嚆矢




僕が呼ぶことで奮い立つのが君ならば、
君が笑うことで僕は何にでもなれる気がする。
そういうことなんだと、君に伝えたら、君はなんと答えるだろう。
最初からきっと。きっと、そうだった。








繋いだままの手のひらをしっかりと解けないように握り締めれば、隣で大人しく座っていた彼は面白い程に肩を跳ねさせて僕から逃げようとするのでそんなことは許さないと力を込めて引き寄せれば、長い睫毛がぴくりと震えるのが間近で見られた。
「ねえ、黒子っち」
「はい」
「あのさ、黒子っち」
「はい」
「うんとねいやねそのイヤとかそういう否定的な話ではなくてですねとてもむしろその逆でひどく友好的にじゃなくてとっても好意的に思うわけなんですけどもそれはそう間違いじゃないんスけどいったん横にとりあえず横に置いておいてのこの状況をね考えるとね如何ともし難いとそう思うわけなんスすよ何でってそりゃあ俺の中のキャパシティとかそういうの?そういう俺の中での多少狭くて広くもない許容範囲ってヤツをあっさりかるーく越えた状況に今陥ってるって思うんスよね何がなのか分かるかな分かってほしいなこの気持ち切実に今直ぐに」
「肺活量すごいですね黄瀬君」
「おうけい、黒子っち。ちょっと俺とお話しようか」
「しているじゃないですか」
「うん、してる。してるね。してるんだけど、そうなんだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてですね。あの、手をですね」
「手がどうかしましたか」
「うん、黒子っち絶対に分かってるよね。分かるよ俺には。分かっちゃうよ俺には!」
急にぐわっと顔を上げた黄瀬君は、そう言って叫びつつ僕に向かって真っ赤に染まった顔を(多分彼にとっては真剣なつもりの表情なんだろうけれど申し訳ない、可愛いな、としか考えられない顔だからもうしょうがない。僕がしょうがない)真っ直ぐに見つめてきてくれたので、素直にそれを受け止めて返すことにした。

「……」
「……」
「……く、くろこ、っち」
「ん、何です?」
「いま、いま、なにを?」
「何とは?」
「いま、」
「はい」
「くろこっちが」
「ええ」
「おれに、」
「はい」
「した、の、は、」
「キスですね」

簡潔に答えると、黄瀬君は顔から首筋、そして全身を真っ赤に染め上げた。いい加減慣れても良い様に思うのに、というよりももっと慣れていると思ったこういう接触に対して、彼の反応はとても初だ。らしくなくにやけてしまいそうな口元を根性で留める。目にも鮮やかな赤色にこの前親戚から頂いたリンゴを思い浮かべた。とても美味しいリンゴだったが、量が多すぎたので火神君にあげたらそれはもう手放しで喜ばれたのが記憶に新しい。先日確認したらすでに全部食べてしまったということなので(あの量を彼一人で消化してしまったのだろうことは確認するまでもない)明日追加をあげることにしているが、何しろ量が量なので直接家まできてもらうことにしていたのを思い出した。後で用意しておかないといけないな、と思いつつ、僕はもう一度顔を傾けることにする。

ちゅ、と軽くキスの音が唇の先で伝わる。
やわらかくて、つやつやしていて、とてもおいしそうな黄瀬君のそれに、僕はいつだってむしゃぶりつきたいと思っているのだが、彼は気づいているんだろうか。……いないんだろうな。黄瀬君は時折だけれどとても信じられないほどに鈍いことがあるから。それは大抵僕絡みのこういうことに対してだけだけれど。

「ふ  っ」

あむりと甘噛みをすると、黄瀬君の肩が面白いくらいに跳ね上がる。ぎゅうっと握り込まれた手のひらが、遠慮の無い力の所為で少し痛いが、それも黄瀬君からの痛みだと思えば喜んで受け入れようとしてしまうからしょうがない。
唇を挟んで軽く引くと、たまらない、と黄瀬君の口がうっすらと開くから、僕は遠慮なくその中に舌を潜り込ませる。途端絡みつく熱。灼熱のそれをどうにか言葉にしようとするなら、何と言えばいいんだろう。
黄瀬君に触れる度に考えることだか、僕は最近になってこの熱を『夏』だと思う様になった。
夏の突き抜ける空。輝く太陽。鮮やかな海。どこまでも続く青と、そして、あの喉を焼く様な熱。揺らぎ立ち昇る陽炎。黄瀬君の身体は僕に夏の鮮烈さを教えてくれているのかもしれない。あまりの熱さに『夏』がそのまま彼の中に住みついているようだ、なんて考えてしまう。

「ちょ、たんま、まって」
「黄瀬君」
「は、あ、くろこっち、まって」
「ねえ、きせくん」
「な、に?」

とろとろに溶けた目で、縋る様に僕を見上げるこの綺麗なひとを、僕がどれだけの思いで今見つめているのかなんて知らないんだろう。

「一秒でも、待てない」

ひゅ、と小さく息が吸い込まれる。黄瀬君に触れている僕の手のひらと、黄瀬君が僕に伸ばしている手のひらが信じられない熱を持って、まるでそこから解けてひとつになれるんじゃないかって、

「……あつ、い」

至近距離で揺らぐ瞳は煮詰めた蜂蜜の様で、思わず息を飲んだ僕に、君は笑った。

「きせく、」
「くろこっち、て、あつい、よ」

――あついよ。

仕方ない、君は僕の熱そのものだから。
そして僕も。きっと君の熱なんだろう。

目を閉じれば唇に触れるものがある。その感触に笑って、僕は目の前の男の背中をかき抱いた。ひとつとして取りこぼさないように。








20150131
おめでとう。おめでとう。ありがとう。






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