悪くない



素直になれって、囁いたんだよ。
多分、どっかの神様が。







窓の外の景色があっと言う間に流れていくのを横目に、手持ち無沙汰に弄る手の中の音楽プレーヤーから流れてくる少し前に流行った曲を何度も聴き流している。目を瞑ってしまえば良いのかもしれないけれど、逸る心がそれを許してくれない。
――だって、目を閉じてしまったら、アイツの顔しか浮かばなくなるじゃないか。
人に聞かれたら馬鹿にされるんじゃないかって考えが、さっきから頭の中を巡って離れないのだから仕方ないんだ。そう言いわけをして視線を遠くに飛ばす。もう少し、あと少しで届くから。そう、だから、と背筋を伸ばして、あとほんのちょっとの距離を静かに待つことにした。



上京して二年目。チームの雰囲気は良いし、皆の調子も上がってる。授業の方も問題なし。先日提出したレポートも評価が良かった様で上々だ。体調も万全。不調は感じられない。そんな絶好調の最中である俺だけれど、どうしても足りない、足りていないものがあった。
それは、遠く離れている恋人のこと。
遠距離だから仕方ない。それは分かって離れている今、俺はどうしても我慢が出来なくなってしまった。
だって仕方ない。今日は練習が休み。日曜日だから講義も無い。そして俺は鬱憤が溜まっている。
会いたい。
会いたいんだ。
一目見るだけで良い。それ以上しちゃうと多分今の俺は際限なくなりそうだから、本当に見るだけ。バレーしてるところを見れたら、それで満足しよう。
そう考えてしまったら、財布とスマートフォン、最低限必要なものだけをポケットに突っ込んで家を飛び出して来てしまったのだ。我ながら勢いって怖い。
そんなことを思いつつ、久しぶりに降り立った地元の駅で、真っ直ぐに目指すのは恋人がいるはずの烏野高校だった。折角来たのに顔を見せないことに家族や友人に罪悪感が浮かぶけれど、それは今度別の形で詫びることにしよう。
目指す場所へと届けてくれるバスを見付けて、さっさと飛び乗った俺の足は軽い。思わず鼻歌を歌ってしまいたくなるくらいだけど、人前ではやるな、と幼馴染に口酸っぱく言われているのでそこは抑えておく。
時間帯の所為かそんなに人が乗っていない車内で、窓際の席に足を屈めて座ったら、耳に挿したままのイヤホンから流れてきているはずの音楽が随分前から全く頭に入ってきていなかったのにやっと気付いて苦笑しかできない。
全くどうしようもない。
軽く息を吐いてさっさとスイッチを切ったらそそくさとポケットに仕舞い込んだ。



バス停から歩いて数分。目の前に見えてきた校舎に気分がどんどん上向きになっていく。校庭では野球部が走り込んでいるのが見える。テニス部の黄色いボールがフェンス近くを飛んでいるのも見えた。だけどそれらを全部横切って、目指すのは体育館。数回しか来たことが無いけれど、それでも間違いなく辿りつける自分のこういうところがなんだか妙に笑えて仕方ない。
渡り廊下の先、入口が見える。ここまで来て、もしかして今日はここにいないんじゃないだろうかって考えがちょっとでも浮かぶことは無かった。
絶対いるって、なんの根拠も無しに思い込めたから自分でも本当に不思議なんだけれど。
でも、ほら。
体育館の床をシューズが擦る音。ボールを叩き付ける音。これだけ聞けば、そこにいるのが恋人だって、――飛雄だって分かったから、俺も大概だ。
サーブを打つ音が、バシン、と響く。こっそりと開いたままの扉から中を覗き込めば、そこにはこちらに背を向けてボールを持ち上げる飛雄の背中があった。どうやら今は一人の様で、他のメンバーが見当たらない。今は休憩中なんだろうか。
「……」
前に見たときよりもっと大きく見える背中に、無意識に手を伸ばしそうになって慌てて引っ込める。
主将を任せられた、と聞いたのは数カ月前。電話越しに、緊張と不安と、任せられた責任と、そして誇らしげな嬉しさを感じられたのが懐かしい。すっかり板についた様に見えて、その頼もしさになんだか悔しくも思うのだ。
壁に背中を預けて、飛雄が打つサーブの音を聞く。規則正しいその音が、彼の心音そのままの様に聞こえて、安心している自分がいた。
心地良い、その音。
飛雄がそこにいる音。
録音してやろうかな、なんて思いついて、いやいやいくらなんでも、と視線をもう一度体育館の中に向けたら、

「……」
「……」

視線が、合った。

「あ、」
やばい。
逃げよう。
なんで逃げる必要があるのかなんて考えることも出来ずに本能的にその場を離れようとした俺を、コンマ数秒我に返るのが早かった飛雄の手があっさり掴んできたんですけどやだ早いよ飛雄ってば。
「ちょ、ちょっと待ってくださいなんで逃げようとするんですか!?」
「ええ?だって俺飛雄ちゃんを見に来ただけだもん」
言外にだからそれ以上は無理だよ、と言ったつもりが欠片も伝わってないんだよねコイツには。
「あんたはそういうつもりでも俺がそれではいそうですかって素直に帰すと思うんですか馬鹿ですか鬼畜ですか」
「ちょっと、俺は馬鹿でも鬼畜でもないよ!?」
「俺を見に来たって、」
「うん、見に来たよ」
「だったらなんで先に連絡くれないんですか」
「だって、今日の朝思い付いたんだもん」
「それでも!連絡くらいください!」
「ええー、やだよ」
お前の邪魔したくないし、と小さく言えば、これ見よがしに盛大な溜息を吐かれたんだけど、なにさ失礼な。
「あんたってひとは……いや、もういいです」
「ちょっと、何その投げやりな言い方」
「俺が何言っても、こうと決めたら動かないでしょうが」
「そりゃそうだけど」
「だったら俺がどうこう言うよりも、こうした方が早いですからね」
「は?」
飛雄が掴んだままの手が思いっきり引っ張られて、ちょっともうちょっと優しく出来ないの?って悪態吐く間もなく気付けば飛雄の腕の中で、一気に目の前に飛雄の顔が広がって、匂いも、感覚も、五感全部で飛雄を感じてしまったら、もうダメだった。
無我夢中で手を伸ばして首筋に顔を寄せれば、背中に回った飛雄の手が俺のことを確認するように何度も撫ぜた。
「あのさ、飛雄」
「……なんすか」
「他の皆は?」
「今は買い出しに行ってます」
「お前一人残して?」
「監督に頼まれた用があったんで」
「そう、それで何時頃に皆戻ってくるの?」
「あと三十分はかかります」
「……」
「……」
見詰め合って睫毛が触れあうくらいの距離で、飛雄の視線が痛いくらいに俺に伝えてくる。
あと少し、顎を上げれば触れることの出来る唇の柔らかさを思うと、俺の心臓は馬鹿みたいに運動してる。
どうしよう、とか、人が来たら、とか、色々頭で考えてはいたんだけれど、

「……とおるさん」

卑怯だよねえ、そんな声で呼ばれちゃったらさあ。
「……埃っぽいところはヤダよ」
「大丈夫です。この前掃除したばっかりですから」
なんてさ、胸張って言うんだからもう、連れて行かれる先が体育館の用具室だろうと、トイレだろうともうどこでもいいからさ、
「飛雄」
「はい?」

「俺のこと、お前でいっぱいにしてよ」

カラカラなんだよ、って言ったら、俺もですよって真っ直ぐな目の飛雄が真っ直ぐに言うから、身体中の温度が二度くらい上がった気がした。
顔が熱いし、心臓も遠慮なく動くしで眩暈がしそうだったんだけど、多分俺と同じくらい顔を赤くしてる飛雄が、火傷するんじゃないかってくらいの温度を唇から伝えてくるから、何度も舌を絡ませてお互いの唾液を啜ってやっと、ああ、渇きが癒えたって思ったんだ。








「……ちょ、ちょっと!?」
「なんですか」
「何ですかって、俺が何ですか?だよ、なに、どこ触って、」
「どこって、徹さんのイイトコロを」
「どこのAVのセリフだよもうやめてよこれ以上はしない!」
「どうしてですか!?」
「キスと抜くだけで我慢してよ!俺そういうつもりなかったから、後ろは何の準備もしてないって、……っおいこら!聞け!」
「大丈夫です」
「ナニが!大丈夫だっていうの!」
「俺が全部やりますから」
「……ちょ、待って待って、ステイ!飛雄!目がマジって、こら!飛雄って、ば、」

「いただきます」

……手を合わせて言うんじゃないって、後で殴っていいかなあ。飛雄の馬鹿たれ。ああもう、嬉しそうに笑うんじゃない。
悪くないって、思っちゃうんだから。








20141201
…成長した影山君に夢見てます。






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