きいろのきつねとみどりのたぬき・5




おめでとうの言葉と、
感謝を込めて。





連日続いていた雨が上がって、今日は久しぶりに晴れ間がのぞく一日になりそうだと朝の早い時間に主が言っていたことを思い出して黒子は小さく欠伸をしました。
今日という日にこうして久方の陽の光を浴びて、溜まっていた洗濯物たちも嬉しそうに風に揺れています。
「きぃさま、準備おわられたかなあ」
ぽふぽふと布団を叩きながら黒子は呟きました。洗濯紐で羽を休めていた小鳥がぴい、と答えるように鳴きます。
「そうだよね、もう今頃はおふたりでゆっくりすごされているだろうね」
ちゅん、と雀が黒子の頭の上で鳴きました。いつの間に止まっていたのか、水色の髪の上を気に入ったらしい雀は機嫌良さそうに囀っています。
「おせんたく、おわったら、どうしようかなあ」
今日一日、どこでどう過ごそうか、黒子は考えながら耳を動かしました。

『俺の誕生日には誰も寄こすな』

先日、黄瀬のお誕生日会に集まってくれた大勢の前で主である緑間が言い放った言葉がこれです。
三日三晩も続いた宴は本当に豪奢で素晴らしく楽しいものでしたが、本来静かな時間を好む主にとっては大変神経を削がれる時間でもあったようです(それでもそれなりに楽しんでいたのは黄瀬も自分も知っていますが)。
黄瀬が喜ぶのならば、と耐えていた主は、自身の誕生日については何もするなとあらかじめ釘をさしておいたのでした。
ですが、はいそうですか、と大人しく引き下がる様な方々ではありませんので、当然ながら抜け道は用意してありました。烏天狗の高尾曰く、『当日が駄目なんだから、翌日ならオッケーだよな』なんて輝く笑顔で言ったのを聞いてしまったのです。
――つまり、明日になったら先月と同じ様なお祭り騒ぎが待っていると、そういう訳です。知っているのは自分と黄瀬だけで、緑間には知らせていません。
『知らないことの方が幸せなこともあるんスよ』とは、黄瀬の言葉でしたが、神妙そうな言葉の割に楽しそうな笑顔が零れていましたので黄瀬もやっぱり緑間を盛大に祝ってあげてほしいと思っているようでした。
そして今日は待ちに待った主の誕生日です。
一昨日から黄瀬と二人していろいろ準備してきましたので、あとは当日を待つばかり、と昨日は黄瀬と二人で万歳を何回もしたのですけれど、黒子は今ここでひとりでいます。
何故って、それは、そう。主は静かな時間を好まれます。そして、主の一等好きで大事で大切なひとは黄瀬です。
だからつまり、ふたりだけにしてさしあげようと、黒子は思ったわけです。いつもふたりの間に挟まって精一杯背伸びをしている黒子は、ふたりの大事な時間を邪魔してはいけないとこうしてひとりで洗濯物を眺めているわけなのです。
ただ眺めるだけでは手持ち無沙汰とぱたぱた叩いていた布団も、叩き過ぎては駄目だと今はそのまま日に当てることにしました。
「いい天気だなあ……」
今日はまだ始まったばかりで、これからの時間をどうしようかなあとまたのんびり考え始めた黒子の耳に、聞き慣れた足音が飛び込んできました。
咄嗟に振り返ると、折り重なる洗濯物の海の間から黄瀬の顔が見えます。
「きぃさま!」
思わず叫ぶと、黄瀬が黒子の声をしっかりと聞きとめて直ぐに視線をこちらに向けてくれました。
「いた!黒子っち!!」
どうやら自分を探されていたようです。何かあったのか、と自分から黄瀬の傍に駆け寄ると、黄瀬は黒子の身体をあっという間に抱き上げて、一度ぎゅうと抱き締めてくれました。
「はー……、もう、探したっスよ、黒子っち」
「すみません」
「よかったあ、見付かって」
優しく頭を撫でられて、嬉しさの余り耳がぴくぴくと動いてしまいます。
自分に何の用だろうか、と黒子が尋ねようとしたと同時に、落ち着いた低い声が直ぐ傍に落ちました。
「見付けたか」
「うん、ここにいたっス」
「全く、今日くらい大人しくしておけ」
仕方ない、と溜息を吐く主は行くぞ、と背中を向けるので黒子が口を開く前に黄瀬はその背について歩き始めてしまい、黄瀬の手に抱かれたままの黒子は焦って降りようと黄瀬に声をかけました。
「き、きぃさま、下ろしてください。じぶんであるけます」
「だーめ、また黒子っちがどこかに行っちゃわないように俺が抱っこしてあげます」
「きぃさま」
「直ぐに着くから大人しくしているのだよ」
「主さま」
黄瀬の隣を歩く主は真っ直ぐに前を見ながらそう言います。
でも、と黒子は躊躇う声を言葉にしようと顔を上げました。
すると、主と視線が合ったのです。
「お前、何故あんなところにいた」
「……あ、主さまのおたんじょうびでしたから」
「俺の誕生日で、何故お前が隠れる」
「おふたりのじゃまをしてはいけないとおもって」
黒子の言葉に黄瀬と緑間の足がぴたりと止まりました。そしてふたり揃って黒子に視線を向けます。
無言で見つめられること数秒、ですが黒子には何時間も経っている様に感じるくらい重い沈黙が続く中、緑間が手を伸ばしました。いつもであればその両手には聖水でひたされた包帯が巻かれ、神事の際にしか剥き出しにならない緑間の手が黒子の頬に触れます。
なんてことを、と慌てて離そうとした黒子を待たず、緑間はやわらかい黒子の両頬を指先でしっかりと掴むと、次には思い切り左右に引っ張り始めるものですから黒子は目を白黒させるしかできません。
「いひゃい、いひゃいでふ」
「痛くしているのだよ馬鹿め」
「なんれれふか?ぼふはなにはひまひたひゃ?」
「……この、馬鹿ものめ」
むいむいと引っ張られる頬が痛くて、理不尽な仕打ちに涙が零れそうになりましたが、一歩手前で無体を強いた指は離れていきました。いつもなら直ぐに止めてくれる黄瀬が何も言わずに自分を抱き締めたままなのも気になりますが、涙で滲む視界の先、緑色の主に視線を向ければ、本当に、仕方が無いという顔と声で、緑間は言ったのです。

「あの馬鹿共が来ない貴重な一日だ。折角家族だけで過ごそうというのにお前がいないのでは話にならないだろう」

――ぽたり。
――ぽたり、ぽたり。

黒子の瞳から大きな涙の粒が何個も何個も落ちては地面に当たって弾けました。
声にならずに泣く黒子の頭を緑間は些か乱暴な手つきで撫で回し、黄瀬はぎゅうぎゅうと黒子を抱き締めて離してくれません。

――かぞく。かぞく。

ふたりの間に入れてもらった自分が、無理矢理割り込んだだけの自分が、大切なふたりに『家族』だと言って貰える。
全くなんということでしょう。
主の誕生日であるというのに、まるで自分が誕生日であるかのような、一生の宝物を貰ってしまったではないですか。
黒子は泣きました。精一杯泣きました。
涙でぐちゃぐちゃの顔は、きっと黄瀬が綺麗に拭いてくれます。
そして赤く染まった鼻を見て、主は小さく笑うのでしょう。
そんな少し先の未来を思って、黒子は泣き笑いながらふたりに手を伸ばしたのでした。






20150707
緑間君、誕生日おめでとう!






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