This Time




直情型で、情熱的、そして単純。
それらから導き出される結果、火神大我は分かり易い、ということ。
それはもう、彼を知る人からすれば何を当たり前な、という事実であり、真実であるだろう。



「……それで?」
「だから、それが全てっスかねえ」
「分かりませんね」
言葉で言うほど、そう思っているようには見えない。黒子の普段通りの表情に、黄瀬は小さく笑った。
「だからさ、俺からすることは何にもないっていうか」
「黄瀬君も単純そうに見えますけど、案外複雑ですよね」
「それは、褒め言葉として受け取っておくっスね」
おどけていえば、黒子は面白くなさそうに視線を逸らす。
「なんだか、火神君が可哀想に思えてきましたよ」
そしてそんな言葉を言うものだから、黄瀬は肩を竦めてみせた。
「それは、ちょっと人聞き悪いっていうか?」
「けれど、実際そうと見えるのですから」
そう返す黒子にこのひとも随分とあの男に絆されているのだろうな、と胸の内だけで微笑む。
「だって、さ。それは俺の所為だけじゃあないと思うんスもん」
今はまだ戻ってこない男の姿を脳裏に思い浮かべて、黄瀬は頭を反らした。いつものマジバの良く座る、指定席と言ってもいいくらいには気に入っている四人席の天井が目に入る。
シミも汚れも見られない、のっぺりとした白ともベージュとも言えない色をなんとなしに眺めながら形の良い唇を薄く開いた。

「始めたのは、火神っスよ」

そう、最初から、全て。
始まりは、あの男からだったのだから。



前述に上げた通り、火神大我という男は非常に分かり易い性格であった。それは初対面であったとしても日常における些細な出来事から容易に察することができる程度に。そして、それは恋愛面についても同じであったのだ。
まず、視線だった。
そして、声。
次に、触れ方。
そう言った節々の所作から如実に現れていた。火神の黄瀬に対する行動の全てから、彼が黄瀬に恋愛感情を抱いている、と。
最初に気付いたのは黒子。次いで誠凜高校の面々。何かと揃って黄瀬と遭遇することの多い彼らは、火神の黄瀬への態度を見て半ば強制的に気付かされてしまったのだ。
「火神は、黄瀬君のことが好きなんだなあ」
そして、深く考えている様で考えていない、――でもやっぱり何かしら考えていると思う木吉にそれはもうはっきりと言われてしまったときの火神は、思わず可哀想だと同情してしまうくらいに動揺して、非常に情けない姿を皆の前で晒すことになったのである。
そして、黄瀬も。火神が向けてくる視線の意味についてはきっと、火神本人よりも先に気付いてしまっていた。元より他人からの様々な視線に晒されることに慣れている黄瀬は、そういった視線から相手が自分に対してどういった思いを向けているのかを読みとることに長けていた。人間観察が得意である黒子と並んでも遜色ないくらいには、黄瀬は自分に向けられる視線の善し悪しを区別することには秀でている。
だからこそ、火神の視線と、その熱に気付いたとき。黄瀬は驚いたのだ。
それは彼が、火神が自分に向ける感情を正しく理解した上で、自分がそれを喜んでいる、ということに。
そうなれば、もう話は早いように思うのだが、しかしそれから二人の仲は一切進展を見せていないのである。別に妨害が無いという訳ではない(主にそれは火神に向けて青峰から一方的に行われる。ちなみにそれは本当に二人の仲を裂いてやろう、といかうものではなく、ただ単純に火神が面白いからちょっかいを掛けてやろうという青峰の悪戯心からである)。
何故なら、火神は黄瀬に対して自らの想いを打ち明けようとは欠片も思っていないからだ。ずっと内に秘めたまま、友人として、そしてライバルとして、黄瀬の近くにいようと決めている様だった。
それはそうだろう。同性である相手に対して、自分の想いが受け入れて貰えるだなんて確率はゼロでは無いだろうが、限りなく低いに決まっている。だから言わないでいる、という火神のスタンスは分かる。
だが、黄瀬は違う。
黄瀬は火神の気持ちを知っている。そして、その気持ちを否定するどころか、歓迎しているのだ。だから黄瀬が動けば、自ずと二人の関係は変わるだろう。それは火を見るより明らかである。
なのに、黄瀬はそれをしない。



「何で教えてあげないんですか?」
黒子の疑問に、黄瀬はアイスティーに刺したストローをいじりながら答えた。
「別に、深い意味は無いんスけどね」
指の先まで白く、形の整っている黄瀬の手を眺めながら黒子は黄瀬の次の言葉を待った。
「ただ、さ」

「――先に始めたのは、あいつなんスよ、黒子っち」

ストローから指が離れた。
「あいつは、俺があいつの気持ちを知ってるなんてこと、思いつきもしないだろうし。まあ、そういうヤツだから。でもさ、そういうことを抜きにしても、あいつが俺に踏み込んでこないのは、あいつ自身がそれを戸惑っているからだって思うんス」
人差し指が薄く色づく唇に触れた。
「引かれてもいない線を戸惑って乗り越えられない様な男なら、そこまでっスよ」
そして、自分を一番魅力的に魅せることに長けた男が、それは美しく微笑んでみせる。
「……火神君も、大変ですね」
「んー、何がっスか?黒子っち」
「君のようなひとに捕まってしまったら、もう逃げられないでしょうから」
「……さあ、それはどうっスかね」
「黄瀬君?」
バタバタと騒がしい足音が二人の耳に入る。黒子が振り向くと、火神が戻ってくるところだった。
「わ、悪い。やっぱここの洗面台だけじゃ駄目だ。家帰ってちゃんと洗濯しねーと……」
火神の手が掴むのは、さっきまで彼が着ていたTシャツだった。
先ほど三人で食事をしていたとき、黄瀬が火神のトレーに一緒に乗せられた自分の分のポテトを取ろうとした際に、火神の手とうっかり触れてしまった。それに対して思い切り反応してしまった火神は慌てる余り手が滑り、自分のコーラをTシャツに思い切りかけてしまったのだ。
白いTシャツがコーラの色に染まる。それを呆然と見ていた三人の中で、最初に戻ったのは黄瀬だった。直ぐに流せばそこまでひどくならないから、と火神のシャツに触れようとすると、火神は直ぐさま立ち上がり、流してくる、とだけ言って足早にトイレに向かった。その際に代わりのTシャツを持って行くだけの冷静さはあったようだが。
今火神はそのときに持っていたTシャツを着ている。今の時期、直ぐに汗塗れになるために予備は何枚も持っているが、それが助けになった。
「そうっスね。もうこんな時間だし、そろそろ帰ろうか」
そう言って黄瀬が外を見たときだった。
「あ、れ?」
さっきまであんなに晴れていた空に暗雲が立ちこめている。怪しい雲行きの空に黄瀬は眉を寄せた。
「そう言えば、今日は夕方にかけて天候が崩れると朝見たテレビで言っていましたね」
「ええ、そうなんスか?俺のほう、そんなこと言ってなかったっス」
「それは、神奈川と東京では天候もずれがありますから」
今日は久しぶりに三人でストバスに出かけたのだ。神奈川から東京に出てくる黄瀬のフットワークは軽く、三人で集まるときには大抵が東京になる。だから見落としたのだろう。普段の癖で自分の地域の予報しか見なかったのだ。
「僕は念のために傘を持っていますから大丈夫ですが、黄瀬君は?」
「……今日は持ってないっス」
外を見る限り、降りそうではあるが、まだ雨は落ちて来ない。急げば間に合うだろうが、間に合わなければひどい雨に晒されるだろう。
「まあ、ちょっとくらいならなんとかなるから、大丈夫っスよ」
気にせずに鞄を肩に掛ける黄瀬に黒子が何か言いたげな顔を向けるがその口は開かない。
それじゃまた、と黄瀬が二人に挨拶をしようと振り返ったときだった。

「俺の家に予備の傘があるから、持っていけよ」

火神が黄瀬に声を掛けた。
「……え、火神っち」
「ここからなら俺の家までそんなに遠くないから、降られても大したことにならないだろ。降られなければそれに越したことはねえから。貸してやるから、持っていけ」
「それは、有り難いっスけど、」
でも、と黒子に視線を向けると、彼はもうそこにいなかった。
「あっれえ?!黒子っち?!」
驚いて店内を見回すが、そこにあのソーダ色の髪は見つけられない。と、ポケットに入れていたスマートフォンがメールを受信して振動した。黄瀬は慌ててポケットから取り出すと、そこに表示されたのは黒子の名前で。

『僕は先に帰ります。後はよろしくお願いします』

よろしくって、それどういう意味で……と黄瀬が画面を凝視していると、隣にいた火神もケータイを出して画面を見つめている。その頬が心なしか妙に赤い。
「火神っち?」
「うおおおっ!?」
名前を呼ぶと必要以上に焦った火神が叫んだ。耳を塞いで難を逃れた黄瀬は、自分たちに視線を向ける店内の客たちに頭を下げつつ火神の手を掴んだ。
「お、おい、黄瀬!?」
「ほら、行くっスよ」
自動ドアを抜ける。外に出た途端に頬に触れた風がひやりとしていて、二人は空を見上げた。
「傘」
「え」
「貸してくれるんスよね?」
近い視線を見上げて言えば、火神は大きく頷いた。



こうして二人は火神の家に行くことになったのだが。その家に行く途中で少し降られてしまった。それでも早めに動いたおかげか、そこまでひどくなる前に火神の家にたどり着けた。背後に聞こえる雨音が段々と大きくなるのを感じつつ、火神が開けてくれたドアに身体を滑りこませると、二人は一息吐いた心地で肩の力を抜いた。
「はあ、良かったっス。酷くなる前に着けて」
「だな。じゃ、ちょっと待ってろ」
そう言うと、火神は黄瀬を置いて家の中に入っていった。残された黄瀬は玄関先に鞄を置かせて貰い、中からタオルを取り出す。今日使ってしまったものだが、無いよりはマシだ。少し塗れてしまった肩や髪を拭いていたところで火神が戻ってきた。その手に持っているものを見て、黄瀬は首を傾げる。
「火神っち?」
「それじゃ足りねえだろ。これ使え」
渡されたのはタオルだ。思わず受け取ってしまったが、黄瀬は火神を見上げる。
「傘は?」
ここに来たのは火神から傘を借りる為だ。受け取ったら帰るつもりでいた黄瀬は火神にそう尋ねると、目の前の男はくい、と顎を引き、外を見ろ、という仕草をした。
素直に振り返って扉の横の小さな窓から外を見た黄瀬は、思わず絶句してしまった。
防音のしっかりした家なのだろう。入った瞬間に外の音が聞こえなくなったと思ってはいたが、黄瀬が見た窓からの景色はすごいものがあった。
嵐か、台風か、という様相の外の状況に黄瀬は何も言えない。
「この状況でまだ帰るつもりか?」
火神の声に黄瀬は首を横に振った。
「……まあ、帰るって言っても許さねえけど」
「え?」
小さく聞こえた火神の言葉に黄瀬が聞き返すと、何でもない、と火神は言って黄瀬の鞄を手に取った。
「あ、火神っち」
「風呂、沸かしたから入れ」
「ええ、そこまでして貰わなくても、」
「お前が風邪ひいたら俺が怒られる」
誰に、とは黄瀬は聞かなかった。
小さく笑ってそれじゃ、と黄瀬は靴を脱ぐ。
「お言葉に甘えるっス」
「おう。着替えは俺のが置いてあるから勝手に使え」
「はーい」
案内されたバスルームに入って扉を閉めると、隣にある鏡に自分の上半身が映っているのが見えた。
「……なんだか、なあ?」
こんな展開になるとは予想もしなかった、と一人ごちて、黄瀬は着ているシャツに手をかけた。



「火神っち、お風呂どーもっス」
「おう。ここきて座ってろよ」
「うん」
キッチンに立って何やら料理をしているらしい火神に視線を向けつつ、示されたソファーに腰を下ろす。濡れた髪を借りたタオルで拭きながら外を眺めると、さっきと変わらない状況に溜息を吐いた。
「なんか、全然治まんないっスね、雨」
「ああ。そうだな」
言いながら火神が黄瀬に近付いた。その手にはカップがある。
「ほら、飲め。熱いから気をつけろよ」
「わ、ありがと」
渡されたカップに入っているのはホットミルクだ。とろりとした白色と甘い香りに目を細める。
「あまいっスね」
「ハチミツ入れてるからな」
「ふふ、火神っちがハチミツって」
「何か可笑しいかよ?」
「ぜーんぜん?おかしくなんて、ないっスよ」
口に含むと優しい甘さが身体を温めてくれた。部屋の中の空調も丁度良い。ほう、とひとつ息を吐いて、黄瀬はこちらを見つめている火神を見上げた。
「火神っちも、お風呂、入ってきなよ」
「あ、ああ。そうだな」
けれどそう言いながらも火神はその場を動こうとしない。
「火神っち、どうかした?」
黄瀬の問いに火神は一度俯くと、また直ぐに顔を上げた。
「黄瀬」
「なんスか?」

「お前、今日は泊まっていけ」

「は、」

火神に言われた科白が頭の中に入ってきて、それを認識しようとして上手くできていない自分に黄瀬は焦った。
今、この男は、何と言った?

「外はこんなだし。さっき確認したらお前が使う電車も止まってるって言ってる。これじゃお前帰れないだろ」

――それは、そうなのだが。

「明日の朝、早くに出れば間に合うだろ。朝練は無いって言ってたよな」

――確かに、言った気がする。けれど。

「……」
どうしよう、と黄瀬は思った。
ちら、と火神を見ると、火神は普段通りの表情をしている。そこに隠れた感情は見つけられない。これは、だからつまり、火神にとっては友人である自分を心配しての言葉なのだ。これでは変に構えてしまった自分の方が意識のし過ぎではないか。
黄瀬はカップの中身を飲み干す。テーブルにことん、と置いてから火神、と呼んだ。
「迷惑じゃない?」
「別に、お前一人くらい変わらない」
「そう、か」
それじゃあ、それならいいよな?と黄瀬は自分に問いかける。答えは、返って来ないが。
「じゃあ、一晩。お世話になります」
そう言って火神を見れば、火神は嬉しそうに笑って、ああ、と頷いた。



火神が風呂に入っている間、黄瀬は家族に連絡をした。海常に進学してから高校の近い場所に一人暮らしをしている黄瀬は、モデルの仕事のあったときは東京の実家に戻ってくる。朝練の無い日はそのまま泊まって朝早くに家を出ることもしているので、実家にも制服は置いてあるから問題は無い。
友人宅に一晩泊まる旨を伝えると、迷惑を掛けないように、と母からお小言を貰った。
別に何もしないのに、と黄瀬がぶすくれて電話を切ると、丁度火神が上がってきた。
「電話か?」
「んー、母さんに。泊まって帰るって」
「俺も出た方が良かったか?」
「はは、大丈夫っスよ。火神っちだって言ったら母さん納得してたから」
「? 俺、お前のお袋さんに会ったことねえぞ?」
「俺が火神っちの話をしてるからじゃないっスかねえ」
「え」
「え?」
何故か固まった火神に首を傾げると、火神は顔を赤くして呟いた。
「お前、家族に俺の話とかすんのか」
「……」

ちょっと待て。
友人の話をするのは、別に可笑しいことじゃないだろう。
そう言いたいのに、何故自分の顔も熱くなるのか。
黄瀬が何か弁解しようと口を開いたとき、ピーと高い音がキッチンからして二人はそちらに意識を向けた。
「あ、ああ。飯が炊けた」
「え、うん、そうっスか」
「お前、なんか食えないものあるか?」
「大丈夫。なんでも食べるっスよ」
「そっか」
じゃあ、ちょっと待ってろ。
そう言って火神はキッチンに歩いていく。
その背中を無意識に追いかけて見つめていることに気付いた黄瀬は、ソファーに置いてあったクッションに急いで顔を埋めた。

――やばい、やばいって。何だこれ。

どくどく、と心臓の音が五月蝿い。抑えようと必死でいた黄瀬は、だからキッチンにいる火神の顔も黄瀬に負けないくらいに赤く染まっていることには気付かなかった。





火神の作ってくれた夕飯は美味しかった。手放しで褒めると、火神は照れながらも喜んで、良かった、と笑った。
その顔がとても優しかったものだから、黄瀬はまた心臓が五月蝿く鳴るのを止めることが難しかった。
皿洗いくらいは手伝う、と火神と並んで黄瀬は流しに立った。火神の手から受け取った皿を丁寧に拭いて並べていく。作業の合間にも何となく会話は続いていたのだが、それがぷつりと途絶えたことに黄瀬は気付いた。それでも何も言わずに皿を受け取って片付けていく。
キュ、と蛇口が閉められた音がした。
火神の手にはもう洗うものは無い。
黄瀬の手にも仕舞うものは無かった。
手に持っていた布巾を流しに掛けると、黄瀬はそれ以上動けなくなった。
何か言わなくては、とそればかりを考えて、でも口から言葉が出てこない。普段であれば少しは静かにしろ、と周りから呆れられるくらいには勝手に動く口なのに、何故今動かないのか。
手のひらに汗をかいている気がする。さっき風呂に入ったのにな、と黄瀬が視線を伏せると、火神が動いた気配がした。
「黄瀬」
火神が黄瀬を呼ぶ。その声に顔を上げたときだった。

バチン、と家中の電気が落ちた。
一気に暗くなった室内で二人は相手を確認しようとする。
「……雷、どっかに落ちたみたいだな」
「っスね。ここん家防音が良いんで外の音聞こえないから分かんないけど」
「しばらくすれば戻ると思うんだけど、懐中電灯どっかに仕舞ってたような……」
「それ、探す方が大変なんじゃないっスか?」
「……」
沈黙は肯定だ。こんな暗闇では相手の顔も見つけられない。それでも外からの僅かの灯りが何となく相手のシルエットを映している。火神がいるだろう辺りに手を伸ばした黄瀬は、その手をしっかりと捕まれたことに驚いた。
「え、か、火神っち?」
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫かって、大丈夫だけど。……ねえ、あんた、俺のこと見えてる?」
「見えるぞ」
黄瀬の問いにさらりと答えた火神に驚く。まだ目が暗闇に慣れていない黄瀬には、あっさりと自分を捕まえた火神に呆れてもいた。
「青峰っちといい、火神っちといい、今すぐ野生に返しても大丈夫そうっスね」
小さく笑いながらからかう。そうすれば直ぐに馬鹿にすんなよ、と火神が怒るだろう。それで元の空気に戻れるはずだ。
そう、思っていたのだが。
強引に手を引かれた。捕まれた手首が痛い。え、と思う間に黄瀬の身体は何か熱いものに抱き締められた。
「か、がみ……?」
背中に回った手も熱い。全身が発火しているんじゃないかと思うくらいに、火神の身体は熱かった。
「言うな」
「え、」
耳元で聞こえる火神の声が、ねっとりとした熱を持って黄瀬に流れ込んでくる。
「青峰の名前を、言うな……!」
「かが、」

名を。彼の名を呼ぼうとした黄瀬の口は、熱いもので覆われた。
それが火神の口だと気付いたときには、呼ぼうとした言葉は全て火神の口の中に飲み込まれてしまった。

「ん、く、……んゃっ」

何とか離そうとするのだが、一度火の点いてしまった火神は試合中でも何でもそう簡単には止められないことを今更ながら黄瀬は思い出していた。
身体中を這い回る火神の手のひらがひどく熱い。触れられた場所から熱が移って、それが黄瀬の体温をいっそう上げていく。ぼんやりと火神のシルエットがぼやけて見えるのは、目の縁にたまった涙の所為だろう。肩を掴むだけだった手は、いつの間にか火神の首に回っていた。自分からも押しつけるようにすると、火神も負けじと体重をかけてくる。火神の中心の熱が押し上げられていることに気付いた。スウェット越しに擦りつけられる熱は隠しようも無い。

「……っ」

すり、と互いが触れて黄瀬は息を飲む。火神の手が背後からスウェットの中に潜り込んで尻の肉をもみ込んできた。そのままゆっくりと下着ごと下げられて、隠されていた肌が外気に触れた。膝くらいまで露わにされている。自分からは見えないが、相当間抜けな格好だろうな、と黄瀬は回らない頭で考えていた。火神の首に回した腕は外せない。唇がふやけるのではないか、と思うくらいに熱いキスは続いている。息継ぎの合間に互いの呼気が震えた。火神の手が背後から前に回っていく。その手が互いに触れようとしたときだった。

パッと明かりが点いた。それまで暗闇で隠れていたものがその場で暴かれる。
互いの顔。顎を伝う唾液と流れていく汗。荒い呼吸と立ち上がった互いの熱。目を開いてそれらを凝視してしまった黄瀬は咄嗟に火神を押し退けようとした。遠慮ない力で火神の肩を押したにも関わらず、火神はびくともしなかった。
思わず舌打ちしそうになった黄瀬は、なんとかそれを飲み込んで下げられたスウェットを戻そうと手を伸ばした。が、それより先に火神に中心を握られてしまい小さな悲鳴が口からこぼれる。

「ひっ」

ぐちゃ、と濡れた音がする。視線を下ろすと露わになっている自分のものと火神のものが火神の手によって擦り付けられ、育てられていく。

「や、めろ、かがみっ」

引き離そうと手を伸ばすが、弱い鈴口を親指でいじられて息が止まった。
膝が笑う。立っていられない、と力を緩めた瞬間、黄瀬の身体は持ち上げられた。

「なっ」

同じくらいの体格の男をこうもあっさりと持ち上げた火神に、黄瀬のプライドは傷ついた。だがそれ以上に今黄瀬を運んでいる男が、さっきから何も言わずにいることの方が黄瀬には重要だった。運ばれる先は予想するのも難しくない。
――大人しくしている道理は無かった。彼の手によって運ばれている為に、火神の手は黄瀬の中心から離れている。呼吸をなんとか落ち着けた黄瀬は口を開いた。

「火神!」

呼ばれたことに気付いた火神の視線が黄瀬に向けられる。だが、その目を正面から見てしまった黄瀬は息を詰めた。

――誰だ、これは。

普段の、感情豊かな火神ではない。どこに隠されていたのか、と思うような圧倒的な熱がその瞳の奥で燃えていた。
飲み込まれる、と黄瀬が視線を外そうとしたが、黄瀬の意志ではなく、それは叶うことになった。ギシ、とベッドが軋む音を耳が拾う。それはそうだろう。これだけの体格の男をベッドに落とせば、どれだけ頑丈なベッドであっても少なからず悲鳴は上げる。そんなことを俯せに落とされたベッドの上で考えていた黄瀬は背後に回った火神の次の行動に完全に遅れることになった。

「ひゃ、あああっ!?」

火神の手は剥き出しになっている黄瀬の尻を左右に割った。止める間も無かった。舌を伸ばした火神は、目の前の黄瀬のアナルをあろう事かその舌で舐めているのだ。
信じられない場所から濡れた音が響いて、黄瀬はこれ以上醜態を晒さないように、と咄嗟に手を口で塞いだ。だからと言って状況が好転することはなく。火神は舌を動かしながら黄瀬の中心に手を伸ばして握り込んだ。
「っ!」
上下に擦られてがくがくと膝を震える。それでも何とか声を出すことは避けていたのだが、次の火神の行動にそれもできなくなった。

「っ、いぁっ」

指が一本。黄瀬の中に入ってきた。
探る様に動くそれに、黄瀬の頭は真っ白になる。痛みよりも何よりも、衝撃が大きい。だって、火神だ。今こうして自分に触れているのは、あの火神なのだ。単純で、明快で、自分を隠すというようなことをしない火神が。いつも人を真っ直ぐに見る火神が。
さっきから一度も黄瀬の顔を見ていないのだ。

「か、がみっ」

こんなのは、違う。例えば、これが今まで火神が隠していた彼のもう一つの顔であると言われても、黄瀬は納得できない。できるはずもない。何故なら。

「火神っ!」

普段の様な明瞭な声ではないが、それでも火神にはちゃんと届いた様だった。火神の肩が跳ねて肩越しに振り返った黄瀬の顔を見つめてくる。その目が開いて黄瀬から手を離した。その隙をついて黄瀬は火神に手を伸ばす。
火神の両頬に手を伸ばして思い切り自分に引き寄せた。勢いが良すぎてお互いの額が思い切りぶつかったが、それは今は些細なことだ。

「火神」

額を合わせ、視線も合わせる。火神の目の奥でさっきまで揺らめいていた熱が消えかかっているのが見えた。

「……きせ」

弱い声だった。
声だけ聞いたら、火神だと誰も分からないくらいの。
黄瀬は息を吐いた。戻ってきた、と思った。あれも火神だろうけれど、でもこれが自分の良く知る火神だ。
「俺はあんたに謝って欲しいわけじゃないよ」
肩を震わせた火神が自分から離れていかないように黄瀬は両手に力を込める。
「俺はね、俺は、火神。あんたからまだ貰ってない」

そう、貰っていない。彼からの決定的な一言。
それさえ貰えれば、――貰ってしまったら?

「俺は、それを受け取る準備はできているし、あんたはそれを俺にちゃんとくれないといけない」

でないと、こんなのは意味がないだろう。

「火神、あんたは、俺にそれをくれるの?」

「――黄瀬」

黄瀬の両手に、火神の手が重ねられた。
さっきまでの燃え上がる様な熱ではなく、静かでひっそりと、くすぶりながらも消えない熱がそこにある。

「好きだ」

「黄瀬、お前が、好きだ」

遅いよ、とは言わなかった。
その代わり、笑ってしまったのは許して欲しい。
だって、そう言って笑った火神の顔を見て、馬鹿みたいに安心してしまった自分に、黄瀬は思った以上に自分が彼に満たされていたことに気付かされたのだから。

「俺も、火神が好きだよ」

そう言って火神にキスをひとつ、押しつけるだけの可愛いものを贈る。
火神の頬が染まって、黄瀬、と掠れた声で呼ばれた。
なに、と返すと火神は黄瀬に手を伸ばしてきた。唇が触れる。一度、そして二度。触れるだけのキスを何度も繰り返して、それから火神はいつもの笑顔を黄瀬に向けた。




***




「……で、そこまでしておいて最後までいかなかったんですか」
ヘタレですか、そうですか。
淡々と事実を突きつけて来る黒子に、火神の体力と精神力はゴリゴリと削られていく。
「……そりゃ、俺だってなあ。でも、仕方ねえだろう。何の準備もしてなかったし。あいつも翌日の朝練は無いっていったって放課後は普通に練習があるんだぜ?それを考えたら、無茶なんてできねえじゃねえか」
しょんぼりと肩を落とした火神の背中は、自分よりも大きいはずなのに随分と小さく見える。
朝届いた黄瀬からのメールの内容を思い出して黒子は笑った。
「まあ、これっきり、という訳ではないのですから。そんなに落ち込むこともないじゃないですか」
「それは、まあ、そうなんだけどよ」
ガシガシと頭を掻きながら顔を赤くしている火神は、今何を思っているのだろう。
きっと黄瀬のことなのだろうな、と相変わらずの分かり易さで火神は今日も黒子の隣に並んでいる。
「悪かったな」
「何がですか?」
「折角、お前がお膳立てしてくれたのによ」
火神の言葉に黒子は一度目を開き、そしてゆっくりと細めた。
「気にしないでください。遅れてしまった誕生日プレゼントのつもりでしたから」
それも、どうなんだよ、と火神の声が聞こえたが、黒子は聞こえないふりをした。
空を見上げれば、今日もまた一段と暑くなりそうな夏の空が広がっている。
「ほら、練習に行きますよ、相棒」
バシッと背中を気持ち強めに叩いてやれば、火神は痛えな、と叫びながらも腰を上げた。
「分かってるってんだよ、 相棒」
黒子の差し出した拳に自分の拳をぶつけると、火神は一度大きく伸びをする。それから二人は体育館に向けて歩き出した。



――さて、その後。火神と黄瀬の二人が本懐を遂げることができたのかは、黒子でも読むことができない二人だけの未来の話である。











20130804
Happy Birthday!






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