きいろのきつねとみどりのたぬき・4




年に一度の今日の日に。
きみの為にできること。





「……さて、黒子」
随分と神妙な顔をしている目の前の主はもったいぶった口調で黒子の名を呼ぶから、黒子も顔を上げてしっかりと返事を返した。
「はい主さま」
「今日が何の日か無論知っているな」
「存じております」
「言ってみろ」
「きぃさまのおたんじょうびにございます」
主を真似た神妙な顔で殊更丁寧に答えた黒子に対して、緑間は同意するように大きく頷き返し、そうだ、と口を動かす。
「毎年、この日には黄瀬を祝おうと方々から祝いの品を携えた客が大勢押し掛ける」
「一昨年も、昨年もたいへんな騒ぎでした」
「思うのだがな、今年はあれ以上の騒々しさが想像できるのだよ。というか年々派手さと激しさを増していくのだよ……」
揃って溜息を吐いた二人は、俯いてしまった顔を持ち上げようとした。――気持ちだけは。
「……だが、そう毎年毎年好きにはさせん。黄瀬の誕生日にかこつけてお祭り気分に浸る奴らを俺は止めさせたいのだよ」
「……」
そりゃあ、確かにそのつもりがないかと言われれば嘘だと思うのだが、大抵、というかほとんどの者は純粋に黄瀬を祝いたくて来ているのは黒子にも分かっている。そんなことは当然緑間も知っているだろう。だがそれがなんだ、と緑間は言うのだ。
黄瀬は己のものであると。真剣に正直に開けっぴろげに黄瀬本人のいない場所で言い切っているのを黒子はもう何度も見ているし、この自慢の耳で聞いているのだ。
正直に言えば、黒子だって毎日黄瀬の傍にいると言ってもそれでも足りないくらい毎日一緒にいたいし、黄瀬のあの笑顔を間近で見ていたいと思う。だから、年に一度だけしか黄瀬に会えない他の方々のことを思うと、もし万が一にでもその貴重な日に黄瀬に会えないと分かったら。
黒子はぶるりと背筋を粟立てた。
「……主さま」
「なんだ」
「からすてんぐさまたちは、きっとお嘆きになると思います。それに、いぬがみさまたちはぼうどうを起こされるかもしれません」
「ふん」
「せいりゅうさまはおこってしまうとおもいますし、びゃっこさまも悲しまれるでしょう」
「……」
「げんぶさまはきぃさまのおいなりさんが大好物ですので、食べられないとなったらどうなるかわかりませんし、それに、それに、……その、す、すざくさまが」
名前を言うのも緊張するあの赤い方のことを伝えようとすると、緑間は重苦しい溜息を吐き出した。
「……もういい。分かったのだよ」
そう、本当は分かっていることなのだ、と二人はお互いの顔を見合わせてなんとも言えない顔をする。
朝から自分の誕生日だと言うのに張り切って皆を迎える準備をしている黄瀬のことを思えば、ここら一帯に結界を張って誰も来なくさせるなんてことを出来やしないなんてことは。
分かっているのだけれど。

「あ、いたいた!こんなところにいたんスか?」
暗雲たる思いで項垂れつつ鳥居の下で話し込んでいた二人の耳が聞き慣れた声を拾った。
「もー、探したっスよ、緑間っち、黒子っちも。さ、皆が来る前に朝飯済ませちゃおう」
二人の目の前には割烹着を着たままの黄瀬がおいでおいでと手招きをしている。背後で揺れている尻尾は機嫌良さそうにゆったりと動いていた。
「黄瀬」
「きぃさま」
「なーに?」
ことりと首を傾げて笑う黄瀬は、きっと自分たちの葛藤なんてとっくに分かっているのだろう。
だけれど、それは言わない。言わなくても大切なものは分かっている。
変わらないものがあると知っている。
だから、緑間も、黒子も、次に言う言葉は決まっているのだ。
 
「誕生日、おめでとう(ございます)」

二人からのその言葉が、黄瀬にとって何よりの贈り物であること。
そんなこと、当然のように二人は分かっている。

「ありがとうっス!」

そしてその照れた様に微笑む顔も、自分たちだけのものであるとやっぱり二人は知っているので、今日一日くらいは仕方ないと、本当に仕方ないと思うことにしたのだ。

……本当に、ちょっとだけ。

「黄瀬に無体なことをしようとするものはきっちり人事を尽くすのだよ」
「わかっています」

「もー、そんなとこでこそこそしてないで早くってば二人とも!ご飯冷めちゃうっスよ!」








20150618
お誕生日おめでとう。






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