大快人心【前編】






さて、これはどうしたことだろうか。

一応そう考えてみるも、そう簡単には答えが導き出せない感じに混沌を極めた現場において、森山は顎に手を当ててポーズだけは取ってみたりした(ちなみに、深い意味はない。なんとなくこの方が格好良く見えるんじゃね?というノリである)。

「えーとそれで?」
「あっ森山センパイ!」
「なんか良いところに、というか、悪いところというか、タイミング的にはどっちだ?」
「俺に聞くな立花!そして涼太!お前は逃げろって言ってんだろ!」
「皆を置いて逃げらんないっスよお!」
「どこでもいいから!とにかく今はお前がいるだけで話しが進まねえ!」
「えええ何それキチロー、超理不尽!」
「はいはいはいはいちょっと待てー、お前たち」
興奮したままの後輩たちに向けて、森山は至極穏やかに声を掛けた。
「今はそれどころじゃないと思うんだけど?」
ハッとして振り返ると、今回の事の元凶が笠松に止めを刺されようとしているところだった。
「うわああああセンパイ!それだけは止めてくださいっスうううう!」
慌てて止めに入る黄瀬は半分以上泣いていた。琥珀の瞳からこぼれる涙がきらきらと輝いて見えて、マジイケメン爆発しろ、と森山は胸中で舌打ちをする。
「黄瀬っ!離せ!」
「離さないっス!離したらセンパイどうするつもりっスか!?」
「こいつをぶん殴る」
「ダメえええええ!」
後ろからなんとか笠松を羽交い締めにしている黄瀬だったが、笠松は身長差を物ともしないで黄瀬をふりほどこうとするからどうしようもない。黄瀬だけでは手に負いきれないと気付いた立花が助勢したが、それでも興奮したままの笠松は目の前の相手を威嚇した状態で凛々しい眉をしかめている。
「せ、センパイ、笠松センパイ、落ち着きましょう。ね?こんなところで騒いでもいいこと全然ないですから。ね?」
なんとか笠松を落ち着かせようと黄瀬が慎重に言葉を選んでいる。普段からも何かと熱くなり易い笠松を、なんだかんだと一緒にいる事が多い黄瀬が止めるというパターンは何度か見たことはあったのだが。それにしても。
「へえ、珍しいものを見たな」
――等と呑気に構えていた森山は、自分の内心の言葉が隣から聞こえてきたので視線をそちらに向けた。するとそこにいたのは、
「小堀」
「や、にぎやかだね」
森山の隣にいつの間にか立っていた小堀は、面白そうにことの次第を見極めようとしているようだった。
「ほんと、賑やかなことで」
「で?止めないの?森山は」
「俺が止めるくらいで納まる話ならな」
「無理なんだ?」
「そりゃなあ、」

黄瀬が絡んでいるんだから。

ぽつんと落とした言葉を拾った小堀は、それじゃあしょうがないねえ、とのんびりした返事を返してくれた。
「まあ、でも事の発端は教えてくれる?」
そう小堀に言われた加藤は、笠松たちに視線を向けながら、はい、と小さく頷いた。

「放課後の部活前に先にミーティングがあるって監督から連絡貰ったんです。一限前、ちょうど俺たち監督の授業だったんで。それで笠松先輩に先に連絡しておこうってなって、ここまで来たんですが……」
黄瀬たち一年生が何故この時間に笠松たち三年のいる階にいるのか理由は分かった。
それで?と小堀が聞くと、加藤はそれで、と続ける。
「笠松先輩のクラスにきたら、何か教室の中で騒いでいるのが分かって。俺たちも何だろうって思いながらドアを開けたんです。そしたら、」


***


「失礼しまーす!笠松センパイ、いますかー?」
物怖じしないのは美徳というか何というか。普通こういう場合、一年生が三年生のクラスに入ろうとなると緊張するなりなんなりすると思うのだが。先頭にいた黄瀬が堂々と三年の教室のドアを開ける姿を後ろから眺めていた加藤と立花は、黄瀬のこういったある意味で男らしい面を半ば関心して見ていた。
「えーっと、笠松センパイ?」
そうして黄瀬が開けた扉の先には、我らの頼もしいキャプテンである笠松の姿があったのだが、それだけでは無かった。
「……」
「……」
恐らく同じ三年の同級生と何故だか正面からにらみ合ったまま笠松は一切動かないでいる。
「あ、れ?お、お邪魔でした……?」
ドアを開けた瞬間に教室中の視線が黄瀬に向けられていた。苦笑いをしつつ笠松に視線を向けた黄瀬は、そこで更に驚くべき光景を目撃することになる。黄瀬の声に気付いた笠松が振り返った。そしてドアの前に立っている見慣れた後輩の姿を見付けた笠松はその場で大声で叫んだのだ。
「黄瀬!お前らなんでここにっ!ておいこら待て!」
「黄瀬君!ちょっと話しがあるんだけど!」
「くっそ、タイミング悪いな!」
「笠松離せ!」
「誰が離すかボケ!」
笠松が黄瀬の名前を呼んだ瞬間、笠松とにらみ合っていた三年が笠松の制止を振り切り黄瀬に近付こうとしたのだ。身長は黄瀬には及ばないが、肩幅がしっかりとしていて如何にも体育会系な体型の三年生を笠松が背後からしっかりとホールドしてその場から動けないようにしている。流れるようなその動作に思わず拍手したくなった一年生組だったが、それどころではないのは笠松の声で分かった。
「加藤!立花!黄瀬連れて逃げろ!」
「はっ、せ、センパイ!?」
「え、何でっスか?」
俺何かした?と首を傾げる黄瀬に、お前じゃねえよ!と笠松が怒鳴る。
「俺がこの馬鹿を押さえている間に逃げろ!」
「馬鹿とは何だよ、笠松!」
「馬鹿は馬鹿だ!それ以上でもそれ以下でもねえわ!」
「ひでえな!」
「黙ってろ!」
埒があかない。先輩の言葉通り、ここは素直に逃げておこうか、と一歩後ずさったところで、黄瀬たちの背後から声が掛かった。
「あれ?立花、加藤。あ、黄瀬も。何してんだ?」
「芹沢」
「サト君?」
「お前こそ何でここに」
加藤が聞くと、芹沢は手に持ったプリントをひらひらと振って見せた。
「キャプテンに提出するやつ持って来たんだ。この教室なんだけど入れないのか?」
「いや、入れないっていうか」
「? 何かあったのか?」
見れば分かるだろう、と三人が道を譲る。開けた視界の先、三年の教室の中の状況を見た芹沢はぽかんと口を開けた。
「……キャプテン、何してんすか」
「あ?」
「え?」
「は?」
「おお!芹沢!ちょうどいいところに!」
「ちょ、コラ待て堂本!」
堂本、と笠松が叫んだのは取っ組み合いをしている最中の相手だ。どうやら芹沢の言うキャプテンとは彼のことらしい。
「あの人が、サト君が前に教えてくれた野球部の?」
「そう、堂本キャプテン。顔はそこまででもないが中身は熱い漢だぜ!」
それは、褒めてないな。と三人は思ったが、口には出さないでおいた。
「んで、何してんすかーキャプテン。俺さっさとこれ渡して教室戻りたいんですけどー」
なんとも気のない声を出す芹沢においおい、と思ったりもしたが、普段の芹沢はこんなものだから、それが先輩の前でも変わらないのは、まあしょうがないのかもしれない、と立花は黙ったまま考えていた。
「ああ、それは貰う。けどな芹沢。せっかくここまで来たんだから、手伝っていけ!」
「何をっすかー?」

「黄瀬君を借りるんだ!」

「だから認めねえって言ってんだろうが!このアホ!」
笠松のキレイなドロップキックが堂本に入る。それをぼんやりと眺めつつ、四人は今し方の堂本の言葉を脳内で繰り返した後、口を開けた。

「「「「……は?」」」」

「……あのー先輩、黄瀬は借り物じゃないですけど?」
「そうだな!」
笠松に関節技をキメられているにも関わらず平然とした顔で芹沢を見る堂本に黄瀬の口元がひきつった。
「そうだなって、先輩。ついに脳味噌まで筋肉になったんですか?」
「まだなってないぞ!」
はっはっは!と明るく笑う堂本の姿に、器がでかいのか、深く考えることをしない人なのか、どちらだろう、とまた立花は沈黙しつつ考える。
「まあ、そんなことは置いておいてだな!」
――後者だ。
立花は確信した。
「今度俺たち野球部は練習試合を予定しているだろう」
「そうっすね。でもそれと黄瀬と何が関係してるんすか?」
「関係あるとも!」
カッと目を見開いた堂本は自由になっている左手を黄瀬に向かって指し伸ばした。
「忘れたのか、芹沢!練習相手になるのは、あの開成高校だ。あそこにはアレがいるんだぞ!」
「アレ?」
「チアリーディング部だ!」
「……それが何か」
「分からないのか!?チアリーディングといったら、女子だ!女子が応援してくれるんだぞ、あいつらは!」
「……はあ」
「羨ましいじゃないか!」
「うちにもあるじゃないですか、チア部」
「知っているとも。しかしだな、俺たちの練習試合の日、チア部はサッカー部の応援に行くことになっているんだ!」
「じゃあ無理じゃないですか」
「そうだけどでもそれじゃあ負けたことになるだろう!?こちらには女子の応援がひとつもないのに、向こうにはたくさんの声援が贈られるんだぞ!不公平だ!」
「……」
「そこでだ!俺は考えたんだ。女子がいないのならば、引き寄せるものを用意すればいいと!」
「その撒き餌というか、人身御供というか、とにかく白羽の矢が当たったのが……」
「俺っスか……」
話の途中から何となく察していたのだが、やっぱりか、と黄瀬は肩を落とした。
「そうだ。女子に絶大な人気を誇る黄瀬君が我らの応援席にいてくれたら、きっと開成のチア部もこちらを無視出来なくなるだろう!」
「でも、それって結局黄瀬目当てで、俺たちの応援じゃないじゃないすか、キャプテン」
「それは覚悟の上だ!」
「何の覚悟だ阿呆!」
笠松が今度は逆エビ固めを決めている。ぎりぎりと嫌な音がしている気がするのだが、堂本は笑顔のままだ。
それが妙に怖い。
「そんなに女子が欲しいなら、素直にチア部の部長にお願いして二、三人くらいでもいいから回してくれって言えばいいじゃないですか」
芹沢が溜息を吐きつつ言うと、堂本は笑顔のままで頷いた。
「もう頼んではみたんだが、あっさり断られた!」
「断られたんならその時点で諦めろ!」
笠松のもっともな意見に頷いている黄瀬たちは、笠松の腕を巧妙に潜り抜けた堂本が気付いたら目の前にいたことに一瞬遅れて気がついた。
「というわけだから、黄瀬君は貸して貰うぞ笠松!」
自分に向かって伸ばされた手に黄瀬が咄嗟に逃げようとした。そのとき。立花と加藤が黄瀬の前に割り込んだ。
「申し訳ないですが、うちのキャプテンがダメだと言っていますので」
「うちのエースはお貸しできません」
「キチロー、へーた!」
「俺らが押さえておくから、お前は逃げろ涼太!」
「逃がさないぞ!」
「お前はいい加減諦めろっつーの!」


***


「……という訳です」
加藤の説明を聞きいている間も事態は一向に改善せず、せめて笠松と堂本の二人をなんとか引き離そうと躍起になっている一年生たちの必死な姿がそこにあった。笠松が堂本にアルゼンチンバックブリーカーを仕掛ける為に体勢を移動させたところを黄瀬と立花が止めようとしている。そんな状況を眺めつつ、森山と小堀は揃って溜息を吐いた。
「あーなった堂本はしつこいからなー」
「笠松が熱くなるわけだなー」
「森山先輩と小堀先輩でも止められないんですか」
「うーん、まあ止められなくもないけど俺らよりも適任がいるから」
「適任?」
加藤が首を傾げたのと同時に後方の教室のドアが勢いよく開いた。

「堂本ーっ!アンタまた何迷惑かけてんのーっ!」

そんな言葉が勢いよく投げられたと思ったら、入口で叫んだその人は皆が見ている前に飛び出した。そして流れる様な動作で堂本の胴回りを一瞬で掴む。そして気付いたときには堂本は既に背面から床に叩きつけられていた。その鮮やかな手並みに周りからの拍手喝采が飛んだ。
「おおっ!デンジャラスクイーンボム!」
「決まったーっ!」
やいのやいのと叫ぶ三年の姿に一年生組は口をあんぐりと開いたままどうにもできない。
「全くもう、このバカ!」
長い髪をポニーテールで縛っているその人は両手を軽く叩いてから笠松に視線を向けると、からりとした笑顔を見せた。
「ごめんねえ、笠松君」
「あ、ああ、いや、べ、別に」
さっきまでの勇ましさはどこにいったのか。女子を前に顔を赤くしたままどもる笠松の姿に黄瀬はこっそりと息を吐く。ここでもうちょっと会話を広げる様にできたら笠松のことだから大いにモテると思うのだが。
勿体ないなあ、と思っているとくるりと振り返った女子生徒は黄瀬を見て目を開いた。
「あれ、黄瀬君だ」
「あ、はい。どもっス」
「へえー、明の言ってた通りの子ねー」
「え、明って、アキちゃんのことっスか?」
「うん、そう。そのアキちゃん。部活のこととかで何かと顔合わせることが多いから」
「あの、センパイ……の部活って?」
「あ、そっか知らないよね」
ごめんごめん、と謝ると改めて、と笑顔が向けられた。
「あたし、チア部の部長してるの。南よ。よろしくね」
快活な笑顔につられて黄瀬も笑うと、南はまじまじと黄瀬の顔をのぞきこんだ。
「南センパイ?」
「あ、ごめんね、つい。君、本当にキレイな顔してるのねー。超美人」
思ったことを素直に口に出すタイプの人なんだろう。悪気はないのは分かるのだが、明といい、この南といい、自分は男なんだけど、と黄瀬は肩を落としたくなる。
「どうもっス」
それでも一応褒めてくれているのだし、何も返さない訳にはいかないと黄瀬が礼を言うと、南はからからと笑った。
「可愛い子は守らないとだからね!アイツに何かされそうになったら、直ぐにあたしを呼ぶんだよ」
アイツ、といって指で示されたのは未だ床の上で伸びている堂本の姿だ。さっきまで散々笠松の技を食らってもびくともしなかったというのに。
この人には逆らわない方がいい、と本能的に理解した。
「それで、小堀君。何でこんなんなってんの?」
「ああ、それがね」
「ちょっと待ってよ、南さん!何で俺に聞いてくれないの!?」
南が小堀に向かって説明を求めていることに森山が抗議をすると、南は至極あっさりと理由を述べた。
「笠松君は女子と話せないし。森山君は回りくどくて本題に中々入れないし?この中じゃ小堀君が一番適任だからね」
さらりと撃沈された森山が床にうずくまっているがそれはあっさりと放置されている。
「森山先輩……」
「加藤、今はそっとしておけ」
「それが優しさだ」
「森山センパイは直ぐ復活するから大丈夫っスよ」
一年生組は慰めとも言えない言葉を言いつつやっぱり森山を放置することにした。



「ああ、この前断った件ね。まだ引きずってんの、こいつは」
南が大きな溜息を吐きつつ堂本を見やる。いつの間にか復活していた堂本は大きく口を開けて笑っていた。
「俺は諦めが悪いからな!」
「だからって俺たちを巻き込むな!」
笠松のつっこみに思わず全員頷いてしまう。
「ほら、キャプテン。もういいじゃないすか」
「だがな、芹沢……」
「別にチア部に頼まなくても、普通に黄瀬に頼めばいいじゃないすか」
「は?」
「芹沢?」
「サト君?」
芹沢の科白に一年生組が顔を向けると、芹沢はあっけらかんとして答えた。
「え?だってさ。黄瀬ってぶっちゃけ顔だけならこの学校でも一番じゃん。女子含めても。チア部が無理なんだから、黄瀬に応援して貰ってもいいんじゃね?」
顔だけならって、と黄瀬がむくれた顔を見せようとしたそのときだった。
「それもそうだな!」
堂本が朗らかに頷いて言った。
「よし、笠松。やっぱり黄瀬君貸してくれ!」
堂本のその笑顔を受けて。笠松は似た様で全く性質の違う笑顔を作った上で、ゆっくりと口を開く。
「……だから、」

「黄瀬は貸さねえって言ってんだろうがあああ!!!」

本日一番の雷が教室に落ちた瞬間だった。









20130731
ごめんなさい、続きます。






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