遠きに行くは必ず邇きよりす






清々しいと、そう誰もが言うだろう朝を赤司征十郎は一人歩いていた。寒い日が続く中だが、このキンと冷えた空気が自分の身をいっそう引き締めてくれる様に思う。まだ生徒も疎らな校内を今日一日が穏やかに過ぎる様願いながら体育館に向かって足を進めていると、いつの間にか自分の前を歩いている見慣れた水色の髪を見つけて赤司は声を掛けた。
「やあ、黒子。今日は随分と早いね」
「赤司君、おはようございます。そういう赤司君も、もう来ていたんですか」
「今日は何かいつもの時間よりも早くに目が覚めてしまってね。少し早いがまあいいかと思って来てしまったんだよ」
黒子もマネージャーとして自分たちの為の朝練の準備もあるかと思うが、こんなに早いのは珍しい。お前はどうしたんだ?と赤司が聞くと、黒子はそれはもう晴れやかな笑顔と共に口を開いた。

「今日は私の本懐を遂げる日ですから」

……え?
どういうことかな?と素直に聞いてしまうと、黒子は今日の天気の様な晴れ晴れとした顔で感極まった様に胸を押さえている。
「長かった……長かったですよ。今日のこの日の為に私がどれだけの苦労をしてきたことか……。桃井さんという超協力なバックアップがなければここまでの準備はできなかったでしょう。彼女の助け無しにはスタート地点にすら立てなかった……持つべきものは素晴らしい親友ですね。今日のミッション成功の為に、私は私のもてる全力を出し、万全の態勢でこれから降りかかるだろう全ての障害を退ける所存……!」
来るならこい!と誰もいない空間に向かって拳を握りしめている黒子の姿は周りに自分以外誰もいなくて良かった、と心の底から赤司に思わせるだけの威力があった。
素直に言います。怖い。
これは今日これ以上彼女に関わらない方が自分の身のためだ、と直感が告げている。
そう分かっているのだが、そうできない理由があった。
だって、黒子がこんなに燃えさかっている理由ってひとつしかないじゃないですか。
(黄瀬がらみなんだろうなあ・・・)
そうだ。他の何はさておいて、彼女がここまで力を入れる理由に黄瀬の存在無くしてあり得ない。いったい今日は何があるんだ、とやや顔色を悪くしながら今日の日付を思い出した赤司はハッとして無意識にぽろりと言葉を落としてしまった。

「あ、今日お前誕生日だったな」

瞬間、殺気が込められた視線を向けられて悲鳴を上げたくなった。いや、あげませんけど男の子ですし。
「……ふ、さすがですね赤司君。存在感の薄い私の誕生日までしっかり把握しているとは中々できない芸当ですよ褒めてあげます」
「何故だろう。ちっとも嬉しくない気がするのは……まあ何だ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「そうか。それでか。何か欲しいものでも手に入る算段がついたからこんなに盛り上がっているのか?」
何の気なしに言った言葉は、的を得た上に突き抜けて偶々飛んでいた鳩すら打ち抜くものであったらしい。
「ええ!」
すごく輝く笑顔なんですけど。僕お前のそんな顔見るの初めて、でもないな。あれは確か黄瀬と付き合うことになった日もこんな顔してた……あれ、ちょっと待て?さっき自分は何を考えた?黒子がこんなに喜ぶ理由に黄瀬が絡まない訳がないと……まさか、
「それでは赤司君。朝練で会いましょう」
「ちょっと待て黒子!」
なんか知らないがここで自分が黒子と止めておかないと、黄瀬にとんでもない事態が巻き起こるのだけは察した。
「黄瀬に何をするつもりだ!?」
「何って、人聞きの悪いことを言わないでください赤司君。私はまだ何もしていませんよ」
「まだって言った!今まだって言ったな!これからするんだろう、何をするんだお父さんに言いなさい!」
「だから、君。いつから私の父親になったんですか」
「いいから言え!」
悪い予感がしてならない。ふう、と溜息を吐く黒子にもう一度強めに促そうとしたそのときだった。
「黒子っちー!赤司っちー!おはようございますっスー!」
背後からパタパタと軽い足音と共に話題の渦中にあがっている当人が眩しい笑顔と共にやってきた。
……何故だろう。黄瀬の背中に真っ白な羽が見えるのはいつものこととして、他にも鴨とネギと土鍋が見えるのは。あ、他にも具材がいろいろ見える。
頻りに目を擦っている赤司に黄瀬が大丈夫っスか?と声を掛けてくれているのだが、何だ今のは幻覚か?首を傾げつつ黄瀬の後ろに羽以外がないことを確認してから赤司はおはよう、と声を掛けた。
「おはようっス、赤司っち!二人とも早いっスね」
「黄瀬君も早いですよ、おはようございます」
「おはよう、黒子っち。えへへ、今日のこと考えたら楽しみで早く目が覚めちゃったっス」
「黄瀬君くそかわ」
「黒子、声出てるぞ」
そっと赤司が指摘してやると黒子は黄瀬から全く視線を反らさないままで分かっているから黙っていろとオーラを発している。怖い。
「あとね、あとね、黒子っち、お誕生日おめでとう」
「昨日の夜も一番に電話で言ってくれたじゃないですか」
「何度でもっス!今日は黒子っちが生まれてきてくれた大切な日なんスから。何度言ってもいいんスよ、俺は何度も言うっス!」
おめでとう、生まれてきてくれて、俺の傍にいてくれて本当に嬉しい、ととろけるような甘い笑顔と声でそんなことを言ってのける黄瀬は完璧に無自覚である。
黄瀬、あのね、ちょっとセーブしてあげて。電話越しじゃない生のお前にそんな顔でそんなこと言われちゃうとね、お前の彼女、無理だから。耐えられないから。ほらお前は気づかないかもしれないけどね、お前の見えない位置にあるコンクリの壁、ヒビ入ってるから。何故って?お前の彼女の鉄拳だよ。黄瀬君可愛いメーターが振り切れた黒子は周りの物に八つ当たりするからね。一番被害を受けるのはお前の憧れの青峰っちだからね。まあ知らないだろうけれど。これからも知ることはないんだろうけれど。
「……っありがとう、ございます」
「ふへへ、黒子っち」
あのね、あのね、と黄瀬が黒子に耳打ちしている。内緒話をするように黄瀬が黒子にひそりと呟いた言葉はそんなに離れていない位置にいた赤司にも聞こえてしまった。
「大好きっス」
頬を染めて嬉しそうに、幸せに。黄瀬が伝えた告白はどこまでも純粋な色でただ眩しかった。
端から見ていれば幸せなごく普通のカップルの姿であるのだが、それだけで済まない一方の内心を知ってしまっている赤司にとっては先ほどから頭の中で警報が鳴り響いて止まらない。
膝を屈めて黒子の手をそっと掴んで真下から黒子を見上げる位置にいる黄瀬の姿は絵本の中の王子様そのもので、こういうことを普通にやってのけるから黄瀬はすごいんだよな、と感心してもいられないのだ。
お願いだから、早くその子から離れて!食べられちゃう前に!そうぺろりと頭から!
そんな願いが天に届いたのか、赤司の目の前で信じられないことが起きた。
「……黄瀬君」
「何スか?黒子っち」
「私、赤司君と部活のことでお話があるので、先に部室に行っててくれませんか?」
え?黒子さん?話って?
目が点になるとはこのことか。
赤司が動揺を隠しきれずにいることなんて気づかない黄瀬は、お話の邪魔しちゃってごめんなさい、とあわてて謝りながら鞄を背負い直し赤司と黒子の前でぴょこんと頭を下げると、それじゃ先に行ってるっス!と軽い足取りで部室まで駆けていってしまった。去り際に早く来てね、と視線で訴えていた黄瀬の頭にはぺしょりと力なく垂れ下がったわんこの耳がオプションで見えた。
わんこテラ可愛い。
あ、黒子の声が。
二人でそれを見送りつつ、恐る恐る隣の気配を伺っていると、やはりというか。黒子が地面に突っ伏していた。
「っく……黄瀬君マジ天使……!!」
うん、それは分かる。分かるんだけど足下のコンクリ、それ以上壊さないでね。手がめり込んで見えるのは気のせいということにしておきたい。
「何ですか!何であんなに無垢で可愛いんですか!可愛いは黄瀬君の為の言葉なんですね、可愛いイコール黄瀬君ですね……世の中に溢れている可愛いは全て黄瀬君の前にひれ伏して当然ですね……危なかったです危うくこの場で押し倒すところでした……」
「それは全力でやめてくれ」
今お前を力ずくで止めることができる青峰がいないんだ。僕ひとりじゃどうにもならない(かもしれない)。
「……じゃあ、僕も部室に、」
「……さて、赤司君」
そっとこの場から逃げようとしたが、逃げられない。
先手を取られた。不味い。だらだらと汗が流れていく。今は冬で、部活の最中でもないのに。何でかな。現実逃避としたくでも横の存在が許してくれそうもなかった。
「……なんだい?」
「私から君にいいたいことはひとつです」
そう前置きをしてから黒子は笑った。
背後に、竜が見えた。なんか雷も光って見える。おかしいな今日は晴天なのに。
「今日は絶対に私の邪魔はしないでくださいね」
邪魔?
何かとてつもなく嫌な予感が赤司の中で横切った。何か、見落としていないか?黒子の普段では見ることが稀な(黄瀬は例外として)笑顔。桃井の手助け。そして黄瀬。――黄瀬?そう言えばさっきの黄瀬は普段と違うところがあった。何だ?思い出せ。制服はいつも通りだ。髪型も顔色も問題無かった。何だ?何が引っかかる?さっきここから離れていくときの黄瀬は、鞄を背負い直していた。
鞄、そうだ鞄だ。いつも使っている鞄では無かった。普段使いでは見られないサイズのあの鞄は、何度か見たことがある。あれを使っていたのは、――まさか、
「気づきましたね、赤司君」
「く、黒子……まさか、お前……!」
「ふ、そうですよ赤司君」
黒子が高らかに勝利宣言を上げた。
「黄瀬君は、今日!私の家にお泊まりをするんですっ!!!」
「やっぱりかーっ!!!」
部活の合宿のときに黄瀬が持ってきていた鞄。それを今日黄瀬は使っていたのだ。あんなに大荷物になるのはそう、泊まるときに必要なものが詰め込まれるためで、お前女子か、と青峰につっこまれていたのはこの前の秋合宿のときだった。
「な、何故だ黒子!」
「簡単なことですよ、赤司君。今日は私の誕生日です!」
「答えの様で答えてない!」
横の柱にうなだれていると、黒子が勝ち誇った様に笑う。
「今日は祖母が同窓会で泊まりでいません。そして、父と母は私が桃井さんと結託して緑間君を巻き込んで勝ち取った商店街の一等商品である温泉旅行に行って今夜はやはりいません!女の子一人じゃ心細いので一緒にいてくれませんかと黄瀬君にお願いしましたらあっさり頷いてくれましたよ、さすが黄瀬君マイ天使!」
「黄瀬えええっ黒子から二人だけでお泊まりなんて打診があったときには僕に一言必ず言うようにってあれだけ言ってたのにいいいっ」
「桃井さんと青峰君も一緒だと言ってありますからね」
「え?そうなの?」
あ、それならまあ問題は無いかな。ぎりぎり。
「ですが桃井さんは今日は急な用事で来れなくなりますし、青峰君には明日の朝に連絡しますが」
「事後報告!!」
それはアウトですね!ええ、アウトです!
何でつっこみが僕一人なんだろう辛い!
「何度夢に見たことでしょう……今夜、今夜ついに黄瀬君を私の手でめろんめろんのぐてんぐてんのぐちゃんぐちゃんにしてあげることができます……!」
「待って、黒子待ってお願い。それ以上は指定がついちゃうから」
「この日の為に研鑽を重ねてきた私の性技の限りを尽くして黄瀬君を純天使から堕天使にクラスチェンジしてみせます!」
「黒子やめてその手の動きやめて!モザイク掛かるから!これが文章で良かった!本当に良かった!」
「大丈夫です!ちゃんとローションもおもちゃも用意してありますから!」
「おもちゃって!」
「ああ、ごめんなさい黄瀬君……私と赤司君が不甲斐無いばかりにあんな無機物で君の花を散らすことになるだなんて……」
「ちょっと待ってどうして僕の所為も入っているんだ!」
「当然でしょう、君がさっさと私にち○こをつけてくれないからこんなものに頼ることになったんですよ!できる事なら私の心の中の愛棒を使って黄瀬君をあんあん言わせたかった……!」
「理不尽過ぎて言葉も出ないよ!」
「まあでもやっぱり最初はこれが鉄板だと思って水色のローターなんて見つけてしまいました!」
「ぎゃあああ見せないでそんな卑猥な!」
「これを黄瀬君に……ふふ、可愛いでしょうね、私の色のローターで黄瀬君をふにゃんふにゃんにしてしまう日がやっと……長かったです……電池も満タンですからいつでもいけますよ!」
「うん、うん、黒子頼むからしまって。それしまってくださいお願い。あとその無駄に決め顔も止めて」
「何ですか赤司君。そんな顔を背けて。こんなのが恥ずかしいんですか。君そんなんで大丈夫ですか男として。こんなの序の口ですよ。もっとすごいのとかありますから今度貸しましょうか。君の後学のために」
「そんな知識要りません!」
「ふう、これだからむっつりは」
「何で僕がむっつりなの!?」
「え、自覚無いんですか?」
え、なんでそんなあんた馬鹿?って顔で見られないといけないの僕。あれ、なんで涙が出てくるのかな。父さん、僕の交友関係は間違っていたのでしょうか。
「まあ、君がむっつりなのは周知の事実ですから今更自覚無しとかどうでもいいですね」
「どうでもよくないよ!?僕のイメージが!誰だそんなこと言ったの!」
「大丈夫ですよ、君の中二設定以上に敵うオプションはありませんから」
「ちっとも大丈夫じゃない!」
どうしよう、こんな朝からクライマックスで、喉が痛い……あ、そういえば昨日緑間に今日の僕のラッキーアイテムはのど飴なのだよって言われて貰った飴が鞄に入っていたな、後で頂こう。すごいな、おは朝。僕も偶には見てみようかな……
「それじゃ、私は仕込みにいきますから」
「ちょっとまってええええ!!?」
黒子の鞄を必死で掴む。これを離してはいけない。絶対。
「仕込みって!これ以上何をするつもりなんだ!」
「愚問ですよ、赤司君」
そう言って黒子が懐からいつの間にか取り出していたのは、
「……小瓶? 」
「ただの小瓶ではありません。おばあ様から頂いた由緒正しい『これでどんな男もイチコロよ★』な媚薬と言う名の私と黄瀬君の明るい未来をサポートしてくれるお薬です」
「違法か!」
「失礼ですね。合法です」
うん、そういう問題じゃない。色々。
「これでおばあ様もおじい様を射止めたというお墨付きの代物ですからね」
「脈々と受け継がれる遺伝子!!!」
原点は確かにあった。
それをこうして知りたくはなかった。できれば過去に戻りたい。
「遅効性ですから、今から飲んでおかないと夜に効き目が出て来ないんです。これを一滴黄瀬君のドリンクに入れるだけで、夜には超敏感な黄瀬君が出来上がる訳ですよ……無味無臭ですから安心です」
「逆の意味でちっとも安心できないよ!」
なんということだ。このままでは何も知らない無垢な黄瀬は目の前で正にハンターの目をしている黒子によって美味しくぺろりと頂かれてしまう……!
「では、私はこれで」
「行かせないよ黒子っ!」
ガッシリと鞄を掴む。せめてこの場で止めておけば、と思って頑張ってみたが、あれ、どうして僕が引き摺られているの?
「くっ、黒子……!?」
「ふ、この私が君ひとりの力くらいで止められるとでもお思いですか!?」
しまったーっ!と思うがもう遅い。
そういやそうだ。黒子は僕よりも大きい青峰をあんなに簡単に放り投げられるくらいの力があるんだ。僕ひとりでどうこうできる訳が無かった。
「そんな……っ」
「そこで手をこまねいて見ているといいですよ赤司君!」
ああ、黒子の笑い声がっ
黄瀬が、僕らの可愛い天使が、目の前の女子の皮を被った狼さんに食べられてしまう……!
そんな絶望に染まった顔をしている赤司の目に、光が映った。
「黒子っちー、赤司っちー、お話終わったっスかー?」
パタパタと駆け寄ってくる黄瀬は、丁度朝日を背に受けているものだから彼自身が輝いて見えてその眩しさに赤司は泣きそうになった。
そんな赤司を見て黄瀬は慌てて近寄って頻りに背中を撫でてくれる。
「あああ赤司っち!?大丈夫っスか?具合でも悪くなったんじゃ、俺保健室に連れていくっスよ!」
おんぶするっス!任せて!と優しい笑顔と共に赤司を励ましてくれる黄瀬の顔が涙で滲んだ。
「うっ、黄瀬……不甲斐無い僕を許してくれ……っ」
「あ、赤司っち?大丈夫っスか、お腹痛い?頭痛い?気持ち悪い?」
黄瀬まで涙目になっておろおろとしている。心配を掛けて済まない、と言いたいが、言葉が出ない。

――すまない、黄瀬。黒子を止められない僕を許してくれ。

自分たちの真横で黄瀬の可愛さを堪能している黒子の影に涙を零しつつ、赤司は黄瀬の明日を憂うのだった。




20140131
***
で、結局は黄瀬君のサプライズでキセキの皆でテッちゃんをお祝いすることになってお泊りも有耶無耶のままテッちゃんのお家で皆で雑魚寝することになり黄瀬君の純潔は守られたのでした。
良かったね赤司君!

ちっとも祝っている気がしませんが、テッちゃんお誕生日おめでとうございます。










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