
柔らかい夏希の声に、健二の肩の力が少しだけ抜けた。
「い、いいえ、いいんです。…それより先輩どうしたんですか、こんな時間に。何かありましたか?」
深夜と呼べるこんな時間に夏希が電話をかけてくるのは珍しい、というより初めてだ。健二は夏希に何かあったのか、と心配になって理由を聞こうとした。
が、
『えっ!?…あ、うん、えっと、その、』
なんとも歯切れの悪い夏希の様子に健二は頭の上に?を飛ばした。
「夏希先輩?」
そっと夏希の名前を呼ぶと、夏希が小さく溜め息を吐いたのが分かった。
「夏希先輩、何か合ったのなら、僕今からそっちに、」
行きましょうか、と健二が伝えるより早く、夏希の声が小さく聞こえた。
『違うの』
違うのよ、と夏希はもう一度小さく言ってその後暫く沈黙が続いた。
そのまま健二が待っていると、電話越しの夏希の声が更に小さい音量で聞こえてきた。
『…本当はね、明日、…もう今日か、我慢しようって思ったの。…思ったんだけど、でもどうしても、どうしても一声でいいから、』
『…健二君の声が聞きたかったんだ』
夏希の告白を静かに聞いていた健二は、携帯を持っていない方の右手で顔を覆った。手の平を通して顔に集まる熱が伝わってくる。きっと耳まで、いや首まで赤くなっているんだろうな、と健二は他人事のように考えながら次にくる夏希の言葉を待った。
『…呆れてる?健二君。…ごめんね、こんな時間に。…あ、あのもう切るから!』
「先輩、」
この可愛い人を、
「僕、まだ眠くないんです」
この長い夜に、
「だから、もう少しだけ、お話してもいいですか?」
一人にさせておくなんて、誰が出来る?
『…!うん…っ!』
嬉しそうに弾む夏希の声を聞きながら、健二は今日の朝、夏希に会ったら一番におはようを言おうと決めた。
零時七分
100421
……………………
…健夏!です!
うああ青い春!恥ずかしい!でも好き!