憐れな羊というのでしょう、欲に駆られた獣の瞳で




さてひとつ質問をしようか。
君の望むものについて。





「ハロウィンですね」
黒子の唐突な言葉に対して、火神はああ?と怪訝な声を上げた。
「Halloween?……って今日は31日か。日本でも何かするのか?」
無駄に良い発音に黒子が無表情の下で悪態をついているとも知らず、首を傾げつつ視線を飛ばしている火神を横目に見ながら黒子は続けた。
「いえ、特にこれといっては。アメリカは色々すごいですか?」
「すごいっていうか、あれはやりすぎって感じか?」
少年時代に見かけたハロウィンの飾り付けを火神は思い出す。毎年凝った飾り付けで家を装飾するところもあれば、あっと驚くアイデアで笑わせてくれるような家もあった。何にせよスケールの大きさで言えば何処とも比べられないくらいには色々とやりすぎ感はある。
「まあ、見る分には面白かったな」
「本場は凄そうですね」
黒子の言葉にまあな、と返して火神は改めて黒子に向き合った。
「で?」
「はい?」
「何でわざわざHalloweenなんて言い出したんだ?お前が」
火神の質問に対して黒子は表情をほとんど変えなかった。ただ、少しだけ驚いたような目をしているのは分かる。
「聞き流さないんですね」
「何をだよ」
「これも嗅覚が違うからなんでしょうか」
「おい、何の話だコラ」
顎に手を当ててなにやら考えている黒子に、火神は眉間に皺を寄せる。どうにも馬鹿にされている気がしてならない。
「馬鹿にしてはいませんよ」
「……心の声を読むな」
「君は分かり易いですから」
「褒められてねえな」
「褒めてませんよ」
淡々と返される応酬に火神は胸中で小さく息を吐いた。
先日の帰り道での口論(といっても良いものか分からないが)から黒子はもうすっかりと吹っ切れた様子だ。そのことに火神は安堵していた。恋敵に塩を送る真似をしたのはらしくないとも思うのだが、どうせならとことん、それこそ自分が認めた相手と本気での勝負をした方が火神にしては願ったりであったし、何よりそれが自分たちらしいと思ったのだ。
脳裏に浮かぶのは先日会った想い人の姿。柔らかく照れた様に笑う彼の顔を火神が思い出していると脇腹に拳がめり込んできた。それも結構な勢いで。
「っぐ、はあっって、てめえ、黒子……!」
「君がとてつもなく気持ち悪い顔をしてニヤニヤしていたものですから」
言うに事欠いて気持ち悪いとはどういうことだ、と火神は言いたかった。だが、ちょっと今は無理な感じで、とにかく呼吸を最優先する。
「……っとに、やるならやるでせめて一言……」
「それじゃ奇襲になりませんから」
「すんなよ!」
がなり声を上げたところで、目の前の男は何処吹く風である。全くもって腹立たしいことこの上ない。
「どうせ黄瀬君のことでも考えていたんでしょう」

図星である。
別に思い出すくらい問題ないじゃないか、と火神は言いたい。言っても良いと思う。
だがこれ以上何かを言って地雷を踏むのも避けたかった。
吹っ切れたのは良い。うっとおしい顔をしているくらいなら、今の方がよっぽどマシだとは思う。だが自分は余計なことをしたのかもしれないと火神は思ってしまう。放っておいても勝手に復活していたんじゃないか。そう考えると火神は痛む脇腹を押さえながら盛大に溜息を吐いた。
「くっそ、面倒くせえな、お前」
「その節はどうも」
そして、こうやって全て分かった上で涼しい顔で笑っているのだから、一筋縄ではいかない相手である。
「そんなことよりも火神君」
「なんだよ」
「黄瀬君、今日はこっちでモデルの仕事だそうですよ」
ガタンッと大きな音をたてて椅子が倒れた。隣の席の男子が驚いた顔をしているが火神には目に入らない。
「……それで、何時に終わるんだ?」
「七時前には終わるようですね。折角だから会いに行ってもいいか、とありますが」
「迎えにいく」
「当然ですね」
同時に頷いた二人は手元の携帯でメール作成画面を呼び出した。
「……つーかよ、何でお前にはメールが行って俺には来ねーんだよ」
「愛の差じゃないですか」
「っんだと、この」
「直接聞いてみればいいじゃないですか」
「……」
むすっと唇を歪めた火神は大きな手でいつまでも慣れない感じにメールを必死に打ち出している。
その姿を眺めながら黒子は内心で溜息を吐いた。
黄瀬からのメールが来たのは、自分が彼に先にメールを送ったからだ。抜け駆けの様な気もしたが、こうして後からちゃんと情報を教えてやっているのだからあいこだろう。四苦八苦しながらメールを打っている火神から視線を反らして、黒子は窓の外に目を向けた。
今日は良く晴れている。青い空に浮かぶ雲が流れていくのを追いかけながら、今日の放課後に会うだろう彼のことを想った。



***



「黒子っち、火神っち!お疲れさまっス!」
待ち合わせに、と連絡した広場の植木の近くに立っている黒子と火神に黄瀬の声が届いた。
振り返った先にいるのは、眩しい笑顔を振りまいている想い人の姿である。走ってきたのか、頬を僅かに赤く染めて近づいてくる黄瀬は私服であった。いつもの海常高校の制服ではない黄瀬のラフな格好に心臓が煩く鳴る。
「遅れてごめん、ちょっと長引いて」
「そんなに待っていませんよ」
あと半歩、という距離で止まった黄瀬は、黒子と火神の顔を見つめてふわりと笑った。
「元気そうっスね、二人とも」
前回会ってからそんなに時間は経っていない。だがその言葉が黄瀬の照れから来るものだと分かっているから、黒子も火神も相好を崩さないようにするのが大変だった。
「えっと、これからどうしよっか」
「火神君の家に行きませんか」
「えっ」
「ここからなら俺の家近いし。この時間だとどこも込んでるだろ」
駄目か?と視線で尋ねると、さっきよりも顔を赤くした黄瀬が左右にぶんぶんと頭を振ったあと、小さく頷いたのを二人はしっかり確認する。
「じゃ、行きましょう」
先導した黒子がさり気無い動作で黄瀬の手を取る。掴まれた手に慌てた黄瀬が何かを言おうとする前にさっさと歩き出した黒子は、隣の火神に向けて勝ち誇った様な視線を向けた。
ムッとした火神が黄瀬に手を伸ばそうとしたが、気付いた黒子が黄瀬の手を引いて少し歩調を速めてしまう。
「おいコラ、黒子!」
掴み損ねた黄瀬の手を追って顔を上げた火神に、黒子はワザとらしく残念そうな表情を作った。
「嫉妬は見苦しいですよ、火神君」
「く、黒子っち!?」
「こっの!どの口が言うか!」
目立たない様に、と言えど平均身長を優に超えた高校生男子が二人もいればそれなりに視線は集まってしまう。周りに邪険にされない程度にこそこそと言い合いながら三人は火神の家に向かった。



***



「お邪魔しまーす」
「おう、入れよ」
鍵を開けた火神に次いで、黄瀬が一歩足を踏み入れる。久しぶりにここにきたな、と黄瀬が玄関先に置いてあった前回にも見た空の金魚鉢に視線を向けていると、火神が黄瀬の手を引いた。
「か、」
火神っち、と続くはずだった声は火神に吸い取られた。
ちゅ、と軽く口に触れた感触に黄瀬の顔は真っ赤に染まる。
「かがみっ!」
思わず叫べば、にや、と悪い顔で笑った火神が黄瀬の腰を無遠慮に撫でてくる。
「ひゃあっ」
「この前青峰に言われてたけど、お前体重戻ったのか?」
なんて聞いてくる火神に黄瀬はぱくぱくと口を開閉するしかない。

「セクハラはそこまでです」

涼しい声と共に、どご、と鈍い音がした。黄瀬が気付くと火神はうずくまって腹部を押さえている。後ろにいた黒子がいつの間にか火神の前に立っていた。
「黒子っち」
「黄瀬君、消毒しましょうか」
そういって振り返った黒子が黄瀬の頬に手を当ててくるので、黄瀬は慌てて距離を取った。
「や、い、だ、だいじょうぶっス!」
「……ああ、違いますね、言い直します」
首を横に振って意思表示する黄瀬に、黒子はしっかりと視線を向けて言った。
「僕とキスしてくれませんか?」
なんて恥ずかしい頼みごとだろうか、と黄瀬は泣きたくなった。じっと自分を見つめてくる黒子に、黄瀬は唇を震わせる。
「駄目ですか」
「だ、」
駄目じゃない、なんてとても言えない、と黄瀬が目を瞑る。と、

「駄目ですよ、そんな簡単に目を瞑ってしまっては」

直ぐに離れてしまったが、自分の唇に触れて離れていった柔らかなそれが何であったのか心当たりがありすぎて黄瀬は首まで赤く染めた。

「おい、黒子」
「何ですか、抜け駆け男君」
「さっきから思うんだけど、お前にだけは言われたくねえなそれ」
「そうですか、残念です」
「お前、ちょっと前までのお前に戻れよ」
「無理ですね」
「即答か」

二人がそんな風に小声でお互いを牽制しあっているとも知らず、黄瀬はぷしゅう、と魂が抜けてしまった様にその場でうずくまってしまった。

「黄瀬君、大丈夫ですか?」
「黄瀬、立てるか?」

二人からの心配の声も、今の黄瀬には届かない。

「……もう、もうっ!二人とも!」

膝に埋めていた顔をガバっと上げた黄瀬は、目の前の二人に向かって言い放った。

「ちゅーするときは、するって言って!」

でないと心臓持たない!と叫ぶ黄瀬は半泣きであったのだが、言われた二人はそれはそれで全くもってそれどころでは無かった。

((なんだこの可愛い生き物))

あまりの可愛さにこれ以上動くのが難しくなってしまっている二人のことなどつゆ知らず、黄瀬は頬を膨らませながら黒子と火神に向き直った。

「俺の心臓が止まっちゃったら二人の所為なんスからね!こういうの、ホント思い出すだけでドキドキが止まらないんスから!」

いいから黙ってくれ、と恋に重傷な男が二人、それこそ瀕死の様相であるのだが、黄瀬は気付かない。最近こんなときに自分たちを思い出して大変だった、など後から思い返したら自分で憤死しそうなことをぶつぶつと言い続けている黄瀬はそれは可愛いのだが、もう少し自覚を持って欲しいと心から思う。

「聞いてるっスか?!二人とも!」

胸の辺りを押さえながら取りあえず頷く黒子と火神は、誰かこの小悪魔を止めてくれ、と胸の内で祈っていた。





火神が作ってくれた夕飯を三人で食べて、今はリビングのテレビの前で三人並んでテレビ観戦している。流れているのはNBAの試合で、火神贔屓のチームが出ているともあって手に汗握る展開に火神は興奮を隠せない。
そんな火神を眺めつつ、目の前で繰り広げられるスーパープレーの数々に黄瀬も黒子も同じように興奮していた。録画である、という試合であったので結果はもう知っていたのだが、それでもバスケ好きが集まれば何処までも盛り上がれる。近所迷惑にならないくらいに叫んで応援して、三人は充実した時間を過ごした。

「そういえば、今日はハロウィンですね」

試合が終わって、あの選手のここが凄かった、あの技を今度試したい、など思い思いのことを話し合って笑っていると、黒子が唐突に口を開いてそう言った。
「黒子、お前昼間もそう言ってたな」
「ええ、言いましたね」
「あ、そっか。今日って31日っスか」
壁に掛かっているカレンダーを確認してから黄瀬は黒子に視線を向けた。
「くーろこっち?」
「はい」
「とりっく、おあ、とりーと?」
小首を傾げてそう言った黄瀬は、とてもあざとかった。本人も意識してやっているのだろうが、もう少し自分の魅力を理解してやってもらいたい。
まさかところ構わずこんなことをしているとも思えないが、あまりに無防備な笑顔に黒子は心配になる。が、彼の周りには今も立派な守護者がわらわらといることを思い出して(そしてそれは日々増えていっている気がする)黒子は吐きそうになる溜息を飲み込んだ。
「懐かしいっスね、中学のときもみんなでやったなあ」
柔らかく目を細めた黄瀬は、中学時代のことを思い出す。
今日はたくさんお菓子がもらえる日なんだよー、と紫原が朝から沢山のお菓子に山に埋もれていたり、今日のラッキーアイテムは箒なのだよ、と緑間が教室の中にまで竹箒を持ち込んで人事を尽くしていたり、悪戯させろ、と青峰が黄瀬をからかってきたり、それに呆れつつも赤司がいつの間にか持ち込んでいた悪戯グッズを拝借して桃井と二人で青峰と応戦したり、その後皆を巻き込んで盛り上がり過ぎて赤司の雷が落ち、その後の部活の際に罰として行われた容赦ない扱きに黒子が瀕死の状態になったり、と楽しかった記憶を思い出して黄瀬は笑った。
「今年はみんなどうしてるかなあ」
紫原には後でメールを送ってみようかな、と黄瀬が考えていると、黒子が黄瀬を呼んだ。
「黄瀬君」
「はいっス?」
「さっきの返事ですが」
「さっき?」
「僕今、お菓子持っていないんです」
「へ?」
「ですから、イタズラで、お願いします」
「……え?」
「トリック オア トリート、でしょう?黄瀬君」

黒子の顔を見て、黄瀬は先ほどの自分の発言を思い出した。
言った。確かに自分は言った。だが、イタズラと言われても何をしたらいいのか全く考えが思いつかない。
「う、えと、黒子っち?」
「はい」
「その、イタズラって」
「何してくれますか?」

何してくれるって、そんな嬉しそうな顔で言われても、と黄瀬が顔を赤くしたり青くしたりで忙しくしていると、いつの間にか後ろに来ていた火神が黄瀬に向かって声をかけた。

「黄瀬、Trick or Treat?」
「ふえっ!?火神っち?」
背後から抱き込まれて直ぐ耳元でそんなことを言われてしまって黄瀬は慌てた。
「や、ま、待って、俺お菓子持ってないっス!」

そう言ってしまってからはっとした。
火神に視線を向けると、獲物を捕まえた獣の目をしている。

「じゃあ、trickだな?」

火神の唇が黄瀬の耳を捕らえた。はあ、と熱い息を吹きかけられて黄瀬の心臓は早鐘を打つ。

「まぁっ、やあってば!」
「お菓子ないんだろ?」
服の下に手を入れられそうになって、黄瀬は火神の手を必死で掴もうとしたが、その手は黒子に捕まれてしまった。
「黒子っち!」
離して、と懇願しようとした黄瀬の目に、にこりと笑った黒子の顔が映る。普段であれば滅多に無い笑顔に喜んでいただろうが、生憎今のこの状況でのこの笑顔には嫌な予感しか感じない。

「「黄瀬(君)?」」

目前と背後から聞こえてくる自分の名を呼ぶ声に、黄瀬は自分がいつの間にか二人の罠にかかってしまっていたのだ、と今更になって気付いたのだった。








20131031
はっぴーはろうぃーん(瀕死)






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