あなたなしでは



バタン、というかドカン、というか、兎にも角にもそんな派手な音が盛大に家の中に響いた。
火神がソファからのそりと起き上がり音源の方を見れば、元凶が仁王立ちして立っている。
「……きせ」
「この、バ火神」
辛辣な物言いで侵入者はずかずかと入り込んできた。
ソファの上でぼんやりとしたままの火神を見て、盛大に溜息を吐き出した黄瀬は、持っていた荷物をどさりと床に落としたかと思うとそのまま火神の頭を容赦ない力で思い切り叩く。
「……痛ってえ」
「そりゃ、痛くしてるっスからね」
何を当然のことを、と黄瀬は不敵に笑い、そして火神の手を思い切り引いた。
突然のことに咄嗟に反応できず、素直にその場に立ち上がることになった火神は、僅かの差で下にある黄瀬の顔を間近で見つめることになる。
「……黄瀬」
だが呼んだところで黄瀬は片眉を器用につり上げるだけだ。どんな表情をしてもそれが当然というように魅力的にみせる術に長けている黄瀬を、こうして身近に感じることができたのは、――そういえばいつぶりだろうか。
「風呂」
「……あ?」
「今直ぐ風呂にいって熱いシャワー浴びてこいっス」
「なんで」
「なんでもどうしたもへったくれもないからとっととさっさと速やかに行け」
人差し指で指された方は確かに風呂場があるのだが、何でだ?と疑問に思うことも許されないらしい。大人しく言うことを聞かなければどうなるか分からない、という無言の圧力が黄瀬から発せられている。
「わかった」
なるべく穏便に。
素直に大人しく従った火神の後姿を見送った黄瀬がどんな顔をしていたのかなんて、火神は気付かなかった。


***


「黄瀬」
「あ、出てきたっスね。ちゃんと頭乾かした?」
「乾かした」
この家に入り浸る黄瀬に何度も口を酸っぱくして言われているため、多少面倒だとは思いつつも髪はちゃんと乾かすようにしている。
「うん、えらいっスね」
良くできた、とでもいう顔で黄瀬が火神の頭を撫でた。地肌に黄瀬の指先が押し当てられて気持ちが良い。
「よし、そんじゃ食べよ」
「これ、どうしたんだよ」
「作ったんスよ?」
何言ってんの、と黄瀬は笑い、火神の背中を押したかと思うとさっさと席に座らせた。
「……すげえな」
テーブルの上に所狭しと並んでいるのはあたたかな料理の数々だ。火神の拳と同じくらいのハンバーグに、ポテトサラダ、色とりどりの野菜が入ったスープに、肉じゃが、きんぴらに揚げだし豆腐。それ以外にもまだたくさん。
「おかわりあるっスからね」
風呂に入っていた時間はそんなにかかっていない。黄瀬がここでこれら全部を作り終える時間は無かった。つまりは、あの荷物の中にこの料理が入っていたのだろう。
「ご飯はおにぎりにしてきたから。好きなだけ食べていいっスよ」
向かいに座った黄瀬がいただきます、と両手を合わせる。
火神もそれにつられるようにして、いただきます、と言葉を落とした。

「……」
「どう?」
「……美味い」
まず最初にスープをひとくち、口に入れてゆっくりと味わうように咀嚼すると、身体の芯から温まるような心地とともに、味覚が急に戻ってきたように感じる。
ここ最近、何故だか何を食べても味がしなくて、大げさな程の食事量が半分以下にまで減っていた。自分で作るものでも、買ったものでも、人が作ったものでも、何を食べても味が分からなかったのだ。
そんな調子だから当然練習でも身が入らず、カントクにもお手上げと言われてしまい、今日は折角の日曜で、他校との練習試合が組まれていたというのに火神は自宅待機を言い渡されてしまった。
何をやっているんだ、と自分で思う。相棒である黒子にも周りの仲間にも気遣わし気な顔を何度もされた。
それでも、何を試しても味覚が戻らなかったのに、どうして。

「火神っち」

黄瀬が、火神を呼ぶ。

「これ食べて一休みしたらさ、あそこの公園で1on1するっスよ」

黄瀬が、笑っている。

「最近誠凛とは対戦できてないから、久しぶりに腕試しさせてもらうっスからね」

黄瀬が、手を伸ばす。

「俺も忙しくて、最近会えてなかったからさ、まあお互い様ってことで」

黄瀬の指が、火神の目尻をゆっくりとなぞり、伸び上がった黄瀬が火神の鼻先にキスを落とした。

「そんなに、俺がいなくて、さびしかった?」

唐突に、ぶわり、と身体中の血管が沸騰したかのように燃え上がる。火神は叩きつけるようにテーブルの上に箸を置くと、自分に触れていた黄瀬の手を掴みテーブル越しに引き寄せるとやわらかな唇に噛み付いた。

触れた先から、じわじわと満ちてくる。
足りない、足りないと身体中が叫んでいる。

「黄瀬、黄瀬、悪い、黄瀬」
「ん、ん、ぁ、火神」
「黄瀬、先にお前がいい。お前がほしい。黄瀬」
「はは、やっとらしくなったっスね?」
分かっている、という顔で黄瀬は笑む。その余裕を消してやりたくて、火神は椅子を引き倒して黄瀬に近付くと勢いのままに腰を引き寄せた。

「ちゃんと、ベッドで、ね?」

耳元で囁かれて、それだけでどうにかなってしまいそうだ。
火神は唸るように分かっているとだけ言い捨てて、黄瀬の身体を担ぎあげると寝室に急ぐ。
「そこは、お姫様抱っことか?」
「お前、そんなんされたいか?」
「冗談、逆なら考えてもいいっスけど?」
「言ってろ」
いつもの軽口に黄瀬は火神に見えない位置で目を閉じた。
黒子からの連絡が無ければ、もっとひどいことになっていたのかもしれない。

『黄瀬君じゃないと、駄目なんですよ、火神君は』

会えない間もメールでの連絡はしていた。黒子からの連絡に半信半疑で電話をしたとき、聞こえてきた火神の声に黄瀬は分かってしまったのだ。
――ああ、これは駄目だ。
まったく、世話が焼ける、なんて。
そんなことをまさか自分が思うようになるなんて、人生分からないもんっスね、と胸の内で呟けば、脳内の黒子が『それだから面白いんじゃないですか?』と笑ってくれた。

「おい、考え事なんて余裕だな?」

見上げればもうすぐで元通りになるだろうライバルで恋人の燃えるような瞳がある。

――あんたのこと、考えてたんスよ。

この言葉はとりあえずこれが終わってからにしようと、黄瀬は火神の首に腕をまわしたのだった。












20151007
案外堪え性がない火神君ってのもありかな、ありよねって思いついた話でした。
火黄の日、おめでとうございます。






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