大快人心【中編】




「……とまあ、そんなことがあったんだけどな」
森山の口からこれまでの経過の説明を聞きながら早川と中村は顔を見合わせた。
「……そ(れ)は、わかったんすけど、も(り)やまさん」
「どうしてここまでおおごとになったんですか?」
二人の疑問の声を受け止めつつ、森山は厳粛な顔で頷いた。
「そうだよなあ、俺もそう思うよ」
こんなこと、とは。今の海常高校男子バスケ部が直面している問題についてである。



放課後の部活が始まるまでのそう多くはない時間、多く見積もっても一五分足らずの時間を使って決着を付けると、笠松が言ったのは、騒動が鎮静化を見せずに泥沼化していた昼休みのことだった。
曰く、諦めの悪い堂本を納得させる為に提案したというそれは簡単と言えば簡単なゲームであった。
放課後、黄瀬が教室を出て体育館に向かうまでの間で野球部が黄瀬を捕まえることができたら野球部の勝ちになり次の練習試合に黄瀬を連れていくことができるが、逆にバスケ部が黄瀬を守り切り、黄瀬が無事に体育館に辿り着けたらバスケ部の勝ちで黄瀬の貸し出しは無効になる。
そう約束を取り付けた、と語った笠松に、昼休みに急きょ招集を掛けられたバスケ部員は全員呆然とした顔を見せた。
渦中の中心にある黄瀬は、やや青褪めた顔をしつつ笠松に視線を向ける。
「……あの、先輩。一つ質問なんスけど」
「何だ」
「俺、その、逃げ切ればいいだけスか?」
「そうだ。お前はひたすら逃げろ」
「反撃、とかは」
「それは俺らの仕事だ。お前は絶対に手を出すな」
「え、でも万が一とか」
「そんなことは起こさせねえ。お前は体育館に行くことだけ考えてろ」
はっきりと言い切った笠松の視線は揺るがない。試合中の様に真剣な瞳に、黄瀬は素直に頷いた。
「……最短ルートで逃げ切ればいいんスね?」
「黄瀬、お前は今から森山が教えるルートを使え」
「え?」
黄瀬の疑問の声に小堀が穏やかな声で続けた。
「一応ね、向こうも同じ学校の生徒な訳で、校舎内の構造とかはこちらと同じくらい把握しているから、何処をどう抜けたらいいか、とかどのルートを使った方が安全か、とかだったら、俺たち三年の方がお前たちより詳しいからさ」
「お前らよりも前に笠松から話を聞いた俺が貴重な授業中の時間を使って考えてやったこれがそのルートだ」
「……授業中っスか」
「まあ固いことは言うな!」
森山が懐から取り出した一枚のルーズリーフは彼の性格を表してかキレイに折りたたまれている。
それを手に取って広げた黄瀬は、自分たちのいる教室から体育館に向かうまでどのルートでどのように行けば最善なのか、がしっかりと書きこまれた校舎内見取り図を見て感嘆の声を漏らした。
「うわ、凄いっスね、森山センパイ!」
「青い線が第一ルートだ。途中で何かあったときの為に第五ルートまで一応書いてある。あくまで予防線のつもりだから、第一ルートから外れるなよ」
「了解っス」
貰った地図とルートを頭に叩き込もうとしている黄瀬は置いておいて、一連の流れを見ていた他の部員たちに向かって笠松は声を上げた。
「いいか、お前らの仕事は野球部の連中の妨害を全部排除していくことだ。あいつらもどこまで本気でやってくるか分からねえが遠慮はすんなよ。ただ無茶して怪我だけはすんな」
「具体的にどうすればいいんですか?」
立花の質問に笠松は森山が作ってくれたもう一枚の校舎内見取り図を取り出した。
「時間もねえから大した罠は作れねえ。一日くらいあれば小堀と早川で色々やってくれたんだが……まあそれは今回は無しとして、お前らにはそれぞれ待機場所を決めてある。一年、二年、三年とそれぞれ持ち場を言うからそこで対処しろ」
笠松が広げた見取り図を覗き込んでそれぞれの役割場所を把握していく部員たちは最初の困惑が嘘の様に一様に興奮している。
「……なんか、面白そうっすね」
「まあ、先生たちにバレたら終わりだから、そこだけは穏便にしねーとな。一応かく乱班も決めてあるから。……まあ、何にせよだな。いいか、お前ら」
笠松が声を低めて部員全員を見渡す。
「野球部の連中になめられるなよ。やられたら倍返し!黄瀬は絶対に守り抜け!!!」
「「「「「おう!!!!!」」」」」
全員の叫びに作戦を聞いていた黄瀬は森山と共に振り返る。
「……なんか、皆すごい気合っスね」
「本当だな」
「俺、ちゃんと逃げ切るっス!」
「おう、頑張れよ」
両手を握り締めて気合を入れる黄瀬の頭を撫でてやりながら、森山は今日無事に部活ができるかなあ、と考えていた。



――そうして、冒頭に戻る。早川は武内に呼ばれて、中村は委員会の集会があって参加できなかった昼休みの作戦会議について、二人は森山から直接話を聞くことになったのだが、それが放課後を迎える六時限前の休み時間だった。
「もっと早くに教えてくれた(ら)、お(れ)い(ろ)い(ろ)罠とか作(れ)たんすけど」
何気に工作が得意な早川が残念そうに眉を下げる。今からでも技術室に行ってくるか、と興奮している早川を引き止めつつ、中村が森山に視線を向けた。
「それで、俺は情報役なんですね」
「ああ、状況は逐一お前に纏めていくようにする。そこから判断して最終的に判断を下すのは笠松だけど、その前の中継役はお前な」
「いいんですか?そんな重要な役を俺がやって」
中村の科白に森山は笑顔を作ってその背中を叩いた。
「お前ならできる。そう思ったから皆で決めたんだぜ?」
森山の言葉に仲村は一瞬だけ目を開き、それから僅かに頬を染めて俯いた。
「……やり遂げます」
「おう、頼りにしてるぜ。早川もな!」
「も(り)やまさん、お(れ)は何す(る)んですか!?」
「お前、俺の話聞いてた?」
額に手を当てて溜息を吐く森山に、早川は首を傾げ、中村が後で俺が説明しておきます、とフォローを入れた。



「涼太、お前準備はいいのか?」
「うん、もう地図は頭に入ってるから大丈夫。後は相手の出方次第かなあ」
「そうだな」
チラ、と視線を横に向けると、野球部である芹沢がこちらを見ていかにも企んでいます、という様な笑顔を見せた。
「うーわー、サト君やる気満々だあ……」
「アイツ、結構えげつないこと平気でするからなあ……」
加藤が遠い目をして言うのに、立花も頷きつつ黄瀬に声を掛ける。
「涼太、お前は前だけ見てればいいから。体育館に行くことだけ考えてろよ」
「分かってるよ、へーた」
「お前には指一本触れさせねえからな」
加藤がはっきりとそう言って前を向く。その横顔を見て、黄瀬は嬉しそうに笑った。
「頼りにしてるっスよ、二人とも」

そんな三人の会話をしっかりと聞いているクラスメイトの何人かがこっそりと頷きあっていることなど、そのときの黄瀬たちは気付かなかった。



――こうして迎えた運命の放課後。
決戦の火蓋はHR終了のチャイムの音と同時に切って落とされたのだった。





20130825
すみません、次回で終わります。






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