※attention!

前作を読んで頂けた方にはご理解頂けておりますと思われますが、もう一度の注意書きと致しまして書かせて頂きました。

お話の内容は黒黄ですが、黒子君が黒子さんになっています。
つまり女体化です。
だけど黒黄です。
意味が分からないと思いますが、書いている私も意味が分かりません(二回目)。

シリーズ名がぽんと浮かんでしまったので、これからもネタが下りたら上げにくるかもしれません。
主将は『お父さん』と読んでください。
赤司君、頑張ってください(震える声で)。





叩けよ圭角射抜けよ死角絶対射角を守り切れ





赤司は悩んでいた。それはもうこの年で心労により禿るのではないかと思うくらいには。
いやいや、禿げないけど。ていうか禿げて堪るか!
首をぶんぶんと振って浮かんだ考えを吹き飛ばす。そんな風に自分を悩ませている原因は目の前の二人にあった。さて、どうするか、と赤司が何度目かになる溜息を吐いたとき、がやがやと賑やかな声が耳に聞こえてきた。顔を上げると体育館の入口の方から自分以外のレギュラーメンバーが入って来るのが見える。
今日は一軍の中で二手に分かれての走り込みがメニューの中にあった。赤司を除いた二年生組は先に出ていたのだが、それが今戻ってきたらしい。先頭は珍しく黄瀬だ。キラキラと嬉しそうな笑顔を振り撒いている。その直ぐ後に青峰が悔しそうな顔で滑り込んできた。
「いーっちばーんっス!」
「あーっクソっ!ずりーぞ黄瀬!」
「ずるくないっスよー作戦勝ちっス!」
「てゆーかあんなのに騙される峰ちんが悪いよねー」
「馬鹿なのだよ」
「うるせーぞ外野!」
「大人しく負けを認めるのだよ、青峰」
「先にゴールした方が今日の帰りにアイス奢るんでしょー」
「そうっスよ!」
俺はゴリゴリ君がいいなーと笑顔を浮かべている紫原に、青峰がお前は違えだろうが!と叫んでいる。
「大体黄瀬!お前があんな風に俺を騙したりしなければなあ!」
「あんなの騙す内に入らないだろうが」
心底呆れたように言う緑間に、紫原も続く。
「『あ!あそこでマイちゃんに似た可愛い女の子が青峰っちに向かって手を振ってるっスよ!』って黄瀬ちん言っただけなのにー。素直に引っ掛かったのは峰ちんだけだしー」
俺もミドチンも振り向きもしなかったのに、と紫原はのほほんとお菓子を頬張りながら喋るのに、黄瀬が零れてるっスよ、と甲斐甲斐しく頬に付いている菓子くずを取ってやっている。
「正直あんなに簡単に信じてくれるなんて思ってなかったっス!」
「てめ、黄瀬このっ」
青峰が黄瀬に向かって手を伸ばす。黄瀬はからかう様に悲鳴を上げてそれを避けようとした。
「きゃーっ青峰っちに襲われるーっ」
「いい加減にするのだよ、二人とも。そろそろ練習に戻る……っておい、青峰」
そろそろ二人を促そうとした矢先、視線に飛び込んできた光景に緑間の身体が止まった。
「……あのー、青峰っち?」
黄瀬も自分の身に起きていることについて理解しようとしているのだろうが、取り敢えず意味が分かっていない状況なのが戸惑っている表情から良く分かる。
「あん?」
「「何してる(のだよ)んスか?」」
二人のユニゾンに対して青峰はあっさりと答えた。

「お前の胸揉んでる」

そう青峰が言う通り、黄瀬の身体を背後から抱き付く形を取った青峰は、両腕を黄瀬の脇から前に回している。それだけなら良かったのだが、バスケの神に愛された男の手は平らな胸の上に置かれて尚且つ怪しい動きをしているのだから、己の目が更に悪くなった訳では無いのだと安心しようとした緑間の内心は表面に直ぐに出ない分荒れに荒れた。
「……いやいや、青峰っち、何かこんなこと言うのもすごく申し訳ないけど、俺、胸無いっスよ?」
「知ってる。てか見りゃ分かるだろ。もうこうなりゃお前で我慢してやるよ。だから大人しく俺に揉まれとけ」
言いつつ黄瀬の胸を揉んでいる青峰は清々しい程のドヤ顔だ。
「分かんない。そこでドヤ顔する意味が分かんないっス」
余りのことに思考能力が停止状態に近い黄瀬が、それでもなんとか会話を繋げようとする姿に胸が痛くなる。ギリギリと痛む頭を押さえつつ、緑間が青峰から黄瀬を引き離そうとしたのだが、それより先に青峰はさらりと口を動かした。
「んー、やっぱあんま揉み心地ねえなー」
当たり前だろうが、という突っ込みが入らない。
「……そりゃあ、俺には女の子みたいな胸は無いっスからねえ」
黄瀬、お前も会話を続けてやろうとしなくていいのだよ、と緑間が今度こそ伝えようとして、だがやはりというかこんな場面でアジリティを発揮させる青峰がそれを遮って魚雷を撃ち込んだ。

「しょうがねえな。んじゃー代わりにお前の乳首開発してやるか」

このときの緑間の心象風景を表現できる言葉が無かったことが大変悔やまれる。
「乳首?開発?」
無垢な瞳で問題発言を復唱している黄瀬の姿に、流石に紫原が口を開いた。
「峰ちん変態ー。ちょっともう黄瀬ちん離しなよー」
黄瀬ちんこっちおいでー、と手招くも、黄瀬の身体は青峰ががっちりと抱き込んでいる為にそれも敵わない。肩から覗き込んでいる青峰の顔を間近で眺めつつ、黄瀬は首を傾げた。
「青峰っち、俺の乳首なんてどうするんスか?」
「んー、だからここで感じるようにしてやろうって」
「っおい青峰!ふざけるな、いい加減にするのだよ!」
「峰ちん、捻り潰すよー?」
やっと声が出せるようになった緑間が紫原と共に黄瀬を救い出そうとしたそのときだった。
「だからうるせーって言ってんだろ、外野!ってぶほおっ!!」
青峰が黄瀬に公衆の面前でスキンシップという名のセクハラをしているところを目撃した存在が、赤司の横から鋭く飛び出して行った(ことに気付いたのは赤司くらいだったのだが)。そして黄瀬と青峰の身体の隙間を縫う様にして、水色の影が青峰の鳩尾に鋭い一撃を食らわしたのだ。
腹部を押さえて蹲る青峰は黄瀬から手を離した。その隙に黄瀬の手を掴んで懐に引き寄せた紫原は黄瀬の身体をしっかりと抱き込んで青峰を睨みつけている。
視線の先に自分を見下ろす影が掛かったことで、青峰はヤバイ、と青褪めた。しかし時既に遅し。小さな舌打ちと共に地の底を這う様な声が耳に落ちてきた。
「……こんのエロ峰。……そこへなおりなさい。そしてもれなくもげなさい、根元から。もげた君の粗チンは煮ても焼いても食べられないでしょうから即行で産業廃棄物に出してやりますよ、火曜日に」
――産業廃棄物は火曜日にも出せないと思うな、と赤司は冷静につっこみを入れた。心の中で。大丈夫、表に出す様なことはしない。そんなことしたらこっちにまでとばっちりが来ると、これまでの経験から身に沁みている。
「え?え?え?黒子っち?」
黒子の声が分かったのだろうが、黄瀬は現状正面から紫原にしっかりと抱き込まれている為、背後を確認することができないでいる。なんとか手を伸ばして紫原の背中をぺちぺちと叩いては離して貰おうとしているのだが、紫原はそれを許さない(そしてそんな二人はしっかりと桃井が動画に収めている)。
「ってめ、テツ……!全開で全力で狙うなよ急所を!」
呻く青峰に黒子は生ごみを見る様な目で仁王立ちのまま見下ろした。
「何を言っているんですが、急所を狙うのは鉄則ですよ。一番効果的でしょうが。潰されなかっただけマシでしょう。そして君は今直ぐに黙りなさい。蹴り上げられたいならいいですけど」
股間を押さえてキュっとなる青峰に、周りで聞いていた何人かも同じ様な体勢になる。心理攻撃が地味に辛い。
「黄瀬君は大丈夫ですか?」
振り返った黒子が紫原に抱き込まれたままの黄瀬に声を掛ける。なんとか声を出そうとしている様だが、紫原のTシャツに声を吸われてしまい、ふむーふむーとしか聞こえない(そしてそんな二人は桃井が以下略)が、紫原が手を振っているので大丈夫なようだ、と黒子は胸を撫で下ろした。
「今回は措置が早くて助かりましたが……。全く、黄瀬君に青峰菌が付いたらどうしてくれるんですか。手遅れになったら大変なことでしたよ」
「なにそれ、俺がいつ病原菌になったの!?」
「黙れ。黄瀬君にベタベタ触りやがってくださいましてありがとう何て言うと思ったかこのおっぱい星人!君はAVでも見て一人寂しくマスかいていればいいんですよ、黄瀬君の乳首を開発するのは私です。そしてゆくゆくは黄瀬君は私が触るだけでイっちゃう様な天使なのにイケナイ身体★にメタモルフォーゼして私の手練手管でメロメロにしてあげる予定なんですから余計なことマジすんな」
最後のは完璧に自分の欲望だなあ。
赤司は声に出さなかったがそれをやってのけるのが青峰だった。
「それお前の希望っつーか野望じゃねーか!だったら余計俺がやってもいいんじゃねえの?二人でやったらその分早いだろ」
「良いわけないでしょう馬鹿ですかあなた。ああ、馬鹿でしたねこの馬鹿峰。ちょっと逝ってこい。そして帰ってくるなさようなら永遠に」
「何処に?!」
流れる様な罵倒の数々にすごいなあ、と逃避しながら感心していた赤司は、もう一方の当事者に視線を向けた。
「ふむーっ紫原っちーちょっと苦しいっスー」
「ごめんねえ、黄瀬ちん。もーちょっと我慢してねー」
「なにー?なんスかー?」
「大丈夫だよー。何でもないからねー」
「お前が聞く様な会話では無いのだよ」
赤司が懸念するより先に黄瀬の耳にはさっきの黒子と青峰の発言は届かなかったようだった。でも出来ればお前たち二人も聞いて欲しくなかったな、と赤司は肩を落とす。それから間を持たず、ドゴン、と何かが落ちる音がして、視線をやると体育館の床に顔を半分くらいめり込ませている青峰の姿があったのでその場にいた全員が全力で見なかったことにした。

「お帰りなさい、黄瀬君。お疲れ様でした」
「ぷは、黒子っち?」
紫原がやっと離してくれて、ふう、と深く呼吸をしていると、横からタオルを持って微笑んでいる黒子の姿が黄瀬の目に入った。
お帰りなさい、の言葉が素直に嬉しくて、頬を染めつつただいま、とちゃんと返す黄瀬は、黒子の持つタオルを受け取ろうとするのだが、それよりも先に黒子が黄瀬の汗を拭いてくれようとすることに気付いて膝を屈めた。
「動かないでくださいね」
「はいっス」
そういって甲斐甲斐しく洗濯したばかりのふかふかのタオルを黄瀬の顔に当てる黒子の姿はどこから見ても普通の恋する女の子であるのだが、どうして中身がああなんだろう、と赤司は目頭をそっと押さえるしかできない。
「どうしたの?赤司君」
「いや、なんでもないよ」
桃井の純粋な眼差しが羨ましい。自分もいっそはっちゃけちゃおうかなーなんて赤司が現実逃避し始めた。
「おい、黄瀬。忘れているぞ」
そんな(見た目だけは)和やかな空気の中、緑間が黄瀬に向かってずい、と何かを差し出す。
「あ、すませんっス、緑間っち」
「黄瀬君、なんですか?それ」
「これはっスね、……あ、黒子っちちょっと待ってて?」
「はい?」
緑間に渡されたものを黒子が覗き込んでいる。黄瀬は何か思いついた顔をして一度黒子に背を向けた。そして、
「黒子っち」
振り返った黄瀬は両手を背後に隠してにこにこと笑顔を見せている。可愛い顔に黒子が内心でガッツポーズをしているなんてことは気付かない黄瀬は、自分を見上げている黒子に向かって隠していた右手を軽く押しつけた。
「なんです、ふむっ」
「……ふへへ、奪っちゃったっス」
お決まりのセリフと共に照れた顔を見せる黄瀬の右手には、子犬の形のハンドパペット(ふたご座の本日のラッキーアイテム)がはめられている。それを黄瀬は黒子にキスするように押し付けたわけなのだが。
「……っ!!!」
「く、黒子っちーっ!!!?」
その場で膝から崩れ落ちた黒子の心中を察して頂きたい。
きっと、黄瀬君マジ天使!!!とか叫んでいるんだろうなあ。
赤司が黒子の内心をしっかり読み取った上で、黄瀬に声をかけた。
「黄瀬、頼みがあるんだが」
「な、なんスか?赤司っち。っていうか今黒子っちが、」
「ああ、大丈夫だよ、黒子は。ちょっと病気、もとい、発作が出ているだけだから」
「発作!?黒子っちどこか悪かったんスか!?」
「うん、まあ(悪いというか、なんていうか持病の癪が、なんて言ったら余計心配するよな)そんな大したことないから大丈夫だ」
「え、でも」
「大丈夫だ」
「は、はいっス」
赤司の笑顔の圧力に最近磨きがかかっているのだよ、と緑間が呟いていたがそんなことはこの際気にしていられない。真っ先にこの場から離れさせる必要があるのだ。
「紫原、お前もいいかな」
「えー、なーに、赤ちん」
「黄瀬と一緒にこれをコーチと虹村先輩に渡してきてくれ」
「え、俺一人でも大丈夫っスよ?」
「二人で、行ってきてくれ」
有無を言わせない。
「は、はいっス」
「んー、りょうかーい。黄瀬ちん行こー」
赤司から渡されたプリントを持った黄瀬を紫原が引っ張っていく。二人の背中が体育館から出ていくのを確認してから、赤司は振り返った。
「さて、それでは話を纏めようか」
「つか、何かあったのか?」
いつの間にか復活している青峰(この回復力があるお陰で黒子と桃井の二人と一緒にいられたのだろうが、それもそれで憐れとも思ってしまう)の疑問に緑間も視線で問いかける。
「まあ、ちょっと困ったことがあってな」
「何か問題でもあったのか」
「いや、問題というか……」
赤司が言いよどんでいると、悶えている黒子の背中をさすっていた桃井が顔を上げた。
「ほら、再来週の週末に練習試合を組むところがあるじゃない?」
「あ?あー、どこだっけ」
青峰が頭を掻いていると緑間が溜息を吐きながら口を開く。
「この前赤司が話しただろう。隣の地区の学校なのだよ」
「一昨年までは男子校だったんだけどね、去年から共学になったとこで、ま、それでも男子の方が圧倒的に多いんだけど。とにかく、そこと今度試合するの」
「それで?」
「うん、そこのバスケ部、今年結構いい選手が何人か入ったんだって。情報が少ないから今週末に偵察に行こうかって話になったんだけど」
「それがなんか問題あるのか」
「あるさ」
赤司が重苦しく口を開く。
「その偵察に桃井と黒子の二人で行くというんだ」
「はあ?」
それがどうしたよ、という顔の青峰の頭を赤司は容赦無くハリセン(緑間から渡された今日のラッキーアイテム)で叩く。
「痛えな!なんだよ、こいつら二人で行くのに何の問題があるってんだよ?」
「お前は今までの話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたけど?」
「だからお前は駄目なのだよ」
緑間に呆れた顔を向けられて青峰は眉間に皺を寄せる。
「うるせーよ、緑間。お前には分かったのかよ」
「むしろ分からないお前が分からないのだよ」
「……どーいうことだよ」
「昨年から共学になったとはいえ、まだ圧倒的に男子の方が多い、と今桃井が言っただろう」
「それが?」
「お前な。……つまり、黒子と桃井は女子だ」
「そうだな」
「女子二人だけで男子校に偵察に向かわせるのは危険だとお前は考えないのか」
「あー、そういうことか」
「そうだよ、分かってくれたか、青峰」
「いや、分かったけどさ。それって普通の女子には有効だろうけど、こいつらだぞ?さつきはまあ辛うじて女子に分類できっけど「ちょっと青峰君後で覚えててね?」、テツは怪しいぜ?こいつ俺を簡単に持ち上げるくらいの怪力だし、ばーちゃん仕込みのえげつねー格闘技を習得してんだぜ?胸もねーし、何かあるってことはねえだろぶはあっ」
「……青峰、いいかな?」
スパーン!と勢い良くハリセンを振り下ろした赤司は蹲る青峰に底冷えする声を落とす。
「いくら黒子が女子で最強かつ、人類でも最恐の部類に入ろうとなんだろうと、それでも立派な女子なんだぞ?何もないに越したことは無いが、何かあってからじゃ遅すぎるんだ。嫁入り前の娘二人に手を出すような不届き者は誰が許しても僕が絶対に許さない。生きながらの地獄を見せてやってもまだ許してなるものか。二人に何かあったらと考えたら――っお父さんはそんなこと決して許しませんからね!」
「赤司、お前いつから二人の父親に……」
緑間のツッコミも今の赤司には届かない。
「とにかく、そういう訳だから二人を止めたいんだよ、僕は」
「あー、なら他にも一緒に行かせばいいんじゃねーの?」
「再来週の週末、お前と紫原と僕は別の中学と練習試合の予定だろう」
「あ、そういえばそうだった。でもそれなら緑間と黄瀬がいんじゃん。こいつらがついてってやればごはあっ」
「君は本当に大馬鹿ものですね青峰君」
「……テ、テツ、てめえ……」
いつの間にか復帰していた黒子が青峰の鳩尾にまた拳をめり込ませていた。
「緑間君は別にどうなっても構いませんが「おい黒子」、一緒に行く黄瀬君が大変な目にあったらどうするんですか」
「黄瀬って、アイツ男だろ」
「アホ峰!黄瀬君ですよ!あんたちょっと脳内に黄瀬君の姿を思い浮かべてご覧なさい」
「黄瀬ぇ?……浮かべたけど」
黒子に言われた通りに脳内に黄瀬の姿を思い浮かべる青峰はそれがどうした、と投げやりな感でいる。
「その黄瀬君がいつも君に向けている超キラキラパーフェクトスマイルをどこの誰とも知らない男に振りまいている姿を想像してみなさい。……どうですか」
「……テツ」
「分かりますか、青峰君」
「やべえわ。黄瀬やべえわ。食われても文句言えねえわこれは」
「誰が食わすか!」
「ごふっ」
青峰の顎にアッパーを食らわした黒子はそのまま仰向けになって倒れる青峰には目もくれずに苦悶の表情を浮かべる。
「桃井さんには何人たりとも私が指一本触れさせませんよ、もちろん。でもさらに黄瀬君まで来てしまった日には果たしてどうなってしまうのか想像もつきません。緑間君を囮に「おい、黒子」黄瀬君を守ればよいのでしょうけれど、それだって完璧には程遠いでしょう。なんせ黄瀬君です。キラキラ天使です。どれだけ色気を振りまいてくれるのか分かったもんじゃありません。本人にその気がなくても、あの色気は隠し通せるものではないのですから」
「僕もレギュラーメンバー以外でお前たち二人を預けるのはしたくないんだ」
それにそこまでして偵察に行くことも無い、と赤司はさっきから説得を続けていたのだが、こうなると逆に何が何でも、という気分になってしまうのはどうしてだろう。
「だーからっ大丈夫だってば、赤司君!テッちゃんと二人でも平気ですよー。ちゃんと変装していくし!」
どこから手に入れたのか知らない帝光の男子服を見せびらかす桃井に、赤司は何度目かしれない溜息を吐いた。
「お前のその自信はどこから来るんだい?」
「だって、テッちゃんがいてくれるんだもん!ね?」
「はい、大丈夫ですよ、赤司君」
こうして最初と同じ状況に戻ってしまったことに、赤司が頭を押さえていると、それまで黙っていた緑間が口を開いた。
「ならば、俺が黄瀬を守ればいいだろう。それで四人で行けば問題無いのではないのか?」
「え?」
「緑間?」
何か問題でもあるか、と緑間が鼻を鳴らすのに、焦ったのは赤司だった。
「いや、緑間、お前が行くことは、それは確かにけん制にもなるかとは思うが、ここは二人を引きとめる方が有効だ。別に偵察は必ずしも必要では無いと……」
「だが、お前がそこまで言って止めようとしても、黒子と桃井が行く、と言い張るというのは、何かしらの理由が別にあるのではないのか?」
緑間の言葉に赤司の顔が僅かに歪んだ。
「そこまで固執する理由は何だ」
黙った赤司では無く黒子と桃井の二人に視線を向けると、桃井の方がしっかりと緑間に視線を向けて言った。
「……実はね、そこの中学、あんまり良い噂聞かないの。反則ギリギリのラフプレーも平然としちゃうようなところらしくて、今回の練習試合もコーチは本当はやらないつもりだったんだけど、先方がどうしてもって押し切ったんだって。向こうにうちの中学と関係のある人がいるとかで断れなかったって話をこの前偶然に聞いちゃって……」
「そんなところと試合をして、君たちに何かあったらと、いてもたってもいられなくなったんです。それならしっかりと偵察して対策を考えた方がいざというときの為にもなると」
だからどうしても行きたいのだ、と言い切る女子二人の視線は揺るがない。コートに立てない分、それ以外の面でのサポートは自分たちの仕事だ、と常日頃から頑張っている姿は自分たちレギュラー全員も知っている。だからこそ、ここは止めたい、と思う赤司の心配も分かるのだが。
「赤司」
「……」
「この二人が止まる訳がないのだよ」
「分かっているよ」
はあ、と赤司は息を吐く。
「お前が知ったとなると、黄瀬にも知れるのは時間の問題だな」
そうなると、あのフェミニストは何が何でも自分も行くと言い張るだろう。それこそ黒子と桃井は自分が守るのだ、と(実はその間逆なのだが)。それならばあと一人、緑間が一緒に行ってくれるのであればいくらかのけん制にもなるだろう。だが。
「緑間、お前はいいのか?」
「何がなのだよ」
「お前は基本争い事は好まないだろう。もしも、万が一にもだが、危険な状況が起きたとしたら……」
「その問題は無いですよ、赤司君」
さらりと涼やかな声を上げた黒子は緑間を見上げた。
「緑間君はレギュラーメンバーの中では青峰君に次いで私が認める程の腕前の持ち主ですから」
「……は?」
何が?と首を傾げる赤司に向かって、見せた方が早いですね、と黒子が腰を落とした。瞬間、

ガッ

と、固い音が響いた。赤司の目の前では鋭い蹴りを繰り出した黒子の脚を、片足一本で平然と受け止めている緑間の姿があった。
「えげつないな」
「お褒めに預かり光栄です」
普通に会話をしている二人の姿に赤司が何も言えないでいると、隣で同じく見ていた桃井がはしゃいだ声を上げた。
「す、すごーい!ミドリンってケンカ強かったの?」
「まあ、負けたことはないな」
淡々と返す緑間を信じられないもので見るしかできない。
「俺が使うのは主に足だが」
「まあ、蹴りの方が殴るよりも威力は上ですからね」
「手を傷付ける訳にはいかないのでな。突き詰めて鍛錬を重ねた結果、これに落ち着いただけなのだよ」
「緑間、なんでまたそんなことを」
赤司の疑問に緑間はあっさりと答えた。
「俺もまだ幼いころは不逞の輩に絡まれることが多くてな。父親が病院勤めだったこともあるのだろうが。まあ。なんとか切り抜けていたのだが、ある日不意に気付いたのだよ。逃げるだけでは奴らはつけ上がるだけだ。ならばやられる前にやればいいのだと」
それは、どこかの誰かと似たような思考だな、と赤司は思った。
「以来足技を中心にした武道を集中的に修めたのだよ。結果自分の身は自分で守るようになった。それだけだ」
「私がそのことに気付いたのは、黄瀬君と緑間君と一緒に帰ったときに黄瀬君がチンピラに絡まれていたのを助けたときなんですが」

――その日、三人は帰り道にあるいつものコンビニに立ち寄った。レジが混んでいたので先に出ていて待っていた黒子と緑間は、遅れて出てきた黄瀬に馴れ馴れしく近付いていた男たちに直ぐに気が付いた。困った顔で何とか離れようとしている黄瀬に、男の一人が強引に腰を引き寄せようとしたのを見て黒子が静かにキレたその瞬間、緑間の長い脚が空を蹴ったのだ。
黄瀬の死角になって見えなかった位置で、相手の急所を迷わず蹴り上げた緑間の一連の流れに迷いは無く、黄瀬の手を引いて引き寄せた黒子の目の前では既に男たちは地に這い蹲っていたのだった。

「あれはいい仕事でしたね」
「まあ、躊躇う必要も遠慮する必要も一切無かったからな」
「すごいねー!二人とも!」
見たかったー!と笑顔で叫ぶ桃井が赤司は心底羨ましかった。
「そういう訳ですから。これなら四人で行っても問題は無いですね、赤司君」
「安心しろ、赤司。黄瀬は俺が守ってやるのだよ」
「……ええと」
「ちょっと待ってください」
だが、今までの赤司の苦労の甲斐も無くキレイに纏まりそうになったところでの緑間のその発言に黒子が右手を上げて待ったをかけた。
「聞き捨てならないですね、緑間君」
「何がなのだよ」
「黄瀬君を、君が守るですって?」
「当然だろう。お前は桃井を守るのだから」
「何言っているんですか。黄瀬君のことだって当然守ってみせますよ、私が」
「二人同時はいくらお前でも無理があるだろう」
「いいえ、無理ではありませんよ。さっきの発言は黄瀬君が心配だからこその科白です。黄瀬君も来るとなれば、私が黄瀬君を守るのは当然の役目です」
「不可能なことを口に出すべきではないのだよ」
「誰が不可能だと言ったんですか」
「俺だな」
「君はそうですね。黄瀬君一人しか守れないでしょうけれど」
暗に、自分ならば二人同時に守れる、と言った黒子に緑間がムッとする。
「俺だって二人くらい守ってみせるのだよ」
「不可能は言わない方がいいですよ、緑間君」
「「……」」
「おい、お前たち」
段々と矛先が違った方向に向いていることに赤司は慌てて止めに入ろうとしたのだが、黒子がでは、とそれを遮った。
「勝負をしましょうか」
「勝負だと?」
「私と緑間君で、そちらがより多くの獲物を仕留めることができるかで勝負しましょう。数が多い方が勝ちです。単純で分かりやすいと思いますが」
――仕留めるって。お前たちは狩りに行くんじゃないんだぞ、偵察に行くんだぞ。偵察っていうのは相手の様子をこっそりと探りに行くことで、決してケンカをふっかけて尚且つその数を競うだなんてことじゃないんだぞ?
どうです?なんて提案している黒子にはそんな赤司の心の声なんて聞こえてくるはずもない。
「……ふん、いいだろう」
受けて立つ。とこれまた別の方向に思い切りの良い緑間が頷いてしまったりして、赤司は眩暈がした。
「まあ、私の勝ちに決まっていますが」
「余裕でいられるのも今の内なのだよ」
お互いを睨みつけたまま宣戦布告をしている二人に桃井は「テッちゃんカッコイイ!」と声援送り、青峰はどうでもよさそうに寝転んでいる。この状況をはたしてどうすべきかと思案する前に、赤司の耳に明るい声が届いた。
「赤司っちー!渡してきたっスよー!」
「赤ちーん、ご褒美にお菓子食べていーい?」
ちゃんとコーチと虹村に渡してきたらしい黄瀬と紫原の二人は、ほわほわと柔らかい笑顔を振りまいてこちらに戻ってきた。
「ええ、駄目っスよー紫原っち!さっきも食べてたじゃないっスか。次のお菓子は練習の後っス!」
「えー、でも今お使いしてきたしー」
「練習終わった後に食べたほうがきっともっと美味しいっスよ!」
ね、と着けたままのハンドパペットを紫原の鼻先に近付けてぱくぱくと動かしている黄瀬に、紫原はうーんと悩みつつも分かったーと返事を返している。
「天使と妖精キタコレ!」
……ちゃっかりビデオに収めている桃井の抜け目なさは見習うべきだろうか。
そんな桃井を黒子が静かに呼ぶ。
「――桃井さん」

(分かっているよ、テッちゃん!ちゃんと後でダビングしてあげるね!)
(有り難うございます。できれば保存用と観賞用に二枚頼めますか)
(任せて!)
(お礼は今度の原稿の手伝いでいいですか)
(よろしくお願いしますっ)

視線だけの会話のはずが、こちらに内容まで聞こえてくるのはどうしたことだろう。ウインクしながら親指を立てる桃井に、同じ様に親指を立てて返す黒子の姿を赤司は視界からそっと外した。
「ところで何の話をしてたんスか?」
仲良く手を繋いでこちらに駆けてくる二人の姿に今までのやり取りで知らず降り積もっていたストレスが浄化されていくような心地に赤司がなっているとも知らず、黄瀬は緑間に言われた通りに大人しく着けているハンドパペットをぱくぱくしながら首を傾げる。
――ああ、可愛いわ、これは。
きっと同じ様に考えている黒子はさっきと同じ様に床に膝を着いて悶えている。それを面白そうに横から突いてはニヤニヤとからかっている青峰に対して、黒子はまたも容赦ない一撃を食らわそうとするが、青峰がひょいひょいと避けるので中々当たらない。
「避けないでください。当たらないじゃないですか」
「当たらないように避けてんだろーが。自分から当たりに行ってどうするよ」
「男を見せるチャンスですよ」
「今ここでお前に殴られることの何処らへんが男を見せるのか教えてくれ」
「キャーアオミネクンカッコイイー」
「裏声かよ!更に片言で言うな!」
「君、私に黄色い悲鳴を上げて欲しいんですか。心底引きます」
「俺も嫌だけど!?なに自分が被害者みたいな顔してんの!」
「青峰君、女心が分からない男はモテませんよ」
「お前から女心なんて言葉が出てくることに俺は驚いているんだが」
「セクハラですね」
「どこが!?」
「ちょちょ、ストップ、ストップっスー!」
ヒートアップしていきそうな二人の間に慌てて入った黄瀬は、ぷくりと頬を膨らませて二人を見詰めた。
「ケンカは駄目っスよ!この前俺と約束したの、忘れちゃったんスか?」
「黄瀬君、これは別に」
「ケンカじゃねーよ。こんなん」
「本当に?」
黄瀬の言葉に揃って上下に首を振る二人に、黄瀬は安心したように肩の力を抜いた。
「良かったあ。そうっスよね、二人は仲良しさんスもんね」
内心で鳥肌を立てつつも黙って頷いている黒子と青峰に、黄瀬は右手を向けた。
つまり、ハンドパペットがついている手を。
「二人が仲良しだと、俺もすごく嬉しいっス」
子犬の短い手が黒子の頭をちょいちょいと撫でた後に青峰の頭も同じように撫でる。固まる二人に気付かない黄瀬は撫で終わった後は満足した様で、自分の顔にパペットの顔を向けて良かったっスねーと話しかけていた。
「……」
ゆらり、と音もなく立ち上がった黒子を、青峰は咄嗟に後ろから羽交い絞めにする。
「青峰君」
「おい、いいから落ち着けよテツ。気持ちは分からんでもないがいいから落ち着けよ、頼むから」
「離してください」
「俺がこの手を離したら、お前黄瀬に何するつもりだ」
「そんなの言わずとも知れてるでしょう」
「だから止めてんだよいいから深呼吸しろ!」
「したところで冷静になんてなれませんよ!?君も見たでしょう!天使の姿を!この地上に舞い降りた、っていうか私の元に舞い降りた天使が!今!ここに!降臨した!」
「分かった。分かったから。落ち着け」
「これが落ち着いていられますかっ!全くもってけしからん!こんな汚れ無き天使をこれから狼の群れの中に解き放とうとしている悪行を神よお許しください特に信じていませんが」
「信じてねえのかよ」
「私が信じているのは天使(黄瀬君)だけです」
「無駄に漢前な良い笑顔向けんなこっちに」
「だからせめて、事後もとい、事故が起きる前に私の手でその可憐な花を散らせて何が悪いというんです」
「そうとうキてんな。っていうかおい、この状態で締め技持ってこようとすんな。俺が落ちたらどうすんだ!」
「どうもしませんよ、私が黄瀬君をお持ち帰りするだけです」
「それを止めようとしてんだけど!?」
「何で止めるんですか!?」
「お前の無い胸に手を当てて聞いてみろや!」
それが黒子にとっての逆鱗であったと青峰が気付いたのは口から言葉が飛び出た後であった。

「――分かりました。地獄巡り直行コースですね久しぶりです腕が鳴る」

「……おい。おいおいおいおい待てやめろ止めてくださいちょっとテツ……っ」





青峰の断末魔の叫びは聞こえなかった。寧ろ叫ぶ前に事は終わったらしい。
そうして身体を張って青峰が黒子を押さえてくれている間に、赤司は皆を体育館から移動させていた。
さて、これからどうしよう、と赤司がぼんやりと考えていると、自分の肩に何かが当たっていることに気付いて視線を向ける。するとそこには子犬の人形が円らな瞳で赤司を見上げていた。
『赤司っち、お疲れっスか?大丈夫っスか?無理はダメっスよ?元気出してくださいっス!』
ぱくぱくと口が動いて励ましの声を掛けられる。子犬と同じ目線で心配そうな瞳を向けてくれる黄瀬に、赤司は静かに口を開いた。

「黄瀬」
「はいっス」
「お前はそのままでいてくれ」
「?」

取り敢えず、この天使をどうにかして守りきらないとなあ、と赤司は当面の問題をその目で見通して口元に薄く笑みを浮かべたのだった。








20130609





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