きいろのきつねとみどりのたぬき・1



かさかさと枯れ葉が足元で舞う。毎日毎日キリが無い、と思うも、これも自分の立派なお勤めの一つであるのだから手は抜けない。
まだまだ小さな手のひらを見詰めて黒子は小さく息を吐いた。空気に触れても白くはならないのはここがとても清浄な空気に包まれているからで、下界では『冬』にはこうして吐く息が白く見えるのだそうだ。
そう、楽しそうに教えてくれた自分にとっての唯一の大切なひとを思い浮かべながら、黒子は竹箒をしっかりと握り締める。後少しでここもキレイになる。そうなったら、もう一つ、自分にとって一日の中で一番のお仕事に向かわなければならない。
はあ、と手のひらに息を吹きつけて、黒子はまた枯れ葉を集め出した。





やっと仕事(庭の掃除だ)を終わらせた黒子は手を洗うのもそこそこに急いで廊下を歩いた。走るようなことはしない。音を立てないように極力抑えて足を動かして目当ての部屋の障子が目に映ったところで、頬を緩めたのだが、その障子がすっと開いたので驚いて足を止める。
そしてそこから出てきたひとに黒子の眉間は皺が寄った。

「……おはよう、ございます」
「……おはよう」

挨拶だけはきちんと。
それは黒子の大切なひとに一番最初に教えてもらったことだ。例えそれが自分にとって一番苦手なひとであろうと、それは果たされなければならない。そして、それはこのひとも同じなのだろう。

「主さま。きぃさまは、いらっしゃらないのですか?」
「黄瀬はもう起きている」
「そうですか」

それならばもう用は無い、と黒子は目の前のひとの横を会釈しながら通り過ぎようとしたのだが、それはできなかった。むんず、と首根っこを掴まれて身体が宙に浮いてしまったのだ。

「お放しください」
「断る」
「ぼくが何かしましたか」

そう尋ねてみると、目の前のひとは眉間の皺を寄せながら自分の顔を眺めてきた。

「お前、黄瀬のことを『きぃ』と呼ぶのはやめろと言っただろうが」
「言われました」
「では、直ぐにでもそれを止めるのだよ」
「できません」
「何だと」
「きぃさまが、お許しくださったのです。きぃさまは、僕がきぃさまと呼ぶことをよろこんでくださいます。ですから僕はきぃさまはきぃさまとお呼びすることをやめません。――ですから主さま」

自分を掴んだままのひとを主、と呼び黒子は水色の眼差しを向けた。

「きぃさまに直にお伝えください」

そう言えば、主は苦虫を何匹も噛み潰したような顔を見せた。このまま離して貰えなかったらどうしようかな、と黒子が無表情で考えていると、主は些か乱暴な所作で、それでも自分を下ろしてくれた。

「俺を主と呼ぶのだから、黄瀬のことも主と呼ぶのが当然だろう」

悔し紛れの様な科白に、不敬だ、と思いつつも笑いそうになってしまう。

「――ですが、主さま。主さまときぃさま、お二人のことを『主さま』とお呼びしていたら、いったいどちらを僕が本当にお呼びしているのか、お二人にとても分かりにくいと思うのですが」

そう言って随分と高い位置にある顔に目を向けると、まん丸と開いた翡翠の瞳がそこにある。
――してやったり。
そんな風に思ってしまう自分はまだまだ修行不足であるな、と黒子は思いながら、さていつこの方の横を過ぎて良いだろうか、と考えていると奥の廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきたので耳を立てた。

「あ、おはようっス、緑間っち、黒子っち!朝ご飯できたっスよー。冷めないうちに食べよ?」

角を曲がったところでひょこりと顔を出したひとは、黒子にとっての唯一のひとだ。
ゆっくりと顔を出した朝日に照らされ始めた廊下の先、その光を弾いてキラキラと輝く黄金色の髪を持つそのひとは、本当に光の様に美しい方だ。

「きぃさま、おはようございます」
「ふふ、おはよう黒子っち。今日も寝ぐせがすごいっスねえ」

真白い手が伸ばされて、黒子の水色の髪の毛を手櫛で梳いた。慌てて自分で直そうとするが、どうにも思う通りに戻ってくれない自分の髪が恨めしい。恥ずかしくて俯いてしまうが、黒子のもう一人の主である黄瀬は、鈴が鳴る様な声で笑いながら黒子の脇に手を差し込んで抱き上げてしまった。

「わ、き、きぃさま!」
「黒子っち、ちょっと大きくなってきたっスね」
「え、本当ですか!?」
「うん、本当っスよ」

まだまだ小さい自分だが、こうして黄瀬に言われるのだから少なからず成長はしている様だ。嬉しさが顔に出たのだろう。緩む口元を見て、隣の主が憮然とした顔をして自分の頬を思い切り摘まんできた。

「……あひゅじはま、ひたひでふ」
「痛くしているのだよ」
「はらひてふだはい」
「何を言っているのか、分からんな」

きゅうきゅうと引っ張られる頬が痛い。思わず滲みそうになる涙がぽろりと零れる前に指は離れていった。

「こーら、緑間っち!黒子っちをいじめない!」
「いじめてなどいない」
「もう、黒子っちはまだ小さいんスよ?ちゃんと大事にしてあげないと」
「そんな狗など知らん」
「またそんなこと言って!」

黄瀬が自分を摘まんでいた主――緑間から助けてくれた。そしてこうやって優しく抱き締めて貰えるのだから、こんな頬の痛みは些細なことだ。

「大丈夫っスか?黒子っち。ああ、ほっぺが真っ赤っス」
「だいじょうぶです、きぃさま」
「もう、緑間っちにはあとでちゃーんと怒っておくっスからね!黒子っちにはこれで」

そう言って、黄瀬は黒子の赤くなった頬に軽く唇を触れさせた。
羽の様な軽い感触に黒子が呆然としていると、隣の緑間も同じ様に呆然とした顔をしている。

「早く治るおまじないっス!」

さ、ご飯が待ってるっスよー

黒子を抱き締めたまま歩き出した黄瀬に、緑間は慌てて追いついた。

「き、黄瀬!」
「何スか?」
「お、おまえ、そいつに今、」
「おまじないっスよ?」
「おまじないって、お前な!」
「昔同じこと、緑間っちがしてくれたでしょ?」

思い当たる節があるのか、緑間の身体が石の様に固まってしまった。

「忘れた?」
「……忘れてなどいない」
「良かった」

そういうと、黄瀬は本当に嬉しそうに笑って黒子を腕に抱いたまま伸びをした。
ちゅ、と軽い音が上から聞こえたが、黒子は視線を上げることはしなかった。それは自分は見てはいけないものだからだ。

「……さ、今日は緑間っちの好きなホウレンソウのおひたしもあるっスよー。黒子っちの好きなしじみのお味噌汁もあるからね!」

ふわふわとキレイな笑顔が向けられる。
僅かに染まった頬の色もキレイだ、と思いながら黒子ははい、と返事を返した。

「きぃさま、僕お庭のおそうじもう終わらせました」
「ええ!本当!?すごいっスね黒子っち!」
「はい、だからご飯終わったら直ぐに栗拾いにいけます」
「そうっスね、たくさん拾って今夜は栗ご飯にするっスよー!」
「はい!」
「……黄瀬」
「なんスか?緑間っち」
「俺も手伝う」
「ふふ、うん、三人で拾おうね」



和やかな会話が響く、山の奥。
ここは、人間の入ることの許されないお山のひとつ。
守っているのは黄色の狐と緑色の狸、そしてもうひとりは水色の子狗。

「さあ、召し上がれ」

両手を合わせていただきます。
今日も一日が始まります。







20130915
拍手文の緑黄の和物パラレルです。
当初は黒子っちは別の役で登場予定だったのですが、なんかこっちの方がかわいいと思ってしまったので路線変更。
黒子っちは黄瀬君が大好きです。
緑間君とは犬猿の仲です。
どうして三人が一緒に暮らすことになったのか、とかそのうちに。はい。






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