軽率に



軽率に
単純に
赤裸々に
それはもう、






(――ああ、なんだ、暑いよ?)
そんなことをぼんやりと考えていたら、背後の熱がひたりと押し付けられてくるので一気に頭が覚醒した。
ず、と身体の中を、例えて言うなら一本の槍の様なモノで突き上げられて、ひ、と息を飲む。
は、と項に吐き出された息が馬鹿みたいに熱くて、その熱の正体を思い出して思わず笑いそうになったのは仕方ないことだと思うのだ。
「お、いかわ、さん……」
熱の本体。
身体の中で動いているソレ。
今もゆっくりと押し付けられては引き出されてを繰り返されて、その度にどうしようもない快楽と少しの痛みに視界が滲む。
「と、び、ぉ、」
(――この、馬鹿たれ)
こんなところで盛るなんて、お前は発情期か何かの犬っころか、とそこまで言いたかったのだが、残念ながら今はそこまでの余裕は保てていない。
肩越しになんとか振り返ろうとして、壁についていた手が汗で滑った。やばい倒れる、と思った瞬間、以前よりも随分と逞しくなった腕が自分の腰に回されてそのままあっさりと身体を反転させられる。
かたん、と軽い音が床で跳ねた。立てかけてあった傘か何かが倒れたんだろうか。
「んっ、」
だが、そんなことに気を取られそうになっても、直ぐに目の前の存在が思考の全てを自らに置き換えようとしてくるのだ。
「よゆう、ですね」
「っは、そう、みえる?」
口元だけで笑ってみせれば、途端に不機嫌そうになった目の前の男が、お返しと言わんばかりに深く突き上げてくるので息が止まる。
「〜〜っくっそ、この、」
「ねえ、おいかわさん」
甘ったるいどうしようもない程の糖分が含まれた声が耳の直ぐ傍で鼓膜を震わせた。

「いまは、おれのことだけ、かんがえてください」

そんなのいつもだよ、と笑って返すことも出来ずに、その後襲ってきた熱にいい様に翻弄されてしまい、ひくりと息を吸い込んだと同時に口を塞がれて結局呼ぼうとした男の名前は吸い取られたまま、聞くに堪えない掠れた声で悲鳴を上げるしか出来なかったのだった。


***


それは、まあ。自分にも責任が無いわけではないと思うのだけれど。
だからと言ってこれはどうなんだろうかと問い詰めたくなる気持ちを察して欲しいのは我儘か。
「……」
「及川さん、気付きました?」
「ねえ、」
「はい」
「何、この状況」
「何って」
「なんでお風呂」
「及川さん、トんじゃったから俺が運んだんですけど」
――抱えたときにも思ったんですが、及川さん、少し軽くなってません?
無言で裏拳を使ったら、お湯の中の所為で威力が余り出なかったのだが、それでも多少の威力にはなったようだった。
げほ、とワザとらしく咳き込む背後の男に身体を抱えられたまま湯船に浸かっているという今の状況を客観的に考えて頭が痛くなる。一人でものびのびと入れる浴槽であるから一般的な平均体型を超えた男が二人で浸かるのもまあ不可能ではないにしても。
……っていうか。
「おい、こら」
「なんですか」
「なんで抜いてないのまだ入ったままなのそんでおまけに元気ハツラツなままなの??」
意識してしまった途端、うっかり中のモノを締め付けてしまって自分の首を簡単に締めてしまう。
「だって、抜きたくなかったし、及川さんの中めちゃくちゃ気持ちいいから」
「……死ね」
「腹上死なら、考えてもいいです」
「待ってどこでそんな言葉覚えたのお前」
「何だっていいじゃないですか」
「は?」
ぐり、と腰が動いて中のモノが意識を持って自分を追い詰めようとしてくるのに本能的に逃げたくなったが、どうせ逃げられないし、逃げるつもりも自分には無いのだ。素直に認めたくないけれど。
「……可愛くない」
「俺が可愛くてもしょうがないじゃないですか」
「そうだけど」
「それに、俺の分も及川さんが可愛いしキレイだからいいんですよ」
どこがだよ、っていうかそれは誰のことだよ?と言い返そうとして口を塞がれた。
ああもう、気が緩み過ぎている。
「ふ、ちょっと、ここで、ん、あ、……する、の?」
「嫌ですか?」
「嫌って、いうか、」
さっきから自分の声が反響していて、風呂場だっていうことを嫌でも意識してしまう。ここは防音はしっかりしている作りだけれど、だからと言って声を出し過ぎるのもどうかと思う訳で。
「声、が」
「声?」
「響く、から」
「俺はいいですよ」
いや、及川さんは良くないんですけど?!と身体を起こそうとすれば、脇から前に伸びた手が悪戯に胸の先を摘まんでくるから性質が悪い。いつの間にこんなこと出来るようになってんだこいつは。
「立ってる」
「そりゃ、触れれば、立つよっ」
「俺が育てたんですもんね」
「ちょっと、黙ろうか?」
何そんな得意気な顔してるんですかこの男は。
クソ生意気な後輩に違いはないが、初めて出会った数年前よりは随分と身体に厚みが増してきて鍛えていると良く分かる。今では自分とそう変わらない体格にまで来てしまっている様で複雑な思いだ。
誰だって成長していく。だけれどこいつの成長速度はなんていうか、倍速じゃないかと疑問に思うくらいの勢いだと常々考えているんだけど、どうなんだろうそこのところ。
「飛雄、ちょっと確認なんだけど」
「はい?」
「さっき思ったんだけど、お前、また身長伸びたでしょ」
「あ、分かります?でもまだ月島程はないんですよね。あいつもまだ伸びてるから畜生」
「お前、相変わらずあのメガネ君と張りあってんの」
「だって、ムカつくんですよ、あいつ」
「お前も相当だと思うよ」
「なんで日向と同じ様な事言うんですか……」
「チビちゃんもお前たちを良く見てるよねー。元気?」
「……元気ですよ。無駄に。身長の変化ははあんまりですけど」
「お前、それチビちゃんに言ってやるなよ?」
「言っても気にしませんよ。日向は。――ていうか及川さん」
「ん?」
「俺、まだ入ってるんですけど」
「ああ、そうだね」
「萎えさせようとしてます?」
「んん?いや、そういうつもりじゃないんだけど」
「じゃあ、動いていいですよね」
「オイ、オイコラ、ちょっと待て」
不埒な動きをしようとする両手を止めて、背後の男を振り返れば唇を尖らせて不貞腐れた顔をしているから目を開く。
「なに、そんな顔してんの」
「だって、及川さん」
腰に回っている手でしっかりと引き寄せられて、自分の弱いところに尖端が掠めて思わず声が出る。
「ひゃ、」
「日向とか、月島とか、今はそんなこと聞かなくてもいいじゃないですか」
先にメガネ君の話題出してきたのお前だよね?と言おうとした口から零れるのは吐息だけだ。
言いながら小刻みに腰を動かすなこの馬鹿トビオ!
「ん、う、こ、こら、俺まだ、」
「さっきは玄関で二回出したから、」

「ここでも二回。いいですよね?」

それ、拒否権ないだろう。
あっても使わないだろう自分を知っていても、つい悪ふざけの様に言ってしまうのはもう自分の習慣だから仕方ない。それに言っても言わなくても、結局自分がそんなことはしないのをコイツも知っているから、お相子の様なものだ。多分。
ちゃぷ、とお湯が跳ねる。
のぼせない様に温度が低めに設定してあるのに、そんなところまで気がまわる様になったコイツに生意気なんだよ畜生と胸中で呟いて、後はもう、取り敢えず声がこれ以上響かない様に必死で唇を引き結んだ。


***


二年前の高校三年生、最後の春高を目指していた俺たち青葉城西は、ウシワカちゃんたち白鳥沢に中学三年のときの様に1セットを取って一矢報いたものの結局決勝まで勝ち上がれなかった。最後の最後、ウシワカの叩きつけたボールが響かせた音は今でも残響の様に耳の奥にこびり付いている。悔しくて仕方がなかったが、それでもどこかやり切った気持ちもあって、俺たち三年は胸を張って引退が出来たのだ。
だから、そんな地方大会止まりの俺を、関東の名立たる強豪の大学がスカウトに来るなんて想像もしていなかったのが正直な意見だった。
スカウトの話を貰ってから俺がそれを素直に岩ちゃんに伝えれば、
『お前はお前が思ってる以上に周りからちゃんと見られてるんだよ、ボゲ』
と、褒めているんだか貶されているんだか分からない言葉と、まるで自分の事の様に嬉しそうに笑ってくれる幼馴染の顔に俺はらしくもなく泣き出しそうになったのだ。

条件的に一番合致する大学に決めて一人上京した俺は、最初の一年こそ新天地での生活とバレー漬けの日々に振り回されて目が回る様な毎日だったが、それでもセッターとしての役割は自分でも思っていた以上にはこなせていたと思う。
それは入ったばかりの俺をちゃんと信じてくれるチームメイト達に恵まれた結果だとは思うのだけれど、こちらで出来たチームメイト兼友人(というよりは悪友)の一人の黒尾にそう言えば、
『お前、案外可愛いところもあんだな』
なんてニヤニヤ笑いと共に言われたのでとりあえず一発殴っておいた。――不覚だった。顔は赤くなっていなかったと信じたい。

だからそんなこんなであっという間に過ぎていった一年。俺はその間に故郷にいる『恋人』の飛雄に余り意識を向けてあげられなかったのは自覚していた。
時折メールやLineで会話するものの、俺が寝落ちてしまうことが多くて、申し訳ない気持ちの方が多かったのだ。
遠距離なんて初めてだし、飛雄も二年生に上がって後輩も出来て忙しいだろうし、ひょっとしてこのまま自然消滅もあり得るのだろうか、と気落ちしたこともあったけれど、俺よりもよっぽど俺を分かっていて気にかけてくれていた飛雄は、バレーにばかりかまけて使わずに取っておいた、という数年分のお年玉を使って年末にわざわざ俺に会いに来てくれた。
ちょっとうっかり泣きたくなるくらいには感動して(涙腺弱くなったかな)、その日はいつも以上に燃え上がってしまい散々喘いで互いを求めてを繰り返して気付けば空が白んでいたのだからどれだけ必死だったのかと笑ってしまった。当然、朝起きて立ち上がれなかった俺は、今日練習が無くて本当に良かったと頭を下げる飛雄の旋毛を眺めながら思ったんだ。

そして今年。二年に上がって少しは余裕が出来た俺は、今度は飛雄の方が三年になって忙しくなるだろうから、そこは年上の『恋人』としてしっかりと応援してやろうと思っていた。
思っていて、だからつい数日前の電話の際に、『今度の定期テストの結果が良かったら、俺がお前のして欲しいこと一日かけて全部してあげる』なんて言ったのは確かだけれど。それはそうなんだけど。嘘じゃないんだけど。
今日練習が終わって借りているアパートに戻ってきて、シャワーでも浴びようとタオルを取り出したと同時に鳴った玄関のチャイムに、こんな時間にまた誰が、と返事を返しながら開けた瞬間、見覚えのある手が突きつけてきたのは一枚の紙。良く見てみればそれはテストの結果の様で、前回からの順位を大きく五十位ほど上げてきた(元々低いというのは置いておいて)という普段の彼を知る人が見たら目を剥く様な結果が書いてあり、呆然としながら顔を上げれば馬鹿みたいに嬉しそうな顔をした飛雄が俺に手を伸ばしてきてあっという間に扉は閉じられ引き寄せられて無茶苦茶にキスをされて、そしてあれよあれよという間に玄関なんていつ人が来ても可笑しくない様な場所でガッツリ美味しく頂かれてしまった訳ですが、

「おいかわ、さん、またかんがえごと、して、ます?」
ぐい、と引き寄せられていつの間にか対面状態でいる今の状況をはっきりと意識させる様にねっとりとしたキスをされて、ただでさえ酸欠一歩手前くらいの俺は苦しくて、でも気持ちよくての両方がせめぎ合って涙が滲んだ。
「……ちが、ぁ、うよ、」
「ほんとう?」
「ひぃ、っ  あ、うそじゃ、な、」
「それなら、ゆるしてあげます」
許してあげる、なんて言いながら、ちっとも緩めてくれない腰の動きに反響する自分の声が頭の中でも響いている様に聞こえた。
「はは、おいかわさん、とろとろ」
「ば、か、とび、お」
「なに?なにがばかです?」
「んゃっ あ、は」
「ねえ、いってくださいよ、おいかわさん」
「とび、お、ねえ、ねが、っ」
「なんですか?」
「おね、が、おねがぃっだ、から」
震えて自分の思う通りに動かない手をなんとか伸ばして、目の前で俺だけしか見ていない愚直で可愛い恋人に向かって、口を動かした。

「な、まえ、」

「え」

「とお る、って、よんで」

いつだったか、二人のときだけは名前で呼ぶように、なんて言ったのは俺からだった。だってさ、その方がトクベツって気分になれるかなって思ったんだけど、その後直ぐに飛雄に名前で呼ばれたらなんかもう気恥かしいを通り越して訳も無く飛雄の頭を思い切り叩いてしまった。その後直ぐにこっちから謝ってやっぱり言わなくていいって言ってしまったけれど、偶に、本当に偶に言われたくなる(毎回はダメだ。死んじゃう。多分)。
あの、俺だけを見て、俺だけしか知らずに、一切の脇目も振らずに本当に俺ただ一人だけを望んで、求めて、追いかけてくる飛雄の声で。

「とおる、さん」

――耳から、妊娠しそう。
そんなことを本気で考えてしまうくらいには身体も心もふやけてしまっていた俺は、良く出来ました、と自分の中にいるトビオちゃんの飛雄君をしっかりと締め付けてあげたので、飛雄君は益々元気に、――っていうか、そろそろ打ち止めとかないのかな?
無いか。まだお互い若いしね?
ペロリと唇を舐めてやったら、発火した様に目が光って、

――ああ、これはもうしばらく離してもらえないなあ。

「だいすきだ、よ、とびお」

思ったことを素直に口にすれば、泣きそうに顔を歪めた飛雄が俺の身体を抱き込んだ。
手加減無しだから、正直痛いんだけど、でもその痛さも飛雄がくれるものなら、受け止めてやりたいなんて、数年前の及川さんじゃあ考えもしないことを思ってしまうんだから、本当にもう厄介としか言いようがない、どうしようもない恋を、俺は、――俺たちは、しています。








20140907
…たまにはらぶくてもいいかなって。






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