零時七分 | ナノ



「ああ、もうこんな時間だ」

健二は自分の携帯の時刻を確認して、椅子の上でゆっくりと背伸びをした。
今夜は根をつめて数式に向かっていたので、肩の骨が嫌な音を立てる。

「…痛てて、…運動不足、だなあ」

自分の科白を反芻した健二の脳裏に過ぎるのは、程良く日焼けした利発な少年だった。

「『こまめに運動しないと、本当にモヤシになるよ』、だっけ。佳主馬君、本当にそのまんまの事言うんだから…」

苦笑と共に健二は席を立ち、大きく欠伸をした。

「ああ、早く風呂に入ってこないとだなあ…」

面倒だな、と少し思ったが仕方ないと諦めて健二は風呂場に向かおうをした。
その時、机の上に置いてあった携帯が静かに震えて健二に着信を知らせた。

「…こんな時間に、…佐久間?」

友人の名前を呟きながら健二が携帯のディスプレイを確認すると、そこに表示された名前に健二は思わず息をとめた。

「…っな、夏希先輩…!?」

慌てて通話ボタンを押した健二は逸る気持ちを抑えて電話に出た。

「…っも、もしもし…夏希先輩?」

どもりながら夏希の名を呼ぶと、電話の向こう側で夏希が小さく笑った声が聞こえた。

『健二君?ごめんね、笑ったりして』

柔らかい夏希の声に、健二の肩の力が少しだけ抜けた。

「い、いいえ、いいんです。…それより先輩どうしたんですか、こんな時間に。何かありましたか?」

深夜と呼べるこんな時間に夏希が電話をかけてくるのは珍しい、というより初めてだ。健二は夏希に何かあったのか、と心配になって理由を聞こうとした。
が、

『えっ!?…あ、うん、えっと、その、』

なんとも歯切れの悪い夏希の様子に健二は頭の上に?を飛ばした。

「夏希先輩?」

そっと夏希の名前を呼ぶと、夏希が小さく溜め息を吐いたのが分かった。

「夏希先輩、何か合ったのなら、僕今からそっちに、」

行きましょうか、と健二が伝えるより早く、夏希の声が小さく聞こえた。

『違うの』

違うのよ、と夏希はもう一度小さく言ってその後暫く沈黙が続いた。
そのまま健二が待っていると、電話越しの夏希の声が更に小さい音量で聞こえてきた。

『…本当はね、明日、…もう今日か、我慢しようって思ったの。…思ったんだけど、でもどうしても、どうしても一声でいいから、』



『…健二君の声が聞きたかったんだ』



夏希の告白を静かに聞いていた健二は、携帯を持っていない方の右手で顔を覆った。手の平を通して顔に集まる熱が伝わってくる。きっと耳まで、いや首まで赤くなっているんだろうな、と健二は他人事のように考えながら次にくる夏希の言葉を待った。

『…呆れてる?健二君。…ごめんね、こんな時間に。…あ、あのもう切るから!』

「先輩、」


この可愛い人を、


「僕、まだ眠くないんです」


この長い夜に、


「だから、もう少しだけ、お話してもいいですか?」


一人にさせておくなんて、誰が出来る?


『…!うん…っ!』

嬉しそうに弾む夏希の声を聞きながら、健二は今日の朝、夏希に会ったら一番におはようを言おうと決めた。




零時七分

100421

……………………

…健夏!です!
うああ青い春!恥ずかしい!でも好き!

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